第44話 「反転魔術の使い手」

 ワントレインとの修行が終わった後は、俺はアキマのいる研究室に向かった。魔術学校は学術機関としての側面もあるが、実は研究機関としての側面が大きい。途轍もなくデカい建物のほとんどは、研究室棟なのだ。

 第十七研究室は生物実験の施設だ。アキマは飼育箱の中のネズミを掌に乗せて観察していた。


「おや、アレイヤ君だ。ワントレイン君からの課題は終わった?」

 白衣姿のアキマは珍しかった。子供の体のアキマが、ぶかぶかの白衣を着ているのは、ちょっと面白かった。

「大変だったぞ色々」

「そっか。頑張るんだね。アレイヤ君はサナちゃんと仲良かったんだ」

「サナだけじゃない。俺の復讐は大勢の命を背負ってる」

「そうだったね」

 1組生徒で真っ先に俺の過去を話したのはアキマだ。俺の事情を知っている。

「僕はサナちゃんが死んだ日に『こっち』にいられなかった。意識が戻ったらサナちゃんのいなくなってて……正直実感が湧かなかった。でも現実なんだよね」

 魔術体育祭の日はアミカの日だった。アキマは世界に存在していない。アキマからしてみればサナの訃報は青天の霹靂だったろう。


「……あぁ」

「僕にも何か出来るかなって。やってる事はいつも通りの研究なんだけど」

 アキマはネズミを飼育箱に戻し、液体の入った瓶を棚から出した。

「いつもやってるのか? 研究」

「うん。今日はヴルセイオス博士が出張だから、あんまり難しい実験は出来ないけど。見てみる?」

 アキマは瓶の液体をネズミに振りかけた。するとネズミは急に活発になり、飼育箱の中を駆け巡った。

「これは?」

「付与魔術で興奮効果を与えた薬だよ。エムネェスちゃんの『アルコホリック・パーティー』みたいなものと考えてね」

 次にアキマは瓶に手を触れた。

「ここで僕の反転魔術。『インヴァース・オーダー』」

 アキマは同じ液体をネズミにかけた。ネズミは途端に動きを止め、その場で眠り出した。

「あれ?」

 俺は首を傾げた。さっきの液体は興奮効果を与える薬のはずだ。でもネズミはむしろ鎮静化した。

「驚いたでしょ。これが僕の魔術さ。魔術を反転させる魔術。レアなんだぜー。魔品商協会の当たりくじくらいレアなんだぜー」

 その比喩は分からないけど、とにかくアキマの『インヴァース・オーダー』には驚かされた。興奮の薬を鎮静の薬に変えてしまえる能力……『反転魔術』と呼ぶからには、他の魔術にも反転効果を及ぼすはずだ。


「凄いな。もしかしてそれ、攻撃魔術に使ったら回復魔術に変わったりしないか?」

「ううん。これは魔術の『効果ベクトル』を180度回転させるだけだから攻撃で治療とかは無理」

「へ?」

「他にも反転魔術には種類があって、僕とアミカを入れ替えたのは『魔力流動の帰巣性』に反転をかけて自分から精神が離れるようにする仕組みだし、単純に魔術座標そのもののベクトルを裏返して敵に跳ね返す事も出来るし。えげつないので言えば魔力の『不可逆性』とか『手続き順序』を反転させて魔術師を即死させるのも可能だよ。僕は出来ないけど」

 アキマがつらつらと述べる説明はほとんど理解出来なかった。まだ習ってない難しい単語が多すぎる。

「お、ぉう。そうなのか」

 俺は適当に返事をして誤魔化した。アキマに単語解説をお願いしてもいいけれど、そしたら夜が明けるまで語りまくりそうだから遠慮しといた。後で自分で調べよう。


「話変わるけどさ。件のグリミラズについて僕も調べたんだよ。そしたらさ、彼は魔術を無効化したらしいね。そんな目撃証言があったんだ」

 アキマは薬品棚を整理しながら俺に話題を振った。俺はハッとしてあの時の戦いを思い出す。

 グリミラズに俺の炎魔術を撃った時、魔術は奴の目の前で消えた。それは表現するなら『無効化』と呼ぶに相応しい現象だった。

「アレイヤ君。君の憎き先生は魔術を無効化する力なんてあったの?」

「いや、そんな技を奴は使えなかったはずだ。魔術を知ったのだってつい最近だろうし」

 グリミラズはあまり自分の事を語らない人間だった。だから奴の技術全てを俺が知ってる訳じゃない。でも、魔術を知らないはずの人間が魔術無効化の術を予め知っていたとは思えない。つまり、この世界に来てから会得したと考えられる。


「これは仮説だけどさ。グリミラズは防護魔術で魔術を無力化したんじゃないかな?」

 アキマは教師のような口調で言った。

「かもしれない。でも防護魔術ってせいぜい威力を弱める程度だろ? 魔術を丸ごと消すなんて出来るのか?」

 防護魔術とは正確に言うと『魔術効果を軽減する効果を持った空間』を作り出す具現化魔術の一種だ。簡単に言語化しているけど、実は滅茶苦茶高度な便利技術だ。だって相手が炎を出そうが水を出そうが岩を出そうが雷を出そうが……何を出そうが全て威力を減らすのだから。とりあえず使っておけば安心な、お得極まる魔術だ。これを人や物に纏わせて魔術に耐える。

 しかし軽減するだけであって、魔術そのものを消す効果は無い。俺の炎魔術は、仮に軽減されたとしてもグリミラズにダメージを与えるはずだった。だが結果は、無傷。これは果たして防護魔術の効果なのか?


「可能性はあるよ。でも机上の空論だと思うなぁ。初級魔術の、本当に最低限の威力に留めたものなら、あるいは消滅させられるかも」

「俺は上級魔術を無効化させられたぞ」

「じゃあ机上の空論だね。僕あまり『空論』って言葉好きじゃないから言いたくないけど」

 想像通り、上級魔術を消し去るような防護魔術は現実的でないらしい。ならグリミラズは何をした?

「仮説は間違いかもしれないね。となると別の可能性を考えないと」

「上級魔術を消すなんてあり得ないんじゃないのか?」

「あり得ないなんて言ってないよ。まだ仮説の段階だし何とも言えない。別のアプローチで考えるとすると……」

 アキマは思案顔をして研究室をぐるぐると回った。そして急に「あっ」と大きな声を出す。

「な、何だ?」

「思いついたかもしれない。別の仮説」

 アキマはニヤリと笑った。

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