第43話 「訓練成功への手掛かり」

「魔力の乱れは心の乱れ、ってのは魔術界隈の通説だが、今回はちょっと適切じゃないかもしれないな。イメージの暴走が原因かもしれない」

 ザハドは俺の失敗の原因を考察した。

「イメージの暴走、か」

「うん。前に君は人術のやり方を語っていたな。想像を現実に変えるんだと。もしかしてアレイヤは魔術を使う時も人術と同じようにイメージしてるんじゃあないか?」

「え? まぁ、そうだけど」

 人術と魔術の相性は良いと気付いた時から、俺は人術のイメージを用いて魔術を行使した。初心者である俺がすぐに魔術を習得出来たのは、人術のノウハウが生かせたからかもしれない。


「それが原因だな、多分」

 でもザハドは人術のノウハウを流用するのを良しとしなかった。

「つまり?」

「アレイヤ。人術は人間の過大解釈なんだろ? なら君は魔術の時も巨大なイメージを浮かべていると思う。大きな炎、大きな水、大きな岩……みたいな。だがそうすると、魔力がそのイメージに引っ張られてしまう。本来なら少しで済む魔力も、イメージに影響されて大量に消費してしまうんだ」

 魔力と心は関係している。俺の過大解釈が、魔力の過大消費に繋がっている。その説に、俺は目から鱗が落ちる勢いだった。

「そっか! 人術のノリで魔術を使うから、俺は魔術を過大解釈してしまっている!」

「だったら話は早い。過小解釈するんだ。小さなイメージだけを浮かべて、魔力を込める。少しで良いんだと落ち着いて、ゆっくりとね。きっと魔力の乱れも収まると思うぞ」

 それは盲点だった。ザハドのアドバイスは天啓のようだった。

 俺は再び手に魔力を注ぐ。今度は、より小さなイメージで。今までの癖や固定観念を取り払い、まっさらな気持ちで挑んだ。


 確かに『アイアン・ファング』を行使している。でも、金属片は現れなかった。


「で、出来た!」

 初めての成功に俺はガッツポーズをした。ワントレインも満面の笑みで頷く。

「うむッ! 魔術は使っているようだが魔封布を溢れていないッ! 魔力も乱れてないなッ! 完璧な仕上がりだッ!」

 ワントレインは魔流眼で俺を観察して言った。魔力を見れる彼のお墨付きだ。

「その感覚を忘れるなよッ! 毎日練習し、魔封布無くとも最低限の魔力で抑えられるようにするのだッ!」

「あぁ! ありがとうワントレイン!」

 俺とワントレインは拳をぶつけ合い、訓練成功の喜びを分かち合った。


「魔封布、しばらく借りるぞ。さて、次の修行も……」

 俺はさらなる成長を求めて立ち上がった。しかしその瞬間、くらりと頭が揺れる感覚を味わう。立ちくらみで倒れそうになる俺を、ワントレインが受け止めた。

「むぅッ! 魔力欠乏疲労かッ! あれだけ大量の魔力を消費すれば無理もあるまいッ!」

「え、何だその症状……」

 聞いた事の無い病名に、俺は不安になる。だけどワントレインが力強く「大丈夫だッ! 筋肉痛のようなものだッ!」と言ったので安心した。

「はははは。魔封布を貫通するような無茶を連続でやったからね。まぁ少し休めば治るさ」

 ザハドは茶化すように笑って、俺の背中をポンポンと叩いた。

「休んでる暇は無いんだ。俺は早く強くならないと……」

「無謀だぞアレイヤッ! 過度な疲労は逆効果だッ! それでも訓練を続けたいのなら……」

 ワントレインは親指を突き出し、俺の肩に押し当てた。

「こうしてくれるわーッッッッッッッッ!」

 その瞬間、全身に電流が走ったような刺激。俺は思わず悲鳴をあげた。

「おぎゃあーっ!」

 何をされた!? 指で突かれただけとは思えない強烈な感覚! 痛い! いや痛いというよりこれは……。


「き、気持ちいい……?」

 刺激は不思議と嫌じゃなかった。別に俺がそういう特殊性癖を持ってるとかではなくて、多分これは誰でも気持ちいいと思う。無数の細かい泡が全身を包むような、それでいて暖かな毛布に抱かれているような、何とも言い難い味わいだ。

 しかも立ちくらみや疲労が回復している。今の一瞬で治ったのか?

「どうだッ! オレの回復魔術は心地良いだろうッ! 厳密には魔術では無いのだがなッ!」

 ワントレインは自慢げに言った。この快感と回復は、ワントレインの魔術……のようなもののおかげらしい。

「それはワントレインの『マジックフロウ・インヴェイダー』の応用だ。本来は他人の魔力に干渉する技なんだが、体調を操作したりも出来る。魔力の活性化を肌で感じるだろ?」

 ザハドに言われてみれば、確かに体だけじゃなく魔力も元気になっている。自分の限界が引き出された感じだ。

「ありがとう、ワントレイン。でも魔術じゃないってどういう意味だ?」

 こんな特殊な現象が魔術の恩恵でないとしたら何だろう。奇跡とか言う訳でもあるまいし。

「うむッ! 魔術の定義は『己の魔力を改変して現象を引き起こす行為』とされているッ! だが『マジックフロウ・インヴェイダー』は他人の魔力を操作して発動するのだッ! 魔術と似ているが、定義として魔術の枠から外れるッ! 擬似魔術とオレは呼んでいるがなッ!」

「へー。珍しいな」

 俺が感心しているとザハドが口を挟んだ。

「珍しいどころの騒ぎじゃあないさ。魔流眼も擬似魔術も、ワントレイン以外はここ数百年使用者がいないんだぞ。レアな才能を2つ持ってるなんて天才中の天才だ」

 驚いた。ザハドが手放しで褒める程に、ワントレインは貴重な才能を持っていたのか。やはり1組は凄い魔術師の巣窟だ。


「じゃあその立派な体躯も?」

「いや、これは努力の賜物だッ!」

 ワントレインはどこからかダンベルを取り出し、いきなり筋トレを始めた。

「アレイヤッ! お前の身体能力も筋肉もなかなかの一品だが、やはり全体的なボリュームが足りないッ! 男はやはり筋肉だッ! さぁ共にトレーニングをしようッ! 男同士、汗を流して青春だあーッ!」

 ワントレインは眼鏡を押し上げ、その高身長から俺を見下ろした。圧倒的なボリュームを誇る筋肉の威圧感は、俺を決して逃さないと訴えていた。

「え」

 気付けば俺はダンベルを持たされていた。有無を言わさぬ笑顔で、ワントレインは俺を見守る。俺の頭から腰まであるような巨大なダンベルを、俺は何度も何度も持ち上げるのだった。

 回復したはずの疲労を取り戻すまで、さほど時間はかからなかった。

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