第42話 「お前の魔力を直したくて仕方ない」

「そうと決まれば行くぞアレイヤッ! 前々からお前の魔力の乱れが気になっていたッ! この機に調整させてもらうッ! 見ていてむず痒い事この上ないからなッ!」

 先んじて俺を連れ出したのはワントレインだった。彼の力は凄まじく、驚いている暇すら無いうちに俺は教室の外へと運び出された。

「うわっ!? いきなりすぎる!」

「善は急げだッ!」

 ワントレインが向かうのは倉庫だった。実験器具などが置いてある。そこに何の用があるのだろう?


「うむッ! あったッ!」

 ワントレインは手袋をはめて、一きれの布を掴んだ。見た事あるような無いような布だった。

「何するんだ? ワントレイン」

「まずは説明せねばなッ! オレは生まれながらの特異体質ッ! 魔力の流れを見る『魔流眼まりゅうがん』を有しているッ!」

 ワントレインは眼鏡を外した。彼の鋭くも大きな眼は、赤く輝いている。

「『魔流眼』?」

「うむッ! 本来、魔力は不可視ッ! だが魔流眼の持ち主は魔力を視認出来るッ!」

「何だそれ。凄い便利じゃないか!」

 魔術は魔力を使わないと発動しない。逆に言えば魔術発動前は魔力が動いて腕や足なとに流れる訳で、それを見れるのなら敵の魔術発動タイミングが事前に分かる。他にも便利な使い方が出来そうな代物だ。

「確かに有用だが、欠点もあるッ! 魔力が邪魔で周りが見え辛くなる時もあるからなッ! その上、この『魔鏡』無くしては目に負担がかかりすぎるッ! 視力が落ちてしまうのだッ!」

 ワントレインは自分の眼鏡を弄った。

「魔鏡? 眼鏡じゃなくてか?」

「付与魔術で特殊能力を有した眼鏡の事だなッ! それはともかく本題だッ! お前の魔力を毎日見ているが、何というか雑なのだッ! 最近魔術師になったばかりのお前に言うのも酷だが、基本的な魔力の扱いがなっていないッ!」

「そ、そうなのかッ!?」

 思わず俺もワントレインの口調を真似てしまう。そのレベルの衝撃だった。俺、基本的な事が出来てなかったのか。

「うむッ! 魔術師は子供の頃から魔力の扱いを習い、その後にようやく魔術を覚えるッ! お前は段階をすっ飛ばして上級魔術まで使っているから、相当異質だッ!」

「てか俺、基本も出来てないのによく上級魔術を使えたな」

「使うだけなら無理矢理出来なくもないッ! だが効率が悪すぎるッ! 必要な魔力以上の消費を、お前はしてしまっているのだッ!」

 何という事だ。俺の魔術はコスパが悪かったのか。魔力を見れるワントレインに指摘されなければ、気付かなかっただろう。


「じゃあ俺はどうすれば?」

「そこでこの訓練だッ! この布は『魔封布』ッ! 魔力を封じる特殊な布だッ! 無論、魔術師にとっては危険物に等しいから、ここにあるのは効果の薄い物のみッ! 少しばかり魔力を抑える程度の布だッ!」

 手袋をはめたまま、ワントレインは魔封布を俺に渡した。

 名前を聞いて思い出した。この布は、フォクセルがペトリーナを誘拐した時に使った布だ。ペトリーナの魔術を封印するために巻いたのだろう。


「この劣化魔封布を手首に巻くのだッ! その状態で魔術を使ってみろッ! ただし魔術が発動しては駄目だッ!」

「は?」

 ワントレインの指示が支離滅裂で、俺は首を傾げた。

「魔術を使うけど発動したら駄目? どういう事だよ」

「必要最低限の魔力で魔術を使えば、魔封布に止められて魔術は発動しないッ! だが必要以上の魔力を込めれば、この劣化魔封布では抑えきれず魔術が発動してしまうッ! すなわち、『魔術を使えど魔術が発動しない状態』こそが必要最低限の魔力消費の証拠だッ! お前はそれを目指すのだッ!効率的な魔力消費量を、感覚で覚えろッ!」

 説明を受けて、俺はようやく納得した。これは必要最低限の魔力消費を覚えるための修行なんだ。

 劣化魔封布が抑え込める、ギリギリの魔力を測る。その繰り返しで俺の魔力の無駄を無くす。そういう訳か。


「なるほど! 使う魔術は何でもいいか?」

「初級魔術の方が必要量が少ないから、より練習になるだろうなッ!」

 初級魔術か。金属性の具現化魔術『アイアン・ファング』にしてみるか。

「教室に戻るぞッ! みんなに見てもらった方が訓練になるだろうッ!」

 そう言ってワントレインはまた俺をいきなり掴み、教室へと走り抜けた。

「うおおお!? 待て! 自力で行く! 自力で行くから!」

 連れ去られる俺の叫びは、ワントレインには聞こえていないようだった。


 何かと慌ただしいが、とにかく魔力の微調整訓練開始だ。俺とワントレインが教室に戻ると、みんな事情を察して俺の様子を見た。

 俺は肘より先を魔封布で包み、手のひらを上に向けた。手の上に鉄の塊を作るイメージで、魔力を込める。


 『アイアン・ファング』は発動した。小さな鉄塊が手の上に乗る。魔術は成功だ。つまり、訓練に失敗したという意味だ。


「……だめだ! 魔術が使えちゃったぞ」

 ワントレインは俺をじっと見つめて「ふむッ!」と短く言う。

「先程も言ったが、普通は魔封布で縛られては魔術は使えんのだがなッ! それでも魔術を発動出来る程の魔力量、それ事態は素晴らしいッ! だがやはり乱れているぞ魔力ッ! それはすなわち、お前の心の乱れだッ!」

 心の乱れ、か……。自覚してない事も無い。

 この世界に来てから、何だか落ち着かない気分なんだ。異世界への不慣れが緊張を呼んでいるのか? それとも、グリミラズが存命である事への焦りか。

 「強くならねば」「グリミラズを殺さねば」その思いが強くこびり付いて離れない。


 殺意が邪魔な訳じゃない。でも今は、怒りや焦りは魔力の乱れとなる。自分自身の感情に打ち勝てる心の強さが、俺の魔力を洗練するはずだ。

 俺なら出来る。


「出来ねーっ!」

 自信はほんの数十分で崩壊した。何だこの訓練。上級魔術を習得するより何倍も難しい。

「何で魔術を打ててしまうんだ……大人しくしとけよ俺の魔力……」

 さっきから俺は金属片を生み出しては消し、生み出しては消しを繰り返していた。魔力を少しだけ出すという細かい動作が困難を極めた。


 もちろん、全く魔力を込めないでいれば魔術は発動しない。でもそれでは修行の意味が無い。

 俺の魔力出力、0%の次は60%くらいに設定されてる気がする。1%の出力とか無理だ。


「むしろ魔封布ありで魔術使う方が難しいんだがな。最近まで魔力を持たなかったお前が、よくここまで魔力タフネスになったと感心するよ」

 俺の様子をずっと見ていたザハドが口を開いた。他の面子は、それぞれ己の訓練に向かって教室を出ていた。

「アドバイス、欲しいか?」

 ザハドの提案は垂涎ものだった。俺は思わず頷いた。

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