第40話 「神と悪魔の神話大戦」
ふと、神降宮の壁に目を向けた。そこには壁画と文字が刻まれていた。
「この絵は?」
「創世神話を物語る壁画です。この世界に人間が生まれたばかりの、神と悪魔の戦争のお話ですわ」
この世界の神話か。俺以外にとっては常識なのだろう。
俺は壁画と文字を見た。要約すると、創世神話とは次のような内容だった。
『三千年以上の昔、生まれたばかりの人の世に悪魔が襲ってきた。悪魔は人の心に乗り移り、体を乗っ取る悪しき存在だ。人の世界は悪魔によって終わりを迎えようとしていた。
そこに救いの手を差し伸べたのが神だ。神は人間の味方をして、悪魔と戦った。激しい戦争の末、悪魔は滅びた。
悪魔を倒すための切り札、それが魔術だった。神から授けられし魔術の力で、人の世はさらに発展した。
戦いを終えた神は姿を消した。そして神降宮を作り神を崇めるように言い残した。やがて神は祭典の時のみ人間世界に舞い降りるようになる。
人々は神に感謝し、信仰魔術を捧げるようになったのだ。神降宮と信仰ある限り、人の世は平和であり続けるだろう』
なるほど。今の世の中があるのは神様のおかげという話だ。それならば人々が神を信仰するのも頷ける。王家が宮守を任命し、神降宮を守ろうとするのも当然だ。
そして気になるのが『悪魔』という存在だ。人間の敵として描かれた神話の存在。でもそれは、かつて実在したという。神と同様に。
魔術、神、悪魔。俺のいた世界では空想の産物でしかなかった概念が、この世界では実在する。どうせなら幽霊とか竜とか鬼とかがいても面白そうだけど、そういう存在はいないらしい。
「魔術って歴史深いんだな」
「えぇ。当たり前にあるものも、ご先祖様の努力があって現代に伝わっているのです。私が主席で卒業した日、お父様に言われましたわ。私の強さは、私だけの努力で得たものではない。周りへの感謝を忘れ驕る強者は、やがて天罰が下ると」
名言だと思う。強さに驕ってはいけない。当たり前のようにある俺達の力は、誰かからの恩恵でもあるのだから。
「ズォリアさんらしいな」
俺は笑った。厳格で優しいズォリアに似合う言葉だったから。
「そういえばズォリアさんは? 帰ってきたのか?」
「そろそろだと思いますわ。あっ、私達も早く戻らないと! アレイヤさんをここに入れたとバレたら大目玉です!」
ペトリーナは顔色を青くして俺を外に出す。父親に怒られるのを恐れる悪戯っ子みたいで、ちょっと微笑ましかった。
俺達がコルティ宅に戻った時、ズォリアも帰宅した。ナイスタイミングだ。
「おう。帰ったぞ」
「お帰りなさい、お父様」
疲れ顔で帰ってきたズォリアを、ペトリーナが迎える。ズォリアは何か大きな荷物を持っていた。
「お、アレイヤもいるな。ちょうどいい。お前に渡したい物があってな」
ズォリアは荷物の箱を開けて中身を取り出した。それは、短い杖だった。
「これは?」
「お前、優勝賞品受け取らずに帰ったろ? 校長が慌ててワシに頼んでな。渡してくれとよ」
優勝賞品。魔術体育祭のか。
あの時は放心のあまり、そんなものどうでもよくなっていた。受け取りそびれちゃったな。後で校長先生には謝っとこう。
「『ミリオン・ワンド』。今年の賞品は一級品だぞ? まぁ暇な時に使う練習しておけ。いつか役立つかもしれないからな! ガハハハ!」
何故か笑って、ズォリアは押し付けるように杖を渡した。
この杖が優勝賞品? 見た目は普通の木製の杖だけど。何が凄いんだろうか。
俺は自室で『ミリオン・ワンド』と、その説明書を眺めた。この杖は魔術を付与した特殊な武器らしい。持ち主が魔力を注ぐと、剣や槍など様々な武器に変形する。
「武器にしかなれない」のと「魔力が切れたら元に戻る」という欠点はあるが、これは何とも汎用性の高い武器だ。優勝賞品だから見栄え重視の飾りかと思ったけど、随分強くて実用的だ。
「第一回目の魔術体育祭は、『悪魔斬り』という剣が賞品だったそうですわ」
隣で説明書を覗き込みながら、ペトリーナが教えてくれた。
「何だか悪魔をよく斬れそうな名前だな。そのまんまだけど」
「むしろ悪魔しか斬れないそうですのよ。不思議ですわね」
「へー。だったら斬り殺された悪魔の化石とか発掘されないのか? 悪魔は三千年前に滅んだんだろ?」
「化石ですか。そんな話は聞きませんね」
「じゃあ神様の化石も無いのか」
「もう、アレイヤさんったら。神様の化石なんてある訳ないでしょう」
冗談交じりにペトリーナは俺の背中をポンポンと叩いた。考えてみれば俺は変な事言ったかもしれない。
そう言えば、神や悪魔って生物なのか? それとも、生き物を超越した存在なのか。だとしたら死にもしないし化石にもならないだろう。でも悪魔って『滅んだ』んだよな? それって死んだって意味か?
神も悪魔も大昔の話で目に見えないから、抽象的だ。信仰魔術の癒し効果が無ければ、俺は神を実感出来なかったかもしれない。そんな曖昧糢糊な概念が、俺達の日常には当然のように溶け込んでいる。
「そっか。ちょっと欲しかったかもな。悪魔だけ斬る不思議な剣」
「『悪魔斬り』は行方不明になったそうです。どの道一本しか無いので毎年の賞品には出来ませんけど」
「だよな」
神話の存在を倒せる不思議な剣が、何本も量産されて現代に残っていたらそれこそ驚きだ。
「第二回目からは『悪魔斬り』の代わりに魔術武器を授ける事になったのです。アレイヤさんの『ミリオン・ワンド』もそうですわね」
「代わりか。『ミリオン・ワンド』の変形機能で『悪魔斬り』に変わったりしないか?」
「さぁ……。試してみてはいかがですか?」
何気なく言ったであろうペトリーナの台詞。それが、俺のスイッチを入れた。
新しい武器。もしかしたら、グリミラズを倒す一手になるかもしれない。
そうとなれば修行だ。武器の習熟も兼ねて、俺はもっと人術と魔術を極めなければならない。
試してみたい。俺自身を。
「そうだな……。明日、先生にお願いするか」
魔術学校は絶好の訓練場だ。目立つためだけの施設じゃない。俺が、肩書きだけじゃない強さを得るために、このチャンスを使わない手は無い。
俺は前を向く。既存の力に驕りはしない。
これからは修行の時間だ。
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