第38話 「復讐は誰のもの」

 いつの間にか国王からの表彰式は終わっていた。自分の事なのに他人事にしか思えない。何も覚えていない程放心していた。


 どうでもよかった。


 優勝したとか王様に褒められるとか名誉が与えられるとか。

 それがどうした。

 肩書きだけ強そうでも、俺は弱い。グリミラズに勝てないのなら、奴未満の『強さ』なんて無価値だ。


 表向きには魔術体育祭は例年通りの成功を収めた。ただ一つ、衝撃的な事件を除いて。


「説明してくれよ、アレイヤ」

 見慣れた1組の教室、その壁に俺を追い詰めて。ザハドは口元を固めて言った。いつもの楽しげな笑いを封じて、僅かに震えて放つ言葉は、偏にサナの死を認められないから。

「ごめん」

 真っ先に俺の口から溢れた言葉はそれだった。他に思い付ける程思考は整っていられない。

「何で謝るんだよ!」

 ザハドは感情的に叫んだ。

「俺は……俺達は、何があったか知りたいんだ! ごめん、じゃあないんだよ! 何でサナは……サナがあんな酷く殺されなきゃいけない!」

 教室には1組の全員が集まっていた。今日はアミカの日だからアキマは来ていないけど、担任のワットムも来ている。アミカはサナの名前を何度も発しながら泣きじゃくっていた。


「そんなの……俺が知りたい」

 喋る言葉も気力も無い。サナの死の瞬間が、どうしてもフラッシュバックし続ける。

「お前……っ」

「まぁまぁザハド君。落ち着きましょう」

 飛びかかろうとするザハドを、ワットムが止めた。

「アレイヤ君も相当ショックだったはずです。事情を知りたいのは山々ですが、こんな責めるような聞き方では分かる事も分かりませんよ」

 ワットムに諭されザハドは唇を噛み、俯く。

「……分かりました。先生」

「はい。ザハド君はクレバーですねー」

 ワットムは手を叩いて大きな音を出した。

「新聞、読みましょうかー。思念魔術の調査結果も、ここには載ってますー」


『体育祭の裏で衝撃! 魔術学校一組生徒が惨殺!?』


 魔術師の新聞社が発行した地方紙。その速報にはサナが殺された事件が取り扱われていた。


『本日17時頃、魔術学校付近で学生が殺害される事件が発生した。遺体は猛獣に捕食されたような、複数の噛み跡があった。惨たらしい状態で発見され、現場は王立治安軍により緊急封鎖された。歯形、目撃証言、現場の魔力跡等の痕跡から、治安軍は犯人を国籍不明のグリミラズ・バーハウベルゲと推測。国内に指名手配すると決定した。』

 新聞は既に犯人がグリミラズだと気付いていた。指名手配までするという。奴の顔写真は記事に大きく載っている。グリミラズは大々的に、ハンドレド王国の犯罪者となった。

 でも国中が捜査の手を伸ばしてもグリミラズは捕まらないだろう。そんな容易い奴じゃない。


「グリミラズ……そいつが、サナを殺した男」

 食い入るように記事を見つめ、ザハドは低い声を漏らした。

「むぅッ! あのサナを殺すなど並々ならぬ手練れッ! 何者なのだ、その男はッ!」

 ワントレインは冷や汗を掻いていた。サナは三つ星の天才魔術師だ。本人は謙遜するが、クラスメイトは彼女の実力に気付いている。だからサナを殺せたグリミラズの力が想像を超えて恐ろしい。


「アレイヤは事件現場にいたんでしょ? 止められなかったの? 優勝者さんともあろう人が」

 核心的な疑問をキョウカは容赦無く尋ねた。俺は息を飲む。

 サナがグリミラズに殺されるのを、俺は助けられなかった。間に合わなかった。目の前で見ているだけの無力な存在だった。

「ちょっとキョウカ! そんな言い方無いんじゃない!? アレイヤが悪いみたいな言い方!」

「エムネェスは黙ってて。実際、アレイヤ本人は自分を責めてるんじゃないの?」

 キョウカは余計な気遣いなんてしない。ある意味真っ直ぐな言葉が、これ以上なく的確だった。


「……あぁ。そうだ。俺が悪いんだ。俺がもっと強かったら、サナを死なせずに済んだ!」

「違う!」

 ザハドは俺の胸ぐらを掴んだ。

「悪いのはそのグリミラズって奴だろ。お前が全部守れるのが当然だと思うなよ。お前は確かに強い。だからと言って思い上がるな!」

 思い上がり? 違う。俺はそういう意図で言ったんじゃない。

「これは俺のケジメだ。あの男だけは、俺が殺さないと駄目なんだ」

 そして俺は過去を話した。アキマとサナに話した内容を、他の1組クラスメイトにも話す。俺が異世界人だという事も、人術をグリミラズから教わった事も、グリミラズが俺の仲間を殺してこの世界へ来た事も。


「グリミラズは俺の仇敵だ。だから、俺がカタを付けないといけないんだ!」

「何で一人で背負うんだよ、アレイヤ。そのグリミラズって異世界人は、もうお前だけの仇じゃあない。俺達全員の仇だ」

 ザハドは額にシワを寄せて、重苦しく言う。

「俺達にも協力させてくれ。お前の復讐に」

 ザハドは手を伸ばした。俺はその手を握れなかった。

「ごめん。一人にさせてくれないか」

 俺は教室から逃げた。

 これは俺の復讐だ。俺だけの戦いだ。みんなを巻き込みたくないし、みんなに取られたくもない。そんな思いが強かった。


 俺は帰路の最中、掲示板に貼られたグリミラズの手配書を見つけた。

 衝動的に、俺はそれを破った。

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