第37話 「アレイヤVSグリミラズ」
うるさい。
うるさくてたまらない。
お前の声の一つ一つが、俺の憎悪を積み上げる。
「『ファイア・メテオアロー』!」
炎具現化魔術の上級だ。今まで何度練習しても撃てなかった魔術。でも今だけは、この命に替えても成功させなければならない!
俺は弓矢を撃つように両手を構え、炎を放つ。人を殺すにはあまりにも過剰な炎の一撃。覚悟の一矢は確かに放たれた!
手応えがあった。俺がまだグリミラズに見せていない、魔術という新たな力。想定してないはずだ。対応出来まい。ましてや、上級の炎魔術だ。
「死ねええええっ!」
願いを込めて叫んだ。
だけど炎はグリミラズに触れる寸前で消え失せた。グリミラズは表情一つ変えず立ち止まっている。
「……なっ!」
「甘いですよアレイヤ君。君が魔術を覚えた事くらい、知ってました。聞いてましたから。《
グリミラズは自分の耳を指差す。
「僕から逃げるために影武者を雇うかもと思いましたが、やはり君本人でしたね。君の活躍は耳にしましたよ。魔術体育祭で優勝したとか。まぁ……」
グリミラズは呆れたように目を細めた。
「僕の教え子なら、そのくらい当然ですよね。君は僕の最高傑作なんです。魔術師見習いの中で一番になった程度で、慢心してはいけませんよ」
グリミラズはこういう男だった。決して生徒を甘やかさない。もっと強く、もっと強くなるために、日々厳しく指導する。
その、教師の鑑のような姿勢を、俺は信じてたのに。
「グリミラズ……!」
「おやおや。君の殺意は鋭くなってくれましたねえ。僕から逃げるどころか、僕を炙り出すためにわざわざ目立つとは。嬉しいですよ。せっかくの獲物が逃げなくて」
グリミラズは右手を掲げた。すると手の上から、巨大な火の玉が現れる。
「それは……!」
「先生ですから、生徒に教えられるくらい自分も努力しないと。僕、魔術を習得したんですよ。まさか、魔術を扱う人術使いが自分だけだなんて思ってないですよね?」
諭すような笑みを浮かべて、グリミラズは呟いた。
「『ファイア・バレット』」
それは初級の炎魔術のはずだった。なのにどうして、俺の炎より強い。
目に見える絶望は、言葉で表すだけの絶望よりも如実に語る。
グリミラズの魔術が目の前まで迫った。視界が炎に包まれて、俺は立ち尽くす事しか出来なかった。
「がっ……は!」
身体中が火照る。人術と防護魔術で咄嗟に身を守ったが、それでも熱い。
圧倒的だった。人術使いとしても、魔術師としても、グリミラズの方が格上だ。分かっていたはずなのに……。
悔しくて、悔しくて、たまらない。どうして俺は無力なんだ!
まだ足りないのか! あんなに勉強したのに! あんなに訓練したのに! あんなに努力したのに!
「グリ……ミラズ……!」
倒れそうになりながらも、俺は前に進む。諦めてなるものか。俺はみんなの無念を晴らしたい!
努力不足が言い訳になるか。満身創痍が言い訳になるか。感情不安定が言い訳になるか。
俺は、あいつを、殺さないと、
「もう分かりましたよ。君はその程度です」
その瞬間、グリミラズが目の前に立っていた。移動する動作さえ見させない、完璧な《
刹那、全身に激痛が走る。四肢の骨が折られていると気付いたのは、痛みの後だった。
「があああああああああっ!」
苦悶。思考を鈍らせる苦しみが溢れ出す。
「ほら隙だらけ。いつでも殺せますよ君なんて。がっかりさせないで下さい。アレイヤ君はその程度じゃないでしょう?」
グリミラズは俺の耳元で囁き、俺に背を向けた。
「しばらくは君を『養殖』する事に決めました。また強くなって僕の前に来て下さい。君を美味しくするための課題は、先生が存分に用意してあげますから」
グリミラズは去った。今の俺に興味が無いと言いたげに。
「待てよ……!」
何を勝手に逃げようとしている。まだ戦いは終わってない。俺が死ぬまで、俺は負けてない! 負けてない!
俺の大切な人達を奪っておいて、素知らぬ顔で終わりにするな! 勝手に幕を降ろすな!
「逃げるな! グリミラズ!」
その声は、本当に俺が発したのだろうか。俺が俺でなくなって、思わず漏れたような叫び。
怒りと、悔しさと、殺意が混ざって。俺は境界を超えた。
炎を纏った巨大な腕が、俺の背中から飛び出す。それはグリミラズ目がけ一直線に、攻撃の意思だけを持って伸びた。
ぐしゃりと、肉が潰れる音がする。
「……おや。これは」
炎の腕に腹を貫かれても、グリミラズは眉すら動かさなかった。それどころか、俺への興味を取り戻したかのように弾んだ声で呟く。
「『魔人』の前兆……あぁやはり、僕の仮説は正しかった。君には最強になれる可能性がある」
グリミラズは手刀を振り、炎の腕を切り落とした。俺から切断されてもなお、動き続ける炎の腕。グリミラズはそれを握り潰した。
不思議なのは、炎の腕を切られても俺に痛みが無い事だった。骨折が痛すぎて、他の感覚が麻痺したのか。
「最後だけ及第点をあげましょう、アレイヤ君。その力、もっと磨いて下さいね」
腹に穴を開け、吐血しつつもグリミラズは平気で言った。『先生』の仮面と、白々しい笑顔を保って、奴は俺の前から姿を消した。視界から消えるまでは、一秒も無かった。
「グリミラズ……!」
俺は一歩も動けなかった。死にそうな程の重症を自覚して、俺はようやく現実を知る。
たとえ俺が生きていても、グリミラズの腹に穴を開けようと。
奴が生きている限りは、俺の負けなのだと。
勝ちたい。
魔術体育祭決勝前よりも、ずっとずっと大きな渇望が俺の胸を占めた。
グリミラズに勝ちたい。努力が足りないならいくらでもやってやる。地獄の苦しみを味わったって構わない。
次こそは必ず、奴の息の根を止めてみせる。
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