第36話 「捕食者」

 表彰式を終え、俺は学校の外へ散歩に出ていた。休憩の後、表彰式とは別に王様からの賞状授与式があると聞いた。なんせ王様が直々に授ける賞なんだから、それはそれは厳かに行われるらしい。大会の熱気が残ったままノリで行うようなものでもなく、みんなが落ち着きを取り戻した頃に時間を設けるらしい。


 何はともあれ、俺は疲れた。困難極まる競技の数々に、最後はあのザハドとの一騎討ちだ。ザハドは強敵だった。満身創痍にならずして勝てる相手じゃない。今は休ませて欲しかった。

 人術を発動する気力も無く、俺はブラブラと歩き彷徨っていた。


「あ! いました! おーい! アレイヤ君ー!」

 だから、サナの元気な声が聞こえた時は安心した。心が解されるような気分で俺はサナに手を振る。


 なのに。


 一瞬で俺の心は緊張で固まった。想定していたはずの再会に、何故か身が引けてしまう。


 思い出してしまうんだ。あの地獄の光景を。

 あぁ、足が竦んで動けない。


 それでも怒らねばならないという義務感が、俺の背中を押した。


 サナの背後に当たり前のように立っている、善人面したあいつを睨んで。

 俺は必死に声を振り絞った。


「サナ! 逃げろ! そいつがグリミラズだ!」


 何故グリミラズがサナと一緒にいる。いや理由はどうでもいい。奴をサナに近付けてはいけない。あの悪魔のような男を。


「……っ!」

 サナは勢いよく振り向いた。グリミラズとサナが目を合わせた、その瞬間。


 サナは食われた。

 彼女の体に群がる、無数の歯によって。

 無慈悲に咀嚼を繰り返す口の化け物達が、サナの四肢を貪る。肉片が、内臓が、血が、サナの周りに舞い散った。


「え……」

 サナは食われかけの喉で短く呟いた。やがて痛々しい叫びが、押し潰されるように。

「いたい……はひぃいっ……! いたい、いたいです……!」

 この惨劇を止める暇すら与えて貰えなかった。グリミラズはただ残酷に、当然のように、サナを殺した。


「駄目じゃないですか、アレイヤ君。君が余計な事教えたから、慌てて殺してしまいました。もっと育ててから食べるつもりだったのに」

 グリミラズの薄ら笑いが、空気を凍らせた。


 歯形だらけの体で、サナは倒れる。剥き出しになった彼女の体内から体液が溢れた。もう、サナは何も言わない。


「うわああああああああああああああっ!!!」


 思考より先に俺はグリミラズに飛びかかっていた。憎悪以外の感情は忘れた。

「グリミラズ! グリミラズ! グリミラズ!」

「グリミラズ先生、ですよ。いけない子ですね」

「黙れ!」

 殺す。殺す殺す殺す! 絶対に生きて返すものか!

 俺は《ごう》を全開にして渾身の拳を放った。俺が放てる最大の打撃だ。容赦も出し惜しみもしない。


 その俺の殺意を、グリミラズは汗一つかかず受け止めた。

「!?」

「不合格点です、アレイヤ君。感情で攻撃が鈍っている。集中した君ならもっと強いでしょう」

 この後に及んで、まだ先生ごっこを続けるか。教師としての信用を捨てておきながら!


「ああああああああ!! このおおおおおおおお!!」

 認められるか。受け入れられるか。俺は必ずお前を殺すと決意した。そのために力を磨いた。なのに。なのに。

 俺の殺意が届かないなんて、そんな事があってたまるか!


「何故サナを殺した!」

「驚きですよ。サナさん、僕の正体を知るや否や目付きが変わりましてね。戦士の眼差しになりました。実に彼女は優秀です。アレイヤ君が僕の事教えたんですね? 君のために、サナさんは僕を倒そうと……。健気じゃないですか! そのせいで死ぬなんて愚かですがね」

「グリミラズ!」

 そんな台詞を、平然と吐くな。知ったような口でサナを見定めるな。いつまで先生のフリをする。


「サナはこれからだったんだ。みんなに認められて、自分にも自信が持てて、不運でも幸せになれるって……そんな未来が待っているはずだった! お前は何も知らないくせに!」

「どうでも良いでしょう。餌の生き様なんて、捕食者にとっては調味料にもなりません」

「人殺しの……狂人が!」

「狂ってる? いえいえ。僕は至って合理的ですよ。分からないのなら特別授業です」

 グリミラズは腕から歯と口を生やした。咀嚼してるか否かの違いはあるが、人術教室のクラスメイトやサナを殺したのと同じ、口だけで動く化け物だ。

「僕の人術、《歯蝕ししょく》。唾を付けた対象にいつでも歯を突き立てられます。それで食べたものは僕が消化し、吸収する。そこで活躍するのがもう一つの人術、《死食ししょく》です。これは『命を食らう』能力。食事の生命をエネルギーに変え、保持出来ます。強い人間であればある程、その味は良く、得られる生命エネルギーも大きい。僕はですね、実は100年以上生きてるんですよ。生命エネルギーを補充し続けているおかげでね」

 グリミラズは己の人術について解説した。規格外の話だった。人術が万能の技術とはいえ、グリミラズのそれは神の技にも等しい超常現象だった。

 100歳? あの若い顔のグリミラズが? だとしたらますます……。

「化け物め……!」

「先生に向かって口が悪いですねえ」

 グリミラズは不敵に笑い、手を前に突き出した。

「教育的指導、です。君がこの世界でどれだけ成長したか見せてくれますか?」

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