第33話 「逆転へ繋がる応援」

 《しつ》、《てん》、《ごう》、《光追眼こうついがん》、《擬犬鼻演ぎけんびえん》、《千里耳せんりじ》、《鋼被表皮こうひひょうひ》……ありとあらゆる人術を駆使して、俺はザハドの猛攻をすり抜けた。魔術を封じられてもまだ勝負は終わってないと、ザハドに証明した。


 ザハドも手数が多かった。炎、水、風、岩、金、雷……いろんな属性の魔術を巧みに使いこなす。ザハドの攻撃パターンを読みきれず、俺はなかなか接近出来ずにいた。しかもまだ、切り札を隠しているように思える。ザハドの余裕な態度が、それを裏付けていた。


 どちらも譲らぬ攻防に、会場は盛り上がりを見せていた。1組上級生の試合が見れないと嘆いていた生徒達も、俺達を応援している。その全ての声が、俺の耳に届いていた。

「頑張れー!」

「すごいじゃないか今年の新入生!」

「ザハド様かっこいいー! アレイヤ君もー!」

「エレーナとユキナの分もファイトー!」

 正直励みにはなってない。応援の声が気休めやお世辞に聞こえてしまう。何でそんなに疑り深くなってるかと言うと、おそらく『スピリット・ロック・クロックワーク』の影響だ。


 信じられない。自分すら信じられない。

 安心を得られない精神は、次第に磨耗していった。そのせいか、動きもだんだん悪くなる。精神魔術は直接攻撃にはならないけど、戦況を変える力があった。

「観客も沸いてきた。そろそろ決着にしたいな! 分かっただろ? 俺の『スピリット・ロック・クロックワーク』は無敵なんだ!」

 威勢よく叫ぶザハド。信じられないついでに、この言葉も疑ってみる。

 本当に無敵な技なんて無いはずだ。必ず弱点はある。それを見つけ出せ。


 ヒントは与えられたはず。第一のヒントは『スピリット・ロック・クロックワーク』発動時の動作だ。ザハドは光る鍵を生成し投げつける事で、俺の心を閉ざした。鍵を当てる事が必須条件か? もしくは、当てた箇所に生まれた鍵穴の模様が重要なのか?


 第二のヒントは肌に刻まれた鍵穴の模様。刺繍のようにくっ付くそれは、力を加えても取れはしない。皮膚を剥がしてみるか? いや無駄か。精神魔術は文字通り精神を対象とする魔術。その痕跡が肉体に現れる事はあっても、痕跡そのものは魔術の本体じゃない。って授業で習った。皮膚を模様ごと剥がしても、『スピリット・ロック・クロックワーク』は解除されないだろう。


 たかが痕跡。鍵穴のマークにも然程意味は……。

 いや待てよ。俺にとっては『たかが痕跡』でも、他の人にとってはどうだ? エレーナ先輩とユキナ先輩は、名前からして女子だろう。女子の柔肌に、取れない刺青のようなものを押し付けるなんて、そんな非紳士的な行為をザハドがするか?

 あいつは何だかんだで優しい。女の子の肌を汚すなんて……いや仮に先輩達が男だとしても、他人の肌を勝手に汚すなんて真似するような男じゃないんだ。ザハドは。


 でもそれは、模様が永続的に残ると仮定した話。鍵穴模様がやがて消えるとしたら、一時的な迷惑と勝利への執念を天秤にかけて、あいつは後者を選ぶかもしれない。

 鍵穴が時間経過で消える。それはもしや、『スピリット・ロック・クロックワーク』に制限時間がある事を意味してるんじゃないか? 先輩二人を永遠に人間不信にするのも、かなり非道な行為だ。ザハドらしくない。制限時間があるからこそ、ザハドの勝利への熱意は良心に打ち勝ったんだ。


「……なるほどな」

 『そろそろ決着にしたい』。その発言は本心なのだろう。早く俺を倒さないと、効果時間が切れてしまうから。

 これはチャンスだ。ピンチはチャンスに変わる。

 俺が効果時間について気付いてないフリをしたらどうだ。ザハドは油断と焦りで、リスキーな攻めに転じるかもしれない。そこを俺が叩く。発動しないと思われている、魔術を使って。


 制限時間を知る術は俺にあるか。答えはイエス。

 『スピリット・ロック・クロックワーク』には二つ能力がある。不信感の増大と、魔術の封印だ。つまり、俺が不信感を抱かなくなったタイミングが魔術を使えるタイミング。その可能性が高い。

 俺は《千里耳》で観客の声に耳を傾けた。応援の数々が、耳を幾度となく通り抜けて行く。

「勝てる! 勝てるぞ少年!」

「お前に賭けてんだ頑張れ!」

「ザハド様負けないで!」

「アレイヤ君! まだチャンスはあるよ!」

 戦場にいない者達の無責任な発言。そうやって「無責任だ」と無視したがるうちは、俺はまだ心を閉ざしている。俺が、赤の他人の声援を素直に受け入れられる気分になったら。その瞬間が、『スピリット・ロック・クロックワーク』の終わりの時だ。


 無意味とも思える第三者の応援。それが勝負の鍵だ。

 タイミングを見計らえ。俺が人を信じられるようになる、その一瞬を。


 俺はザハドの前へ飛び出した。拳を強く握る。ザハドはきっと、俺が殴ってくると思ったはずだ。その証左に、ザハドは岩魔術で壁を作り物理攻撃に対応した。だけど俺の魔力は、飛び出す瞬間を待って今か今かと腕の中で渦巻いている。

 ザハドは俺の拳を止め、反撃を決めるつもりだ。そしたら俺は負ける。まだか。まだか。


「アレイヤさん! あなたなら勝てます!」


 俺の胸に届く一人の声援。ペトリーナの声が、どこからか聞こえてきた。


 ありがとう。応援してくれて。


 そう思えた瞬間、俺は勝利を確信した。


「『ウィンド・スクリーム』!」


 それは、上級の風魔術。岩の壁へ突き出した俺の腕が嵐を巻き起こす。壁はたちまち粉砕し、辺り一帯は轟々と鳴り響く台風に飲み込まれた。

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