第32話 「心に鍵をかける魔術」

 制限時間は無し。舞台外への逃走以外に反則は無し。本物の戦争のような、純度の高い戦いだ。

 しかも一対一。数にものを言わせた戦法も出来ない。言い訳無用の全力勝負だ。


 その相手がザハドか。運命を感じるな。

 俺が入学当日「頂点になりたい」と言った日、成績一位のザハドは「受けて立つ」と答えた。一番を目指す男同士、この戦いはいずれ起きる定めだった。ザハドを超えなければ、俺は魔術体育祭で優勝出来ない。


「勝った方が優勝者だ。てめえら、準備はいいか?」

 シャルロットは俺とザハドを見て言った。ザハドは挙手して「一つだけ」と答える。

「一つだけ言わせてくれ。エレーナ先輩とユキナ先輩が棄権したのは、偶然じゃない。俺が仕組んだんだ」

 突然の告白。だけどマイクも持たず声魔術も使っていないザハドの声は、俺とシャルロット以外には届いていなかった。つまりこれは、俺宛てのメッセージだ。

「ザハド……? お前、何言って」

「あぁ、反則はしてないよ。前の競技で、先輩達と対面する機会があってね。精神魔術をかけさせて貰った。あの二人が上位なのは知ってたから」

 ザハドは左手で輪を作り、その中に右手の人差し指を差し込むジェスチャーをした。

「先に教えとくよ。俺の魔術は『スピリット・ロック・クロックワーク』。端的に言って『心に鍵を掛ける』魔術だ。心を閉ざされるとね、人は人を信じられなくなる。不信感を煽って争いを起こすなんて、俺には簡単なんだ」

「その魔術で、先輩達を争わせたのか」

「考えが早くて助かる。そう。二人には喧嘩して貰った。1組の優等生同士が本気で喧嘩すれば、そりゃあタダでは済まない。決勝戦に出られるような元気は残ってないはずだ」

 淡々と告げるザハド。何だ? こいつの目的は何なんだ?


「俺やアレイヤより優れた魔術師も、こんな簡単に決勝の舞台から下ろされる。俺が言いたいのはな、アレイヤ。戦いは常にそういうものなんだ。強ければ勝てるとか、天才だから勝てるとか、そんな単純じゃあない。油断すればすぐに、強者は敗北するって事だよ」

「そんなの……言われなくても分かってる」

「そうか。じゃあ話は終わりだ。アレイヤ。俺は本気で勝ちに行くぞ。先輩を蹴落とすのだって躊躇しない。手段は選ばない。だって俺は、みんなに尊敬されるカリスマにならないといけないんだ」

「『ならないといけない』? なりたい、じゃなくてか?」

「君と同じだよアレイヤ。純粋な欲求と、義務感は別物だ。他の目的のために何だって利用する。魔術体育祭、その権威と栄光さえも」

 ザハドにはグリミラズの件は伝えてない。でも彼は俺の本心を悟っていた。

 俺達二人は似た者同士なのかもしれない。ザハドの目も、大きな決意を秘めていた。勝利への渇望は、俺と遜色無い。


「手の内は少し明かした。負けた後の言い訳は聞かないからな、アレイヤ」

「そんなの、絶対にするもんか。勝負に『もしも』なんて無いだろ?」

「……最高。やっぱり君は最高だアレイヤ!」

 ザハドは口を閉じて構えた。俺も試合に集中する。互いが隙の無い体勢になったところで、シャルロットは高らかに宣言した。


「準備はいいようだな。それじゃあ魔術体育祭決勝戦……始めっ!」


 対戦場は蒼い炎に包まれた。一瞬だった。躊躇の無い攻撃が俺を戦場ごと包む。

「熱っ……」

 多少の熱なら人術で防げる。だけどそれだけじゃ足りない。俺は防護魔術で全身を包んだ。見えない魔力の壁で体を覆い、魔術の干渉を防ぐ魔術だ。俺はキョウカとの決闘でこれを使わず戦ったけど、魔術師同士の戦いなら防護魔術を使うのが鉄則らしい。

「この程度で降参するなよ? 俺達には観客がいるんだ。この戦いを楽しみにしているみんながな!」

 ザハドは炎の威力を上げた。彼の手から放たれる炎の渦が、俺を縛って離さない。防護魔術と人術で熱耐性を上げても、このまま攻撃され続けてれば限界は近いだろう。

 こんな高火力で『この程度』だって? 恐ろしい事言ってくれるなザハド!


「『ハイドロ・ストロール』!」

 俺は水魔術で炎を消した。俺の周囲に舞い上がる水の壁。攻撃には向かない魔術だけど、炎を消すには十分だった。

「そうでなくちゃな」

「次はこっちの番だ、ザハド!」

 炎が消えたところで俺は腕に魔力を集めた。殺傷力を考えれば、岩魔術や金魔術で硬い物質を具現化して飛ばすのが有効か。

 早速魔術を放とうとした俺だった。しかし、その前にザハドの魔術が発動する。


「『スピリット・ロック・クロックワーク』!」

 ザハドは手を突き出した。手の先から光る鍵が現れ、俺目掛けて飛んでいく。魔術を使うつもりだった俺は、咄嗟に防御に移れなかった。鍵は俺の胸元に飛び込んで……消えた。

「……っ! 消えた!?」

 金属が高速でぶつかれば、流石に俺でも吹き飛ばされる。だけど光る鍵は俺に触れた瞬間消えて、何もダメージを残さなかった。まるで、鍵が俺に吸収されたようにも見えた。


 よく分からないけどチャンスだ。ザハドの魔術が失敗したのかもしれない。そう思って俺は岩具現化魔術『ロック・ナックル』を撃とうとした。

 しかし何も起こらない。岩の弾丸が具現化する事はなかった。

「……なんで」

「それが俺の鍵魔術。心の鍵を閉めるって現象の意味はもう一つあるんだ。ワットム先生の授業を聞いてたら、分かるだろ?」

 ザハドは問いかけるように言った。そのヒントで俺は理解する。

「心は魔力、魔力は心……。そうか! まさかお前、俺の魔術を封じたのか!?」

「正解だ、首席候補。心をロックされた魔術師は、魔力もロックされる。魔力が自由に使えなければ、当然魔術も使えない」

 ザハドの能力の真髄。それは不信感を煽るだけでなく、魔術を禁止する事だった。

 魔術師との戦闘で、それは決定的すぎた。魔術を使えない魔術師に、戦う術は無いのだから。


 でも俺には手は残されていた。人術だ。魔術を使えなくても、人術で戦える。

 でもどこまで通じる? ザハドは強い。魔術無しで立ち向かえるのか?

 信じられない。自分を信じられなくなっていく。この不安も、『スピリット・ロック・クロックワーク』の効果か。


「くっ……」

 考えあぐねて俺は胸を押さえた。そして、ふと気づく。光る鍵が差し込まれた俺の胸元には、鍵穴のマークがあった。さながら刺青のように、俺の肌を染めている。

 あの光る鍵に触れた箇所は鍵穴の模様が浮かび上がるのか? これがある間は、俺は魔術が使えない。心を閉ざしたままだ。


 だとしたら、鍵穴に鍵を差せば解錠出来るんじゃないか? そう仮定したら、勝機は見えた。ザハドにもう一度光る鍵を出して貰って、この鍵穴マークに差し込む。すると『スピリット・ロック・クロックワーク』は解除される……といいなぁ。

 あくまで仮説だ。希望的観測でしかない。でも試す価値はあった。

「無理にでも出させてやるよ。お前の鍵」

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