第30話 「魔術双六の本質」

 そこからは快進撃の始まりだった。俺は狙った目を出せるようになり、このルールにおいて圧倒的に有利な立場にいた。一気に得点を貰えるボーナスマスにも、確実に止まれる。制限時間に余裕を残して、俺とサナはゴール手前にいた。


 魔術の大会で人術を使って有利に進むのはズルい気もした。だけど、この結果を教師達が想定していなかったとは思えない。きっと、これも含めての『チーム戦』なんだ。

 パートナーが誰になるか分からない。つまり、パートナーの得意な魔術が何かも分からない。仲間次第では有利になったり不利になったりもする。それが前提の競技だ。

 『アンラッキールート』のサナと、魔術師初心者の俺のチームは、本来なら不利になる組み合わせだったのだろう。しかしサナの欠点を俺が補い協力する事で、これ以上ない相性抜群のチームになった。そんなどんでん返しを、教師達は期待したのかもしれない。


「アレイヤ君のその力、すごいですよね。人術って言うんでしたっけ」

「あぁ。俺の恩師に教わった。ここに来る前も俺は学校にいたんだ」

「その先生は今何を?」

「さぁな。体育祭の会場に来てたらいいんだけど」

「昔お世話になった先生に活躍を見て欲しいですか? やっぱりアレイヤ君も褒められたいですよね!」

「ちょっと違うな。俺はあいつを見つけて……」

 俺はサナにグリミラズについて伝えた。グリミラズの凶行も。俺が異世界から来た事も。俺が復讐を望んでいる事も。


 サナは狼狽しながらも黙って聞いてくれた。決して気持ちのいい話ではなかっただろう。でもサナは自分の事のように親身になってくれたんだ。

「グリミラズは強い。それでいて残酷な、恐ろしい男だ。でも俺は逃げない。今度こそあいつを殺さないと……みんなに顔向け出来ないからな」

「アレイヤ君にそんな過去が……。辛かったですよね」

「辛いけど、泣いてばかりもいられない。俺はもっと強くなって、グリミラズを倒さないといけないんだ」

「でもグリミラズって人はどうして教え子を殺したんですか? しかも……食べるなんて」

 サナの疑問は俺も何度か抱いた。奴がわざわざ時間をかけて教え子を育て、食い殺す動機が分からない。人肉を食う趣味があったとして、教え子である必要があるのか。不謹慎な事を言えば、戦場で死体を漁って食えば早い話だ。俺の故郷は戦地だったのだから。

 気が狂っていただけ、なんて安易な結論ではないと思う。

 人術教室の生徒達を食らう必要があった。そうとしか考えられない。


 不可解な点はもう一つある。俺のクラスメートの死体は、少しの齧り跡しかなかった。食事が目的なら、一人殺して綺麗に平らげれば腹を満たせたはずだ。なのに、みんなを少しずつ食べて後は残すという食べ方は不自然だ。行儀云々はともかく、食事としては効率が悪い。

 『食べる』という行為そのものが目的だったかのような状況だ。


 謎は多い。だけどそれはグリミラズに再会すれば分かるはずだ。まずは奴を見つける。話はそこからだ。


 サナと話しながら賽子を振っているうちに、ゴールに到着した。最終地点は、俺達の元いた校庭だった。

「ゴール! よくやったなてめえら! 一番乗りだ!」

 シャルロットの肉声が出迎えてくれた。彼女は俺とサナの前で大きく拍手を送る。

「一番!? やりましたよアレイヤ君!」

 サナは感極まって俺にハグした。その後顔を真っ赤にして離れた。そんなに照れると俺も照れる。

「ボーナス点をてめえら二人に5000点やろう! いやー、驚いたな。こんな早くゴール出来る連中は久々だ」

 5000点も? それは凄い。暫定一位のエムネェスとの点差が縮まった。双六の道中で得たポイントと合わせれば、もしかして順位が逆転したかもしれない。


「いやはや。ボクも驚きましたよー。一度スタートに戻らされたのに巻き返すなんてー」

 ワットムも俺達に拍手を送った。教師陣はシャルロット以外も試合状況を見ていたのか。考えてみれば当然だけど。

「実はですねー。パートナーは第一競技の上位と下位が組むようになっていたんですよー。だから3位だったアレイヤ君は最下位のサナさんとコンビだった訳ですねー」

 え。衝撃の事実。

 相棒選びの抽選は完全なランダムじゃなかったのか。上位と下位が一緒になるように仕掛けられていた。上位同士や下位同士が組むと不平等だから、確かにいいルールかもしれないけど。

「厳正な抽選じゃなかったんですか?」

「厳正ですよー? 一定のルールの下で、他の意図は一切介入しない運頼みの抽選です」

 ズルい言い分だなー。まぁ文句は無いけど。

 俺達は最初から運にある程度の未来を決められていた訳だ。サナの不運魔術があろうとなかろうと。運で決まった舞台の上で、自分でどこまで行けるか。そこを競うのが実力勝負なのだろう。


「しかし性格悪いですね、このルール。『協力』を重視する競技で上位と下位をコンビにするなんて」

 人は同じような立場同士で結託しやすく、違う立場では結託しづらい。

 上位は下位の生徒に足を引っ張られたくないだろうし、下位は上位の邪魔をしたい。互いの利害が一致せず、それどころか正反対にある状況で、「二人で協力しろ」なんて言うのだ。意地悪が過ぎる。


「にゃははー。協力しやすい状況で『協力しましょう』なんて言っても簡単でつまらないじゃないですかー。互いを蹴落としたい状況下でも、必要に応じて信頼関係を結べるか。そこがこの競技のミソなんですー」

 ワットムは平然と笑った。多分、このルール考えたのこの人だ。


 魔術双六開始前に、みんなが諦観や油断をしていなかった疑問が氷解した。上位の生徒は魔術双六でパートナーに邪魔され得点を半分にされるリスクがあるし、下位の生徒は上位を蹴落とすチャンスがある。第一競技の時点で、勝負はまだまだ決まってなかったのだ。

 得点半分のリスクは、持ち点が多い程大きくなる。下位の生徒だけはローリスクでハイリターンを望める。それだけ聞くと第一競技で手加減した方が有利に思えるが、勿論ながら第一競技でも第二競技でも高得点を取った方が総合点は多いに決まってる。実際、俺は両方の競技で高得点を取って上位をキープした。

 リスクを負ってでも挑戦出来る人間が、トップに上り詰める。逆にリスクを恐れて手を抜くような人間は上位に上がれない。そういう仕組みになっているんだ。

 つくづく性格の悪いルールだが、競技としては非常に完成度が高い。リスクとリターンのバランスが絶妙だ。


「信頼関係、ですか……」

 サナは俺を見て微笑んだ。

「うちらはお互いを信頼出来たから、勝てたんだと思います! ワットム先生!」

 サナは元気よくはしゃいで飛び跳ねる。試合開始直後の卑屈さは消え、彼女は自信に溢れていた。自信のあるサナだから、俺も彼女を信じられた。


「にゃははー。それは良かったですー。仲良きこそは強さなり。聞いた事ありますかー? 格言です」

「誰の言葉ですか?」

「ボクですー」

 そうか。聞いて損した。


              *  *  *


 魔術双六の最初のクリアチームが決まり、シャルロット達教師陣は次なる踏破者を待っていた。例年より多少難易度を上げてはいたが、いきなりアレイヤとサナが合格したのを見て今年は生徒のレベルが高いかもと期待をしていた。

「しかしアレイヤ・シュテローン……あの新人は期待以上だな。なぁ、ワットム? てめえんとこの生徒だろ?」

 シャルロットは魔力測定の結果を、石板に付与した『エヴァンジェリスト』の魔術を通じて確認した。物体に情報を伝達する魔術だ。単なる板も、この魔術一つで本と化す。


「面白い子でしょう? つい最近まで魔術を知らなかったそうですよー」

 石板に浮かび上がった光る文字を見て、ワットムは言う。驚くべき数字がそこにはあった。

「信じらんねえな。魔力量が教師レベルだぞ? 急成長にも程があるだろ」

「魔力の強さは心の強さですからねー。アレイヤ君の精神の成長が、魔力に影響したんでしょう」

「逸材だな。このまま優勝する勢いかぁ? 一年生の優勝者なんて何年ぶりだ」

「それはどうでしょうねー」

 シャルロットはアレイヤを評価したが、ワットムは安易に首を縦に振らない。ワットムもアレイヤの才能は気付いているが、この体育祭が才能だけで決まるような大会でない事も知っていた。


「魔術師としてのあらゆる素質をここでは測ります。えぇ。本当に『あらゆる素質』を、です。アレイヤ君がそこに気付けるか……見ものですねー」


              *  *  *

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