第20話 「見た目が子供で頭脳が大人と見た目が大人で頭脳が子供」

 アミカはよく言えば天真爛漫、悪く言えば不真面目な女子生徒だった。授業中だろうが休み時間だろうが元気いっぱいに喋り、誰とでも絡む。自由で目立つけど、個性豊かな1組においてそれがむしろ普通だった。他と違う点を言えば、会話が少し子供っぽい所だろうか。語彙や話す内容が、ティーンエイジャーのそれとは離れている。


「ワントレインお兄ちゃん! 遊んで!」

 アミカはみんなを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ぶ。年はそんな離れてないだろうに。周りもその呼び方は気にせず、アミカを幼女のように扱っているように見えた。

「うむッ! いつものだなッ! ほら掴むがいいッ!」

 ワントレインは右腕を前に突き出した。彼の逞しい腕にアミカは捕まる。さながら鉄棒で遊ぶみたいに、アミカは元気にはしゃいでいた。背の高いワントレインが腕を上げると、アミカは床から浮き上がる。

「きゃはははははは! 楽しいー!」

 これは1組では日常の光景なのだろうか。女子生徒が男子生徒の腕で鉄棒ごっこして遊ぶ。アミカが幼い子供なら親子みたいで微笑ましい光景なんだけど、同い年くらいの二人がやってるのを見てると戸惑いを隠せない。周りは何も言わないけれど。


「驚いてるようだな、アレイヤ」

 俺の心境を察して、ザハドが声をかけてきた。

「アミカって子供みたいだよな。言っていいのか分からないけど」

「子供みたいというか、実際子供なんだぞ。ああ見えて中身は10歳だ」

「精神年齢が?」

「うん。でも性格が幼稚とか頭が未熟とかの意味じゃあない。文字通り、精神の年齢が低いだけだ」

「ごめん。もっと分かりやすく」

「つまりだな。アキマとアミカは心が入れ替わってるんだ。あの体は本来アキマのもの。でも今はアミカが入ってる」

「入れ替わり!? 魔術ってそんな事も出来るのか」

「出来る。というか出来てしまった。精神を自分の肉体以外に移す魔術は、人間には不可能だというのが定説だった。でもウル家は研究の末、アミカとアキマの精神をお互いの体に移す魔術を完成させたんだ。でもまさか、こうも簡単に出来るとは思ってなかったらしくてね。元に戻す方法が分からないまま、アキマとアミカは何年も入れ替わって生活してる」

「何だよ、それ……」

 俺は魔術に詳しくない。だから素人考えでしかないが……これは理不尽だと思わざるを得なかった。

 アキマとアミカは、魔術研究のせいで体を入れ替えられてしまったのか? 自分の体を取り戻せず、いつまでも従姉妹の体で生きているのか? 元に戻れないなんて、理不尽だ。


「ウル家の反転魔術。それを安全に解除する方法を、二人はずっと探してる。魔術学校は研究機関でもあるからな。いつか元に戻る方法を見つけられると、信じるしかない」

「もしかして、二人が同時に存在出来ないってその入れ替わりのせいか?」

「ご明察。ただ入れ替わっただけで話は終わらなかった。アキマの肉体とアミカの肉体は、どっちか一つしかこの世界にはいられなくなったんだ。日付が変わる頃に、肉体が消えてもう片方の肉体が召喚される。原因は不明。消えるって言っても死んでる訳じゃあなくてね。でも世界に存在していない間は当然記憶も無い。彼女らは、二日に一度しか登校出来ない特殊な生徒として有名なんだ」

「その入れ替わり魔術、もう一回発動したら元に戻らないのか?」

「そんな単純な手法、誰もが考えついたさ。でも駄目だ。反転魔術は同じ対象に二度打てない。無理に使ったらどうなるか……危険性は想像もつかない」

 ザハドは冷静に語った。アキマとアミカの奇天烈な入れ替わり現象は、この学校では知れ渡っているらしい。

 アキマの見た目に反する大人らしさが、脳裏を過ぎった。子供のようなアキマの体は、本当に子供の体だったんだ。


 これが彼女らの『呪い』。その本質を知るアキマは、今日はこの世界に存在していなかった。


「魔術学校は俺の想像を遥かに超えてくるな」

「だろ? だからこそ面白いと思わないか? アレイヤ」

「面白いと言っていいのか微妙だけど……そう言えばどっちがアキマでどっちがアミカだっけ? 今ここにいるのはアキマ?」

「いや違う。肉体はアキマだが精神はアミカ」

「じゃあ昨日いたのは?」

「肉体がアミカで精神がアキマ」

「紛らわしいな」

「紛らわしいよ」

 明日はアミカの体に入ったアキマが登校して来るって事か。しばらくは混乱しそうだ。

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