第19話 「呪われた子と呼ばれた少女」

 放課後、俺は職員室を尋ねてワットムに質問した。授業で分からなかった事を聞くついでに、ある事も聞いておきたかった。

「ワットムは、『呪い』って知ってますか?」

 呪い。魔術に溢れた摩訶不思議なこの世界でも、一度も見なかった単語だ。

 グリミラズは自分を「呪われている」と言った。異世界転移の呪縛に犯され、いつまでも同じ世界にいられないと。グリミラズがこの世界に来ざるを得なかった理由も、その『呪い』のせいだ。

 図書館で文献を漁ってみたが、やはり『呪い』なる魔術は見当たらなかった。でもワットムなら何か知っているかもしれない。微かな希望を携えて、俺は職員室の戸を叩いたのだった。


「呪い、ですかー。そういう魔術は聞いた事ありませんが、オカルト的な文脈でなら聞いた事ありますねー」

「オカルト……」

 そういえば、この世界における『オカルト』って何だろう。『あり得ないもの』って定義なら、俺の人術こそがこの世界でのオカルトだ。逆に、俺の故郷で魔術だ何だの言ったらオカルト扱いされるだろう。

 常識は世界によって違う。だからこそ俺が呪いを「あり得ない」と思っていても、この世界では普通かもしれないと考えた。でもやはり、この世界でも呪いなんて無いらしい。

「皆さん、非魔術的な物は信じませんからねー。だったらオカルト話なんてしなければいいのに、不思議ですよー。『理解不能で怖いからこそ楽しい』んですって。ボクにはそれこそ理解不能ですねー。にゃははー」

「って事はやっぱり、ワットムも知らないんですね」

「ノーノー。そうでもないですよ。『オカルト的な文脈なら知ってる』って言いましたけど、あれは嘘じゃありません。噂されている子がいるんですよー。『あの子は呪われている』ってー」

 つまり、どういう事だ? 呪われているらしい人はいるけれど、それは本当に呪われているんじゃなくて、誰かが勝手に「呪いだ呪いだ」と噂して騒いでるだけって意味だろうか。話の流れ的に。


「それって、誰ですか?」

「僕の事でしょ」

 答えたのはワットムではなく、俺の背後に立っていたアキマだった。いつの間にいたんだろう。

「盗み聞きしちゃってごめんね。呪いについて知りたいのなら明後日教えてあげるよ、アレイヤ君。あ、これ頼まれてたプリントです。先生」

 アキマはプリントの束をワットムに渡した。ワットムは「ありがとうですー」と言ってプリントに目を通し始める。

「明後日? 明日じゃ駄目か?」

「ううん。明日は無理。僕が学校に来れないから」

「何か用事?」

「用事は無いよ。でも学校は休む。どうしても来れないんだ」

 んん? どういう意味だろう。ズル休み? だとしてもそんな堂々と(しかも先生の目の前で)言うとは思えないし、真面目に授業を受けているアキマがズル休みなんて考えづらい。

「じゃ、また明後日ねアレイヤ君」

 アキマは手を振って、職員室を後にした。


 そして明日、俺は登校した。ホームルームが始まる前、既に教室には全員が来ている。

「……あれ?」

 いや、全員ではなさそうだ。アキマがいない。そりゃ前日に「来れない」と言ってたんだから、いないのは当然だ。でも驚いたのは、アキマの席に座っていた別の生徒だった。

 俺より年上に見える女子生徒が、弱々しい表情をして涙を浮かべていた。席から離れて忙しなく歩き回ったり、かと思えば授業に無関係なファッション雑誌を読み始めたり、おやつを食べたりと、自由奔放だった。

 ホームルーム前は綺麗な姿勢で席に座っていた、真面目なアキマとは対照的だった。子供みたいなアキマと、年頃の女子相応の体格をしている彼女は、見た目的にも正反対だ。


 この女子も1組の生徒なのだろうか。いやでも、それは矛盾している。登校初日、教室に入った俺にワットムは言ったはずだ。1組の生徒はこれで全員だと。

 ザハド。キョウカ。エムネェス。ワントレイン。サナ。アキマ。そして俺。この7人だけだと。

 見慣れないこの少女は、1組のクラスメイトじゃないはず。なのに平然と教室に馴染んで、周りも何も言わないのは何故だ。


 謎の女子は俺に気付き、露骨に怯えた。

「だ、誰っ!? あたし、この人知らない!」

 いや俺も知らないよ君の事。他のクラスの生徒? だったら、そろそろ自分の教室に戻った方がいい。遅刻したら怒られるかもしれないぞ?

「あら。そういえば二人は初対面ね。昨日はアキマの日だったし」

 エムネェスは俺と謎の女子の間に入って、俺を紹介した。

「この男子は昨日入学したアレイヤ・シュテローン。あなたと同じ1組よ、アミカ」

 1組? この女子生徒が?

「そ、そうなんだ。びっくりしたー。あたしがいない間にお友達が増えていたんだね! 知らない人だったらどうしようって思った!」

 女子生徒は子供のような活発な声色で言った。

「あたしはアミカ・ウル。はじめまして、アレイヤ!」

「ウル? アキマと同じ苗字だ。アキマのお姉さんとか?」

 アキマの苗字もウルだったはずだ。家族なんだろうか。でもワットムも適当な事言うんだなぁ。本当は8人いるんだったら、そう言えばいいのに。

「ううん。アキマお姉ちゃんはあたしの従姉妹なの!」

「へー。言われてみれば顔が似てるな。しかし驚いたよ。1組の生徒ってもう一人いたんだな」

 俺が一人で納得してると、エムネェスはクスクスと笑って首を横に振った。

「違うわよ。1組の生徒は7人。形式上はそうなってるわ。机の数、数えてごらんなさい」

 エムネェスに指摘されて教室の机を数えると、確かに7つしかなかった。これはどういう事だ。今日はたまたまアキマが休みで、昨日がたまたまアミカが休みだったから数が足りたものの、二人とも同時に登校したら机が足りないじゃないか。


「机が7つ……もしかして、アキマはアミカに机を使わせるために休んだのか?」

 自分で言いつつ、そんな訳あるかと内心ツッコミを入れた。机くらいもう一つ用意すればいいだけだ。「どうしても来れない」とまで言う理由にはならない。

「勘違いさせっぱなしも悪いからネタバラシしとくわよ。アキマとアミカは同時には存在出来ないの。魔術実験失敗の影響でね。そのせいで二人は『呪われてる』なんて言われちゃって。可哀想よね」

 エムネェスはしんみりと言った。俺は昨日ワットムが教えてくれた事を思い出す。

 『呪われた子』のレッテルを貼られたアキマ。彼女は今日、どうしても学校に来られない。不可解な点と点が一気に繋がった。

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