第18話 「ワットムとアレイヤ」
鐘の音が三度鳴る。どこからともなく聞こえたその音は、一時間目の終わりを告げるチャイムだった。
「おや。もうこんな時間ですかー。楽しい時は過ぎるのが早いですねー」
ワットム先生はクラスメイト達に言った。楽しいかはともかく、時間が経つのはあっという間だった。
「先生! 二時間目は選択授業ですよね。僕、準備があるので先行ってていいですか?」
挙手して発言したのはアキマだった。彼女のお願いにワットムは「えぇ、もちろん」と頷く。
「皆さんは各々の教室に行って下さいねー。ここの片付けは先生に任せて大丈夫ですー」
訓練場は散々な荒れ様だった。床が爆破され、鉄格子に潰され、最早授業に使える状態にない。これを先生一人で片付けるのは、無理があるように思えた。
「ワットム先生。俺も手伝いますよ」
俺は協力を申し出たけど、ワットム先生は首を横に振った。
「いえいえー。この程度なら一人で出来ますからー。あぁ、そうそう。アレイヤ君はまだ選択授業を決めてませんでしたよねー。今日は教室で自習していて下さい。来週から君にも選択授業に参加してもらいますので、あしからずー」
「自習って言ったって……」
まだ魔術の基礎も理解していない俺が、一人で何を学べると言うのだろう。とはいえ選択授業には俺はまだ出られないし、やる事が無いのも事実だった。だから手伝いくらいしてもいいのに、ワットム先生は「さぁさぁ」と言って俺を訓練場から押し出した。
「片付けが終わったらそっちに向かいますからー」
間延びした声でも、ワットムの言動には有無を言わさぬ勢いがあった。
クラスメイト達はそれぞれの選択授業の教室へ行ってしまった。1組の教室にいるのは俺一人。ポツンと取り残され、寂しい静寂だけが存在した。
俺はさっきの決闘の感覚を思い出していた。俺は風の魔術を使ったらしい。俺でも出来るんだと、正直驚いていた。今まで魔術なんて使えなかったのに、どうして急に使えるようになったんだろう。
「お待たせしましたねー。自習は進んでますかー?」
教室のドアをガラリと開けて、入ってきたのはワットム先生だった。
「え? ワットム先生、もう片付け終わったんですか?」
俺が訓練場から出て20分も経ってない。あれだけの損傷をたった一人で直したにしては早すぎだ。
「はいー。ゴーレムを生成して、ちょちょいとね」
「ゴーレム……。入学試験の時の」
「ええ。土属性の具現化魔術の応用です。戦闘に使われる場合の多いゴーレムですが、お手伝いにも使えるんですよー」
動く土人形を魔術で作って、それに手伝わせたからこんなにも早く終わったのか。言うのは簡単そうだけど、俺には到底出来ない。軽くやってみせる辺り、ワットム先生の実力が窺えた。
「難しそうですね」
「ううん。アレイヤ君もいつか出来ますよー。君には才能があります。ボクの見立て通りでしたねー」
ワットムは微笑んで、俺の前の席に座った。
「あの決闘を許可したのは、俺の魔術の才能を伸ばすためですか?」
「それもあります。でも、キョウカさんの成長も期待していたんですよー。彼女は優秀ですが、いかんせん周りと協力するのが苦手でしたからねー。人と仲良くするきっかけになれば、と思っていたのですよー」
「あれで仲良くなれたんですか? ザハドは『心を開いてくれた』って言ってましたけど」
キョウカがフルネームを教えてくれたのは嬉しいけど、あの冷たい反応が好印象だとは思い難い。自分を倒した相手を憎んでいるようにも見えてしまう。
「にゃははー。心配ありませんよー。人が人を認める時の態度は、人それぞれ違います。キョウカさんはちょっとだけ、ポジティブな感情が分かりづらいだけなんですー。ああ見えて彼女は、アレイヤ君の事認めてくれたと思いますよー」
「戦って、仲良くなれたんですか?」
「はいー。他人を見下していると、どうしても他人と仲良くなれません。キョウカさんの数少ない欠点がそこだったんですねー。でも彼女は今、君を対等に見ています。『見下さなくていい相手』が出来た時、少なからず嬉しくなっちゃうものですよ、人間は」
ワットム先生はニコニコして言った。生徒が順調に育ってくれて、先生として満足そうだった。
全部彼の思い通りだ。やはり只者ではないと、俺は認識を強める。
「心が成長すれば、魔術も強くなります。人と人の交流は、心を豊かにし、魔力を高める。アレイヤ君には、この学校でそういう学びを得て欲しいと願ってるんですー。君は、学校という場を少し恐れているようです。でも、君が学校を楽しい場所だと思ってくれたらボクも嬉しい」
俺は息を飲んだ。ワットム先生には俺の過去は話してない。なのに、俺の内心を見透かしたように彼は言った。
グリミラズに裏切られたあの日を、血で汚れたあの教室を、俺は忘れられない。
「ワットム先生……俺は」
「ワットム、でいいですよ」
「えっ?」
「呼び捨てで構いません。だって君、『先生』って言う度に暗い顔をしますからー。嫌な思い出があったとか、あるいは『先生』に特別な意味を感じているのか….いずれにせよ、君が嫌なら無理にボクを先生と呼ぶ必要はありません。別に敬称なんてどうでもいいんですよー」
ワットムの声は優しかった。俺の事情を何にも知らないけど、それでも俺の心を察して、気遣ってくれている。
「ありがとうございます……ワットム」
そう口にした途端、急に楽になれた。言葉の呪縛が取れたようだった。ワットムの優しさに身を預けて、いくらか俺は笑顔になれたと思う。だって目の前の教師の顔がとても朗らかだったから。
「どうせなら敬語も要りませんよー」
「それは……流石に俺が納得出来ないんで」
「あらま。そうですかー。呼び捨てなのに敬語なのは変ですねー。にゃははー」
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