第21話 「幼馴染みは呪い屋さん」

「久しぶりだねアレイヤ君。僕にとってはつい昨日会った気分だけど」

 そして次の日。約束通り、アキマは俺に『呪い』について教えてくれた。幼女のような小柄な彼女は、中身だけ立派な年頃の女子だ。今日は『アキマの日』。アキマの体を持ったアミカは、今日この世界にはいない。アミカと交代でこの世界に舞い戻ったのが、今俺の前にいるアキマだ。


「アミカには会った? 元気な子でしょ? 可愛いんだー。僕の従姉妹なんだよ」

 アキマはゆらゆらと左右に揺れて微笑んだ。アミカを語る時のアキマの声は、少しトーンが上がる。

「個性的な子だとは思ったけど……。アミカは10歳なんだって?」

「うん。そして僕は16歳。ぴったり1.6倍生きています」

 ぴったりの意味を教えてくれ。


「話、聞いたよ。入れ替わりの魔術なんて初めて聞いた」

「正確には精神を対象にした反転魔術だね。すごい魔術なんだよ。僕のおじいちゃんが完成させたのであーる。末代まで称えよ」

 アキマは両手を高く掲げ拍手した。俺も釣られて拍手してしまう。

「気にしてなさげだな。体と心が入れ替わったのに」

「気にしてない事ない事ない事ないよ」

「どっちだよ」

「控えめに言って元に戻りたいよね。反転魔術の使い手として、精神反転の研究はしてみたさあるし」

「そっか。いや、お前の態度って平然としてるから本心が分かりづらくて」

「よく言われる」

 言われるのか。自覚はしてたんだな。

「それで、呪いの話だけど」

「うん、覚えてるよ。アレイヤ君、呪いを知りたいんだよね。呪われたいの?」

「違う。呪われたい訳ないだろ」

「あはは。知ってる」

「…………」

 何だろう。アキマと会話してると調子狂わされる。からかわれてるんだろうか、俺は。


「結論を先に言うとね、アレイヤ君。僕は呪いを受けてない。周りの人が色々噂するけど、呪いに関係してるのは僕じゃないんだよ」

「含みのある言い方だな。他に呪いに関係してる奴がいるのか?」

「いるよ。僕の幼馴染み、呪い屋さんなんだ」

 呪い屋さん? 呪いを稼業にしてる人間がいるって事か。だとしたらもっと『呪い』について世間に知られててもおかしくないのに。何故『呪い』はオカルトの域に留まってるのか。

「もしかして、それ詐欺師?」

「そう思われても仕方ないよね。呪いなんて現象、非魔術的だからさ。信じない人も多い。でも詐欺じゃないよ。本当に『呪い』は存在する」

「言い切るんだな。その幼馴染みが人を呪うのを見たのか」

「見たよ。この二つの眼でしっかりとね。いやごめん。訂正。当時は自分の体で生きてたから、こっちの眼では見てなかった」

 アキマは両眼を指差しながら言った。つぶらで可愛らしい瞳は、アキマではなく本来アミカのものだ。


「どっちでもいいけど、とにかく実在するって事だな。『呪い』は」

 これでグリミラズの発言にも一定の信憑性が置ける。奴は本当に『異世界転移の呪い』に犯されていたと考えられる。そして『呪い』がこの世界にもあるのなら、グリミラズへの手掛かりになるかもしれない。

「会わせてくれないか? その呪術師に」

「ううん。呪術師じゃなくて呪い屋。その辺の呼び方、結構細かいんだってさ。『呪術』は全く別の概念らしいよ。その子……ジェイル君曰くね」

「あ、そうなんだ。ごめん。で、会わせてくれるのか? そのジェイルって人に」

「うーん、どうだろう。彼は今ザガゼロール王国の兵士やってるって聞いたよ。休戦中とは言えザガゼロール王国はハンドレド王国の敵国だから、簡単には会えないんじゃないかなぁ」

 アキマは渋い顔をした。ザガゼロール王国の名は聞いた事がある。この国は数年前からザガゼロール王国と戦争をしていて、つい最近休戦協定を結んだとか。戦争の緊張は未だに解れず、両国の行き来は難しい。呪い屋ジェイルに会いに行くのは、ハンドレド国民では困難を極めた。


「でも俺は異世界人だ。ハンドレドの人間じゃない。それなら許されないか?」

「へ? 異世界人? 何それ何それ」

 アキマは首を傾げつつ俺の話に食いついた。あぁ、そう言えば1組のみんなには俺の素性を伝えていなかったな。

「言い忘れてたな。俺は異世界から来たんだ。ハンドレド王国の生まれじゃないんだよ」

「あー。それで魔力が少なかったんだね。異世界人かぁ。珍しい人に会えちゃった」

 アキマは俺をじろじろ見た。やっぱりこの世界において俺は「珍しい人」という扱いらしい。

「でも異世界人の証明って出来る? 戸籍の無い人なんて数えきれないくらいいるし、『自称異世界転生者』もたまにいるからね。ザガゼロールの関所は抜けられないと思うなぁ」

「それは……そうかもな」

 俺がこの世界の住人でないと証明する物は無い。見た目も同じで、言葉も通じて、普通に暮らせている俺は、端から見れば一般人だ。正直に伝えても信じてもらえるとは限らず、『自称異世界転移者』の烙印を押されるだけだろう。


「僕が知ってるのはここまで。これ以上は知らない。無知の知を僕は知っている」

「へ?」

 何言ってんだこの人。

「ま、まぁありがとう。参考になったよ」

「誰か呪いたい人でもいるの?」

「殺したい相手ならいるが」

「あはは。物騒だねアレイヤ君。アレイヤ君くらい強い人でも殺せない人なんているの?」

 いる。グリミラズは俺が会ってきた人間の中で間違いなく最強の男だ。だからこそ奴を超えたい。超えなきゃ駄目何だ。

「復讐は否定しないけど、気を付けた方がいいよ。その殺意が君から生まれたものか、あるいは誰かに作られたものなのか」

「……どういう意味だ?」

「愛と憎悪は表裏一体。簡単に反転するんだよ。愛するものが多くなればなるほど、憎しみも増えちゃうんだよね。そうなるように仕向けた人が、いないといいんだけど」

 アキマは至って真面目な表情で言った。何も知らないはずの彼女の、意味深なだけの台詞が、どうも俺の胸から離れなかった。

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