第16話 「具現化魔術『トラップメーカー』」

 硬い床に穴が空く程の爆発。それが俺の目の前で。もし爆風が直撃していたらと思うと背筋が凍った。

「うわっ、あ、危なっ!」

 爆弾の罠なんて存在したか? 思い返してみれば……確かにあった。地雷だ。アレも罠の一種と言える。

 でも今度は俺は一歩も動いていない。地雷を踏む動作はしてないのに。それでもキョウカの『トラップメーカー』は発動した。どんな仕組みだ?

「私の地雷は作動条件を自由に変えられる。貴方が一歩も動かないつもりならそれでいいの。私の意思でこの辺り一帯吹き飛ばせるんだから」

 何だそれ、やっぱりズルいじゃないか! 歩く危険物かお前は! 自分の周囲どこでも爆風で攻撃出来るって意味だろ? 無茶苦茶だ!

 キョウカは「爆ぜろ」「爆ぜろ」と急かすように言う。その度に床が吹き飛んで、俺の周囲は爆発に飲まれていく。俺は《鋼被表皮こうひひょうひ》を使いつつ避けるのに精一杯だった。

 斬撃や銃撃なら、ある程度は耐えられる。だけど爆撃となると、何度も食らえば俺でも致命傷だ。人術は万能だが完璧ではない。無限に続くようなキョウカの魔術に、いつまでも耐えてはいられない。


 ……いや、待てよ。

 完璧じゃないのは俺の人術だけか? キョウカの魔術だって欠点があるんじゃないか?

 だってそうだろう。どこにでも罠を仕掛けられてどこにでも攻撃出来る魔術なんて、普通に考えて強すぎる。キョウカが完璧で最強なら、学校で学ぶ必要も無いはずだ。四つ星どころか五つ星になれるはずだ。そうならないのは、天才のキョウカにも弱点があるから。


 これは慢心じゃない。勝つための分析だ。相手を過剰に強いと決めつけたなら、勝てる勝負も勝てなくなる。過不足無い的確な分析が、勝つためには必要だ。


「あー、ちょこまかと逃げて鬱陶しい。さっさと……捕らわれろ!」

 キョウカが言うと俺の頭上に檻が発生した。鉄の網が籠のような形となって俺の周りを覆う。籠罠に捕らえられる動物のように、俺は逃げ場を失った。

「捕獲完了。このまま蹴飛ばしても、どうせ貴方は倒れないんでしょ?」

 籠に捕らわれた俺の前に立ち、キョウカは足を上げて籠を踏んだ。そのまま俺を転ばせる、という選択を彼女はしない。さっき俺が見せた《傾立かぶきだち》を忘れてはいないようだった。

「じゃあ取引ね。爆ぜろ」

 彼女は呟いた。何も起きない。数秒前のような爆発は無かった。

「今貴方の足元に地雷を設置した。でも爆破条件は満たしてない。そう設定したから。でも私の気が変わったら爆発しちゃうかもね。さぁどうする? 降参するなら『トラップメーカー』を解除してあげてもいいけど」

 俺は逃げ場を失い、足元の爆弾が起爆するのを待つだけの獲物という訳だ。痛い目みたくなかったら負けを認めろとの要求。たとえ俺を跪かせられなくても、精神的に跪かせるつもりだ。

 キョウカの気分次第で俺の命運は決まる。死にはしないにしても、立ってはいられないかもしれない。そうなれば俺の負けだ。八方塞がり。俺に勝ち目は無いように思えた。

 ついさっきまでは。


「いや。まだ勝負は決まってない。俺は諦めないぞ、キョウカ」

 俺はキョウカから目を逸らさない。この返事が信じられないと言わんばかりに、キョウカは眉をひそめた。

「貴方……本当の馬鹿ね。実力の差が分からないの? 負けた後の強がりは格好悪いだけなのに」

「だから負けてないって。ギブアップはしない。最後の最後まで、俺は全力で戦う」

「くっ……」

 俺が諦めないのを見て、キョウカは俺から離れた。地雷を爆破させるつもりだ。自分が巻き込まれないように、彼女は距離を置いた。

「訳わかんない! 男の強がりって本当に! だったら思い知らせてあげる。後悔しないでよね!」

 そしてキョウカは深呼吸した。

 来る。もうすぐだ。

 俺はキョウカを見つめ、タイミングを見計らった。


「爆ぜ……」

「転べっ!!」


 キョウカの声は、俺の大声で上書きされた。目を丸くするキョウカと、俺との間に、ワイヤーが張られる。最初に俺が転ばされかけたワイヤーだ。

「しまっ……」

 動揺を隠しきれないキョウカ。彼女と目の前の光景を見て、俺は確信した。作戦成功だ。

 この隙に俺は鉄籠を掴んで投げ捨てた。逃げ出す俺に気付き、キョウカはまた口を開く。

「捕らわれ……」

「爆ぜろっ!!」

 今度もキョウカの声に合わせて別の命令を叫ぶ。すると俺の目の前に鉄籠が降ってきた。既に逃げ出して歩き回っている俺は、空から降る籠に捕まったりはしない。


 誰もいない場所に張られたワイヤーと、誰もいない場所に落ちた鉄籠。今までずっと俺に回避行動を強制させてきたキョウカの『トラップメーカー』は、避けるまでもない空振りを繰り返した。

「何が起きているッ! キョウカが技を外しただとッ!」

 ワントレインは俺より大きな声で驚いていた。だけど「技を外した」という表現は勘違いだ。キョウカは俺のいた場所に的確に罠を張っている。しかし罠の種類が的確じゃないから、俺に決定打を与えられないんだ。


 最初のキョウカは、俺が動いているのを見てからワイヤーを張った。動く相手には通用しやすい罠だから。そして俺が止まると籠で捕らえた。止まっている相手に通用しやすい罠だから。

 キョウカの強さは魔術の強さだけに留まらず、その選択精度にあった。俺を巧みに誘導して的確な罠を選んでいるから俺は術中に嵌った。だがそれが崩れれば、もう通用しない。


「貴方まさか……気付いたのね。私の『トラップメーカー』の使用条件に」

「そう言うって事は、俺の推理は当たったらしいな。良かった。正直博打だったんだ」

 驚くキョウカの反応で、俺は確信と安心を覚える。道理で変だと思ったんだ。罠を張る前にいちいち命令口調で呟いていたのは。

 あれは『トラップメーカー』を使うための条件だったんだ。ワイヤーなら「転べ」。地雷なら「爆ぜろ」。籠罠なら「捕らわれろ」。それぞれの罠の目的を命令する事で発動出来る魔術。それが『トラップメーカー』だ。

 人術にも、特定の条件を満たした時だけ発動するものがある。強い能力であればあるほど、条件は厳しくなりがちだ。『トラップメーカー』くらい強い魔術ならもしかしてと思ったけど、これが大当たりだった。


 もし条件が「喋るだけ」なら、もっと小声で言えばいい。そうしないのは、「喋る」事より「聞く」事が重要なのではと俺は推理した。だったら俺が大声でキョウカの命令を遮れば、キョウカが聞くのは俺が放った間違った「命令」だ。その結果、発生する罠も間違ったものになってしまった。地雷を使いたいのにワイヤーが、鉄網を出したいのに地雷が生まれた。俺の声だけでも狂ってしまう繊細さが、『トラップメーカー』の弱点だ。


 と言っても、俺はまだキョウカの作り出せる全ての罠を知り尽くした訳じゃない。彼女の手札は豊富に残っている。それでも、キョウカが新しい罠を晒せば晒すほど俺が有利になるのは確かだ。『トラップメーカー』の操作権は半分俺が握っているんだから。それに、事前に罠の種類を喋らないといけない制限は、手の内を知っている相手には致命的な欠点だ。


「ムカつく。それで私の実力を計り知れたつもり? もう容赦はしないから」

 キョウカは両手を高く掲げた。彼女の手の周りに無数の金属片が浮かび上がる。今度は牽制の時とは違い、金属片の量も大きさも桁外れだった。並の人間に向かって撃てば、全身を細切れに出来そうな規模だ。この『アイアン・ファング』で決着を付けるつもりらしい。

「『トラップメーカー』も他の具現化魔術も、私は同時に使えるの。今度こそ逃さない。罠と鉄の刃、全て避けられる? 無理ね」

 キョウカの冷静な顔から、次第に余裕が失せていた。本気を出したと見ていいだろう。

 だったら俺も余裕を残してはいられない。持てる力全てを以てキョウカに勝つ。


 思い出せ。グリミラズに教わった全てを。

 人術は単なる身体能力強化の技術じゃない。本来は、人が神に近付くための手段。人間が持つ能力を過大解釈して発生する奇跡。想像力次第で人術はどんな形にでも化ける。無限の可能性を秘めた力なんだ。

 《あく》、《しつ》、《ごう》のような人術の基礎はグリミラズに教わった。でも基礎技術を教わっているだけでは人術は完成しない。自らの頭で考え、個性的な才能を伸ばしてこそ人術は本来のポテンシャルを発揮出来る。

 作り上げるんだ。俺が求める力を、俺自身の手で。


「行くぞキョウカ。白黒付ける!」

「黒星は貴方の方よ。爆ぜろっ!」

 キョウカと俺の間の道に、爆炎の柱が上がる。そして左右からは金属片の群れが襲ってきた。逃げ場は無い。進み出した俺に止まる術は無い。ただ立ち向かうために手を伸ばした。


 俺は想像した。邪魔するものを押し返す自分を。目の前の困難を払い除ける自分を。人にはその力があるはずだ。痛いもの苦しいものから逃げるだけじゃなく、倒す力があるはずだ。その力を、もっともっと大きく解釈しろ。

 願い伸ばす手は。眼前の爆風を吹き飛ばした。俺に道を譲るように、上へ上へと去っていく。俺は何も邪魔されず、キョウカの元へと駆け抜けて行けた。

「な……。これって、風魔術……っ」

 キョウカの姿がはっきりと見えた。彼女は何も抵抗せず呆然と立っていた。全ての魔術を撃ち終えたキョウカには、目の前まで迫った俺を撃退する手段が用意されていなかった。

 俺が手を突き出したまま近付くと、キョウカは押されるように倒れた。まだ触れていないのに、ふわりと体を傾けていく。そしてキョウカの背中は床に叩き付けられた。


「え……?」

 言葉を失って仰向けになるキョウカ。まさか何もしてないのに倒れるなんて思ってなくて、俺は床に転がるキョウカの足を見落としていた。

「え、と、うわあああっ!」

 キョウカの懐に飛び込む事だけに集中していたせいで、《傾立かぶきだち》はし損ねた。キョウカの足につまづいて、俺は前向きに転んでしまう。キョウカに覆い被さるような形で俺は転倒した。


 静寂。攻撃の止んだ訓練場に、ワットム先生の声だけが響いた。

「勝負ありー。先に背中を付けたのはキョウカさんなので、アレイヤ君の勝ちですねー」

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