第15話 「アレイヤとキョウカの決闘」

 先手を取ったのはキョウカだった。彼女が手を掲げるとその付近に金属片のような物体が発生した。何も無い空中に突如として物が生まれた異様な光景に、俺は対処を少し遅らせてしまった。俺にとっては驚くべき現象も、彼女らにとっては日常的な魔術。知識の差で劣る俺は後手に回らざるを得なかった。

「『アイアン・ファング』」

 キョウカは呟き、手を前に突き出した。すると空中に浮かぶ金属片は、俺目掛けて飛来する。金属を作って飛ばす魔術か。銃弾と同じようなものと考えれば、弾き飛ばせば問題ないはずだ。


 俺は《鋼被表皮こうひひょうひ》で体を硬くしつつ金属片を払い退けた。速い攻撃だが、見切れない程でもない。だが驚くべきは、払い退けた後の金属片だった。普通の銃弾とは違い、金属片は床に落ちてすぐに消滅した。役目を終えた魔術が自動的に立ち去ったかのような光景だった。

「消えた……?」

「当たり前でしょ。具現化魔術なんだから。よそ見してる暇は無いわ」

 キョウカは『アイアン・ファング』を連続して放つ。襲ってくる金属片を避けたり叩き落としたりで、俺はじっとしている余裕を奪われた。防戦一方を強いられ、常に訓練場内を走り回らされている。

 こうやって俺の体力を奪うつもりなのか? だとしたら、へばるつもりは無い。スタミナと集中力には自信があるんだ。このまま丸一日避け続けてもいい。


「動かされている、な」

 観戦するザハドは物知り顔で言った。

「気を付けろよアレイヤ。その程度の安い攻撃が、キョウカの全力じゃあない。君は『動かされている』だけだ」

 絶え間なく襲う金属片を防ぎつつ、俺はザハドの忠告に耳を傾けた。『動かされている』? どういう意味なんだ。

「余計なヒントを与えないで、ザハド。贔屓なの?」

「そりゃ無いだろう? キョウカ。アレイヤは入学初日なんだ。君の情報を知らせずに戦わせるのはフェアじゃない」

「あぁ、そう。まぁ構わないけど。どうせ私が勝つから」

 キョウカは表情一つ変えない。しかし自信に満ちているのは声色から分かった。ザハドの言う通り、この金属片は彼女の本命の攻撃じゃない。だから俺に完全に対応されても平気でいられるんだ。


「そろそろ決めさせて。……転べ。『トラップメーカー』」

 キョウカは金属片の生成をやめた。そして唐突に指を鳴らす。

「何……をっ!?」

 何をする気なのか。聞く前に答えは足元に出ていた。いつの間にか俺の足元にはワイヤーが張ってあった。床から8〜9センチ浮くくらいの絶妙な位置で、俺が転ぶのを今か今かと待っていた。金属片が来ると思い込んで動き回っていた俺の足は、突然宙に現れたワイヤーを避けられなかった。

 俺は瞬時に決闘の敗北条件を思い出す。『膝か背中が付いたら負け』。転んだら一巻の終わりだ。


「うぐうううっ!」

 俺は咄嗟に《傾立かぶきだち》を使って転ばないようにする。あらゆる体勢でバランスを保って立つための人術だ。おかげでワイヤーに思いっきり引っかかってしまっても、何とか転ばずに済んだ。

「は?」

 キョウカは露骨に機嫌が悪い目付きをした。俺が転ばないのは想定外だったようだな。

「勝ったと思ったのに。何それ。貴方どんなインチキ使ったの?」

「インチキじゃない。人術って言うんだ」

 俺はワイヤーから離れてきちんと二本の足で立った。《傾立かぶきだち》はあくまで「バランスを保ちやすくなる技」であって、どんな衝撃を受けても立っていられる訳ではない。今キョウカの攻撃を受けたらたまらず倒れるので、体勢は常に整えておくに限る。


「そっちこそ何をしたんだ? いきなり足元にワイヤーが現れるなんて」

 二本の小さな金属棒が立ち、その二つを結ぶようにワイヤーが伸びている。こんな道具、さっきまで無かったはずだ。キョウカが指を鳴らした瞬間に現れたように思える。

「具現化魔術。でも私のは他の凡人のとは別格なの」

 それだけ言って答えになっていると思ってそうなキョウカに代わり、ザハドが説明してくれた。

「これがキョウカの魔術。名称は『トラップメーカー』。様々な罠を一瞬で生成する魔術だ」

 トラップメーカー……罠を作る魔術だって? そんなの、このルールでは有利すぎる。もし《傾立かぶきだち》の使用が遅れていたら、俺は床に膝をついていた。普通の罠なら引っかかる前に気付けるかもしれないけど、今みたいに一瞬で生成されたら事前に気付けるはずもない。

 言わば、自分に有利な空間を作り出す魔術。実戦でも訓練でも使える汎用性の高い技だ。何それズルくないか? むしろインチキはそっちでは!?


 俺は『動かされている』の意味をようやく理解した。たとえ足元にワイヤーを張ったとして、俺が直立不動だったら引っかからない。だから俺が常に動いている状態が必要で、キョウカはそう誘導したんだ。あの金属片の攻撃は今に繋がる布石。

 なるほど。これが1組か。ズルいくらい強い魔術を使えるだけでなく、戦術にも長けている。精鋭中の精鋭と呼ばれる訳だ。


「ふーん。そこらの雑魚とは違うのね。少しだけ見直した。でもそれが何? ワイヤーが駄目でも他の罠を使えばいい。私の手札がこれだけだと思わない事ね」

 キョウカはまた無表情に戻った。彼女が生み出せる罠がどれほど存在するのか、俺は知らない。一瞬で繰り出される攻撃を、俺は警戒し続けないといけないのだ。

 改めて思うが、この決闘はルールがあるが故にキョウカに有利すぎる。俺が《鋼被表皮こうひひょうひ》でどれだけ体を守ろうが、ちょっと油断して転んだだけで俺の負けなんだから。そんな事、ワットム先生も分かってたはずだ。キョウカの魔術をワットム先生が知らないとは思えない。

 だとしたら、尚更俺は負けられない。ワットム先生は俺が不利と知って、あえてこの決闘をさせた。そこには意図があるはずだ。俺とキョウカの距離感を縮める、アイスブレイクとしての側面が。

 多少不利だから何だ? その程度で弱音は吐いていられない。


「ほほぅ。それにしても、やり手な転校生だ。並の魔術師なら様子見の『アイアン・ファング』すら防げなかったんじゃあないか? 戦闘の間が鋭いというか何というか。戦争経験者だったりするのかもしれないな」

「楽しそうに見てていいんですかザハド君! さっきからキョウカちゃんの攻撃がここまで飛んでこないかビクビクしてましたよ! うちだけですかー!」

「キョウカの事だ。こっちにはとばっちりが無いように、具現化魔術の消滅時間まで計算して撃ってるはずさ。大丈夫だよ、サナ。それより俺は興味深い! 魔力の無い謎の転校生、彼が1組に選ばれた理由! 知りたくないと言ったら嘘になる。君達も大なり小なり同じ思いじゃあないのか?」

 ザハド達観客は歓談していた。彼の問いに首を横に振る人はいなかった。

「キョウカが決闘を申し込んだおかげで、今ハッキリした。ジゼル校長は可能性を感じたんだろう。アレイヤという原石に。彼なら本当に最高の魔術師になってくれる。そんな予感がしたんだ」

 ザハドは俺を評価してくれているようだった。俺自身が「何で魔術使えないのに1組なんだ?」と疑問に思っているから、彼の評価には手放しで喜べない。だけど、期待をしてくれたのなら答えてみせたい。いつか魔術を使いこなせるようになると、俺が俺を信じたいから。


「さぁ、お互い白熱してきたんじゃあないか? 二人とも頑張れ! 特にアレイヤ。君の目の前にいるキョウカは、俺の次に優秀な学生だ。その年にして四つ星の学生証を持っているんだぞ。心してかかれ!」

 ザハドは俺を応援してくれた。前々から気になっていたけど、『四つ星』とか『五つ星』とかいう魔術師の評価って具体的にどの程度の実力なんだろう。魔術界隈の常識を知らないから、いまいち実感出来ない。

「四つ星って強いのか?」

「アレイヤ、知らないのか? 魔術を職業にしている人間ですら三つ星が普通なんだぞ。それ以上となると天才の域だ。かく言う俺も四つ星を貰ったんだ。俺って天才かもしれない」

 ザハドは生徒手帳を胸ポケットから出した。手帳には大きな星のエンブレムが4つも付いていた。三つ星のプロより評価が高いなんてすごいんだな。そんな天才の一人が俺の相手だと思うと、今更になってワクワクしてきた。

 そういえば思い出したけど、俺まだ生徒手帳貰ってないや。俺って星何個貰えるんだろう。入学したばかりだから一つ星かな。そこからザハドやキョウカと同じ四つ星を目指すとなれば、長い道になりそうだ。


「ザハドのちょっかいなんて気にしないで私に集中して。ぼーっとしてたから負けたなんて言い訳、聞きたくないから」

 キョウカに言われるまでもなく、俺は彼女に意識を向けている。キョウカは大きく深呼吸してから呟いた。

「爆ぜろ」

 その瞬間、床が爆発した。

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