第14話 「アイスブレイク(魔術名ではない)」

「はははは! キョウカはファーストネームで呼ばれると怒るぞっ。俺だって入学以来1000回近くそう呼んで殺害予告されまくっている」

 ザハドは爽快に笑った。彼も「死ね」と言われたのか? 1000回も!? なんだこのイケメン精神がタフすぎないか!?

「馴れ馴れしいの、貴方達。視界に入ると吐き気を催すからさっさと消えてくれない?」

 本当だ! ザハドにも容赦ない! メンタルを病みそうな暴言だ!

 一方ザハドはと言うと微笑みながら頷いている! 全然病んでない! むしろ病んでないとそんな態度出来ないんじゃないか!?

「はははっ。キョウカの刺々しい態度も俺の日常だ。なんだか最近は興奮してきたぞ」

 やっぱり病気だこの人! 何言ってんだ!


「気にしないでいいわよ、アレイヤ。キョウカって誰にでもこんな有り様だから。人付き合いが苦手なタイプなんでしょ」

 エムネェスは慣れっこな様子で言った。人付き合いが苦手でもこんな口が悪くなるものなんだろうか。消極的な性格どころか、積極的に敵を作ってるような。

「ザハドみたいなうざい男は特に嫌い」

「情熱を抱いていると表現してくれよ、キョウカ」

「どっちにせよ私とは合わない。近付かないで」

 クールで他人を拒絶するキョウカと、熱くて他人に優しいザハドは対照的だった。光と影のようだ。放っておくとまた喧嘩が始まりそうだった。


「はいはい皆さん。お互いを知った所で、もっと親睦を深めましょうかー。今日くらい授業を遅らせてもいいでしょうー。交流会の時間にしますー。アイスブレイクってやつですねー」

 空気を変えたのはワットム先生の司会だった。教師だけあって、生徒を纏めるのは手慣れていた。

「先生。それは重要ですか?」

 挙手して発言したのはアキマだった。ワットムはゆっくり頷く。

「はいー。他人との交流は、通常の授業だけでは得られない貴重な経験をするチャンスですー。アキマさんのやる気も尊重しますが、ここは特別授業という事にしてくれますかー?」

「なるほど! 流石先生です!」

 ワットムの説明にアキマは納得したようで、爛爛とした目でワットムを見つめていた。

「う、うちが人様と仲良く……。うひいい……恐れ多いです。ご迷惑をおかけしないでしょうか」

「そんなに恐れる必要はないですよ、サナさん。ボクなんか誰とでもすぐ仲良くなれますよー」

「それはワットム先生が人を恐れないからです……。その距離感の詰め方本当どうやってるんですか……」

 サナは俯いて両手の人差し指を合わせ、その先ばかり見ていた。ふと思ったけど、サナって本職のメイドさんなのか? 服装的に。だとしたら人間関係が重要そうな仕事だけど、あんなに不安そうにして大丈夫なんだろうか。


「なんで初対面の奴と仲良くしないといけないの? くだらない」

 初っ端から担任の意図を無視するような発言をしたのはキョウカだった。

「そんな茶番よりやるべき事がある」

「初耳ッ! ワットム先生の提案を足蹴にしてまですべき事があったとはッ! 課題かッ!? 試験勉強かッ!? 何なのだッ!?」

 本気で驚愕している表情のワントレインを、キョウカは「違う」と一言で切り捨てた。

「決闘よ。この生意気な新入りに現実を教えてやるの」

 キョウカは立ち上がり、栞の先を俺に向けた。

「ここで一番になるってどういう意味か、どうせ貴方何も分かってないんでしょ。魔術学校は子供のお遊びじゃない。気軽に頂点を口にする馬鹿見てるとイライラする。叩きのめさないと気が済まない」

 キョウカの眼鏡の奥に潜んだ瞳には、殺意にも似た鋭さがあった。


 魔術学校にはいくつも訓練場がある。俺が入学試験に使わせてもらったのとは別に、完全に室内の訓練場もある。広々とした、何も無い空間に、俺とキョウカの二人は向かい合って立っていた。

「本当にやるんですか」

 俺はワットム先生に尋ねた。ワットム先生は「いいじゃないですかー」と乗り気だ。

「決闘だってアイスブレイクの一つですよー」

「仲良くなれるんですかこれで」

「なれますよー」

 本気か? ワットム先生の口調が若干ふざけているように聞こえるせいか、いまいち信用出来ない。


「どっちも頑張れー!」

 離れた壁に背中を預けて観戦しているのは1組のクラスメイト達だ。ザハドなんかワクワクした顔で待っている。他の面々は不安そうに見ているが。

「なぁ、なんで決闘なんだ? あんまりやる気にならないんだけど」

 俺はキョウカにさりげなく停戦を持ちかけると、逆に殴りかかってきそうな目で睨まれた。

「何? 余裕ぶってるのね。私が女子だから、弱そうだから勝てると思ったの?」

「そういう訳じゃない。俺達は一緒に勉強する仲間じゃないのか? 争い合う関係じゃないだろ?」

「ほら分かってない。学校で競うのは争いと同義なの。いい子ちゃんのフリしてると落ちぶれるだけ」

 そうだろうか。俺は違うと思う。互いに競い合うのは好きだけど、『競う』と『争う』は違う。戦いが手段か目的か、そこが決定的に違う。そんな嫌悪の感情剥き出しにされて戦っても、それは『競い合い』じゃなくて『争い』なんじゃなかろうか。


「舐めてかかると死ぬかもね。魔術師の強さは見た目じゃ分からないって、そんな基礎から徹底的に教えてあげる」

 俺の気持ちがどうであれ、キョウカはやる気だ。周囲の御膳立ても整ってしまったし、決闘は避けられない。仕方ないから、俺もその気になる事にした。相手が選ばれたエリート魔術師なら、確かに油断してると死ぬかもしれない。

「死ぬまで続けさせませんよー。じゃあルールを決めましょうかー。膝か背中、どちらかが床に着いた方が負けです。制限時間無し。反則はありません。ギブアップはいつでも認めまーす」

 ワットム先生は決闘の審判を引き受けた。反則は無いがルールはある。第三者の目に晒され、死ななくても負ける試合。これは俺の経験してきた戦争ではなく、あくまで学校の教育の一環なのだと知らしめられた。


「ほほぅ。『膝か背中が付いたら負け』か。これはこれは……アレイヤには可哀想だがキョウカに有利すぎるルールだな。先生も人が悪い」

 ザハドはワットム先生を見た。ワットム先生はずっとニコニコ笑っていた。

「数秒で決着が付くかもしれないな。残念」

 ザハドの不穏な台詞を他所に、ワットム先生は決闘の合図を告げた。

「では、二人とも始めちゃってくださーい」

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