第13話 「自己紹介」

「えー、アキマさんが授業を楽しみにしてくれてますので、そろそろ始めますかねー。皆さん自分の席に着いて下さいねー」

 先程の一悶着を見てなかったかのように、担任は悠々とホームルームの開始を宣言した。こんなのは1組では日常茶飯事なのだろうか。担任は眠そうな声だった。

「アレイヤ君だけ自己紹介させて名乗らないのは失礼ですよねー。ボクは1組担任のワットム・ポム。魔術資格なら沢山持ってますので、皆さんがマニアックな分野の質問をしても答えられるつもりでいますよー。よろしくですね、アレイヤ君ー」

 ワットム教諭は相変わらず猫背のまま、俺に手を振った。常に敬語なのは、まるでグリミラズみたいで思わず警戒してしまう。

「よろしくお願いします、ワットム先生」

 先生、と呼んで初めて俺はこの言葉に違和感を覚えた。俺にとって『先生』はずっとグリミラズ一人だったから。『先生』という呼び名にはとっくに特別な意味が込められてしまっている。教師の立場と言え、彼を『先生』と呼ぶのには軽い拒絶があった。


「僕はアキマ。アキマ・ウル。体は10歳だけど中身は16歳なんだよ。へへっ、ありえないって思うよね」

 徹頭徹尾真面目に着席していた彼女が自己紹介した。この子だけまさしく『優等生』って感じの態度だ。後頭部で綺麗に纏められた赤髪が、一層そう見せてしまう。

「体が10歳? 幼く見られがちって意味?」

「ううん、言葉通りの意味。子供みたいなんじゃなくて子供なの。でも僕は16歳。花盛りの女学生。立派な乙女に育ちました」

「へ?」

「びっくり仰天、意味不明だよね。これが魔術学校」

 アキマは顔色一つ変えず言った。冗談めかしたり茶化す素振りは無い。だから尚更、彼女の言ってる事が理解出来なかった。


「アキマについては後で説明するよ。君が魔術基礎を勉強した後にね。それと俺はザハド・キーマン。1年1組、現時点での成績一位だ。君のライバルになるだろうな。期待の新人登場で、俺もうかうかしてられない! これから楽しみだ!」

 ザハドは清々しいイケメンだった。所作の一つ一つが洗練されていて、別の世界の人みたいだった。いや実際、俺にとっては別の世界の人だけど。

「で、ワタシはエムネェス・グリドヘイル。この教室って男子が少ないから、一人増えて嬉しいわ。お姉さんと仲良くしましょうね」

 エムネェスは妖艶な美女だった。本当に同年代か疑わしくなる。多分実年齢は4つか5つくらいの差だろうけど、10歳くらい離れてそうだ。背は俺より少し高いくらいなのに、遥かに年上に見えた。


「う、うちはサナ・ヒャらる……ヒャれ……ヒュら……。うひいいっ! す、すいませええええん! うち、自分の名前なのに噛んじゃいましたぁ! 馬鹿にしてる訳じゃないんですーっ! 信じて下さああああい!」

 サナは自己紹介を失敗し、あろう事か名前を噛んだ。そんなに言いづらい苗字なんだろうか。なんかすっごく謝られたけど。別にサナは悪くないのに。

 サナはゆっくり深呼吸して、それからもう一度名乗った。

「うちの! 名前は! サ! ナ! ヒャ! ラ! ラ! ……い、言えました! そうです! うち実はサナ・ヒャらるって名前だったんですーっ!」

 あ、また噛んだ。

 顔を明るくして手を高く掲げるサナ。勝利宣言したみたいな彼女の隣で、静かなトーンで訂正したのはザハドだった。

「ううん、違うよ。彼女の名前はサナ・ヒャララ。『ヒャらる』じゃあなくてね」


 サナは口元をぷるぷる震えさせて顔を真っ赤にした。

「あわわわわ……! キメ顔なんかしてすいませええん! うちなんかが上手く自分の名前を言えるはずなかったんですううう! あひぃいいっ! サナ・ヒャララ、一生の恥です! 穴があったら入りたいです!」

 今言えてたぞ。本人は気付いてないみたいだけど。

 まぁ『ヒャララ』って確かに発音しづらいもんな。いや、どうだろう? 若干言いにくいような……言いにくくないような……。微妙な音だ。


「よく頑張ったぞサナッ! 入学当時はファーストネームも言えず、『シャナ』と名乗っていたのを思い出せば大きな進歩だッ! シャナの方が発音しやすいから仕方あるまいがなッ! そして転校生よッ! このオレの名を覚えて帰れッ! ワントレイン・グルメディン! 覚えたかッ!? ワントレイン・グルメディンだッ!」

 ワントレインは天井が揺れるような大声を発した。ズォリア以上のとんでもない図体といい、爆発しそうな筋肉といい、とにかく印象に残る男子だった。名前を覚えず帰る方が難しい。

「あぁ。みんな、よろしく」

 さて、これで全員自己紹介してくれたかな。いや、一人だけ黙っている女子がいた。


 キョウカだ。彼女だけが会話に入らず、一人読書している。

「えっと……よろしくキョウカ」

 消極的な性格なのかと思ってこっちから握手を求めたけど、彼女は無視した。聞こえてないはずないのに。

 読書に集中しすぎている? いや、さっきから彼女を観察してたけど、一ページも進んでいない。本を読む振りをしているだけだ。

 キョウカは俺を一瞥。

「死ね」

 静かに言って彼女はまた本に視線を向けた。

「えええ……?」

 入学早々、俺は嫌われたのかもしれない。

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