第12話 「優等生の集う教室」

復讐者はこの世界でも頂点を目指す 12話


 この町の魔術学校には23ものクラスが存在した。そして「1組」は、その中でも卓抜な才能を持つ生徒が集う教室だという。

 昨日の試験を終え、手続きを済ませた俺は今日から1組の仲間入りだ。校長先生から直々に実力を認めて貰えたのは素直に嬉しいけど、魔術師でもない俺がそんなクラスに入っていいんだろうか。除け者にされたりしない?


 若干の不安を覚えつつ、俺は教室のドアを開けた。グリミラズの学校と似たような、見覚えのある空間が目の前に広がる。既に何人かの生徒が朝礼を待って歓談していた。


 1組の生徒は一斉に俺に視線を向けた。

 俯いてたじろいでいる、メイド服姿の女子。

 落ち着いて着席している、童顔で小柄な女子。

 窓際の席で何故か優雅に紅茶を嗜んでいる、美形の男子。

 俺を一瞥してすぐに興味無さげに視線を逸らした、スーツ姿の眼鏡女子。

 机に座って足を組み、化粧をしている褐色の女子。

 俺から目線を外さない、筋骨隆々の眼鏡男子。

 一目見ただけで、個性的な面々だと理解した。異質な雰囲気……これが魔術学校の1組なのか。


「アレイヤ君、一番最後ですねー。遅いですよー。って、担任のボクはさらに遅れて来たんですが。にゃははー」

 俺の背後にいつの間にか男が立っていた。背の高い大人だけど、酷い猫背だから俺と同じ目線だ。

 担任? この、間の抜けた様子の大人が? 1組の担任教師だって言うのか。

「一番最後? 1組ってこれで全員なんですか?」

「ですねー。ここは精鋭の学級ですからー」

 マジか。俺含めてたった7人。他のクラスは40人近くいたのをこの前見たぞ。

 やっぱり1組は特別なのか。本当に限られた生徒しか入れないんだなと、俺は自分のいる場所の重さを実感した。


「はいはーい。皆さん席について下さいね。ホームルームを始めますよー。なんと今日から、うちに転校生が来ましたー」

 担任教師はのんびりとした所作で教壇に登り、俺を紹介した。

「はい、アレイヤ君自己紹介」

 担任に促されて、俺も前に立ち生徒全員を見据える。

「はじめまして。アレイヤ・シュテローンです。よろしくお願いします」

「うーん。寂しい自己紹介ですねー。もっと何か無いですかー? 目標とかー」

「目標? 目標は……」

 この教室で俺が為すべき事。それは決まってる。この学校に入ったのも、全てこのためだった。


「この学校の頂点になりたいです」


 教室はしんと静まり返った。俺の台詞の続きを待ってるのかと思って何か言おうとしたが、それは美形の男子の「素晴らしい!」という大声で掻き消された。

「昨今は努力や功績を恥と勘違いする残念な若者も多い中、堂々と首席宣言とは! その意識の高さ、良し。俺と仲良くなれそうだよ、転校生! キョウカもそう思うだろう?」

 彼に話題を振られたスーツ姿の女子は、美形男子を睨んで「興味ない」と静かに答えた。

「どうして男子ってみんなかっこつけたがるんだろうね。私には理解出来ない」

「あら。キョウカってそーゆー事言っちゃう? ワタシはガツガツした男の方が好きよ」

 スタイルのいい褐色の女子は、化粧をやめずに猫撫で声で言った。


「ザハドに同意するッ! オレも向上心ある学友は大歓迎だッ! しかし、しかしだッ! 転校生よ、貴様全く魔力を持ってないではないかッ! 魔術も使えないと見えるッ! やる気があるのは好感極まりないが、大言壮語は危険を伴うぞッ!」

 筋肉質な眼鏡男子は一語一句を噛みしめるように叫んだ。普通にしてても耳が痛くなる。《千里耳せんりじ》使いながら聞いてたら頭がおかしくなったかもしれない大声だ。

 って、今何て言った? 声の大きさばかり気にしていたけど、今この男子は俺の魔力が無い事を見抜いたぞ。まさか魔力が見えるのか? 魔術師って普通見えるものなのか? その辺ペトリーナに聞いとけばよかった。

「ほほぅ。そうなのかい。ワントレインが言うのなら間違いないだろうね。転校生、君は魔術師じゃないのか」

 美形男子の言い方から察するに、全員が魔力を見れる訳ではないらしい。それで、会話の流れ的にこの美形男子がザハド君なのだろう。で、マッチョ男子がワントレイン君と。


「はぁ? 魔術を使えない? そんな劣等生が、何で1組に来てんの。賄賂でも送った訳?」

 スーツの眼鏡女子……キョウカって呼ばれてたっけ。彼女は軽蔑の眼差しを俺を見た。懸念していた通り、魔術師じゃない俺が優等生クラスに選ばれた事が不満を呼びそうだ。

「ちょっとぉ。キョウカってすぐ口が悪いんだから。そんなんじゃモテないわよぉ」

 化粧を済ませた様子の褐色女子は、机に腰掛けたままキョウカを嗜めた。それがキョウカの機嫌を損ねたようで、女子同士の言い争いに発展する。

「ふん。男に媚びてばかりの貴方のような生き方するよりマシだから。エムネェス」

「ワタシがいつ媚びたのよ。向こうから勝手にワタシを好きになるだけよ、勘違いしないで」

「物は言いようね。そうやって人を手玉に取るのが貴方の処世術? 見栄えしか取り柄の無い女は大変ね。賞味期限が近付いてるから焦ってるの?」

「キョウカ……っ! アンタねぇ!」

 二人のいがみ合いは暴力を生みそうな勢いだった。それを間に入って止めたのは、オドオドしたメイド服姿の女子だった。


「け、喧嘩はやめてくださーい!」

 メイド女子が両手を突き出す。すると天井の電灯が落ちて彼女の頭に落ちた。

「あたっ!」

 短く呻いた彼女がふらふらと千鳥足で歩くと、今度は何故か床に落ちていた雑巾に足を滑らせ、ド派手に転んでしまった。

「あばっ!」

 転んだ勢いで彼女は机に衝突。机は偶然にも足が朽ちていて、彼女の体当たりの衝撃で倒れてしまった。

「あぶっ!」

 机に伸し掛られ身動き取れなくなった彼女は、両手と両足だけを露出させ小さく震えていた。

 激しい物音の連続と共に繰り広げられた、不幸な事故の数々。痛々しいその光景のインパクトに、一同は目と声を奪われていた。

「…………」

「…………」

 キョウカとエムネェスもメイド少女を茫然と見て、さっきまで喧嘩していた事さえ忘れているようだった。


「ははははは! 相変わらずサナはドジだな。大丈夫か? 回復魔術をかけてあげよう。こっちへおいで」

 ザハドは爽やかに笑って、メイド女子の前に立って右手を差し出した。メイド女子サナは、「大丈夫です……。ううう……ご迷惑をおかけしました」と申し訳無さそうにザハドの手を握った。ワントレインは無言でサナの上に乗っかる机を持ち上げて退かした。

「またやってしまいました……。うちが出しゃばるとすぐにこうなる……。ごめんなさいごめんなさい……。うちが悪いんです……許して下さい」

 サナはザハドに回復魔術で治療されながら何度も頭を下げていた。ザハドはまた愉快そうに笑っていた。

「ははは! サナが気にする事じゃあない! 人は誰しも、うっかり失敗する。君はそれが多少多いだけだ」

「多少なんですか、それとも多いんですか……」

 入学早々、畳み掛けるように騒がしい出来事ばかりだった。それを意に介さず綺麗な姿勢で座り続けている、童顔で小柄な少女は言った。

「先生。そろそろホームルームを始めて下さい」

 彼女だけは胸ポケットに名札を付けていた。『アキマ』と書いてあった。

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