第二章 〜魔術学校と奇妙な同級生達〜

第11話 「魔術学校の入学試験」

 魔術学校は隣町の一番目立つ建物だった。とにかくデカいのだ。周囲は住宅街で一階建てくらいの高さしかないのに、学校だけは天を見上げるような高層建築だ。威圧感が尋常じゃない。

 王国が資金提供しているのなら納得の規模だ。国民の血税は学校へと変わる。

 俺は思わず呟いた。

「ペトリーナはこの学校くらい大きな存在なんだな」

「? 何か言いまして?」

「いや、何でもない」

 ズォリアの親バカが具体的になったところで、俺とペトリーナは魔術学校の職員室へと足を進めた。

 校長先生との面談をペトリーナが予約してくれたそうだ。『校長』って役職は初めて聞いたけど、要するに学校の責任者だ。俺の前いた学校にはグリミラズ以外の先生はいなかったな。つまりグリミラズが校長か。


「ようこそいらっしゃいましたペトリーナお嬢様! ささ、お上がり下さい。この間最高級の茶葉が手に入りましてな。是非お嬢様にと」

 校長室に着くと、校長先生は丁寧に迎えてくれた。俺を、と言うかペトリーナを。

「もう。やめて下さい、ジゼル先生。恥ずかしいですわ」

 ペトリーナは照れて顔を赤くしていた。校長は聞いてか聞かずか客席にお茶を用意している。見事な手際だった。

「儂がこの魔術学校の現校長。ジゼル・カウトマと申します。お話はお聞きしておりますよ、アレイヤ君。異世界からの来訪者だとか。珍しい生徒はうちも大歓迎です」

 お茶を淹れ終わったジゼル校長はソファに座って、俺達も座るよう促した。校長は老年の男性で、穏やかな雰囲気を醸している。でも、年齢のわりに弱々しさは感じない。全身の所作から落ち着いた戦士のような風格を感じる。もしかしてこれが魔力ってやつ? 俺も魔力を感じ取れるようになったんだろうか。

「コルティ家の方々とは昔から懇意にさせて頂いて。ペトリーナお嬢様のお願いとあらばこのジゼル、重い腰を上げずにはいられませんな」

「ありがとうございます、ジゼル先生。本当にお腰が重たいでしょうにお手間を頂きまして」

「ふぉふぉふぉ。相変わらずお気遣いの出来る方だ。成績も非常に優秀で、ペトリーナお嬢様は我が校の誇りですぞ」

 ペトリーナは在学中から教師の人気が高かったらしい。この調子だとジゼル校長が思い出話を始めそうだ。長くなりそうだなぁ、と思ったら同じ気配を察してペトリーナはいきなり本題を示した。


「それで、アレイヤさんを入学させる件ですが」

「えぇ。必要書類はここに。後は簡単な試験をクリアしてもらうだけですな」

 試験か。どこの学校にもあるよな。人術学校にも。定期試験の前は教室全体の空気が熱気に包まれていたのを思い出す。

「どんな試験なんですか?」

 俺はお茶を飲みつつ尋ねた。ジゼルは「ずばり、実技試験です」と端的に答えた。

「実戦形式で実力を見るテストですな。ちょうど訓練場はどこのクラスも使ってない時間帯ですので。早速参ります?」

「お待ち下さいジゼル先生。アレイヤさんは魔術がまだ使えないのです。いきなり実戦だなんて」

「心配はいりますまい。対戦相手はゴーレム。安全装置付きの製品ですな。危なくなったら止めれば良い。それに、軽く力を見るだけです。新入生にいきなりゴーレムを倒せだの、無茶を言うつもりはありません。最近はスパルタ方式にすると体罰だ何だと世間から叱られますからなぁ。ふぉふぉふぉ」

 校長は冗談交じりに笑った。ゴーレムって何だ? 聞こうと思ったけど、試験会場に行けば分かるか。

 俺は意気揚々と会場に向かった。試験は得意なんだ。みんなと競い合うあの時間は楽しかったし、嫌いじゃない。


 訓練場は、広々とした草原だった。日の光に照らされて、草が風に靡いている。周囲には観客席があるけれど、そっちは窓ガラスで隔てられた完全な室内だった。

「ここに立ってればいいんですか?」

 草原の中心で俺は待ち、ジゼル校長に尋ねた。ジゼル校長は「はい。もう少しお待ち下さいね」と言って観客席の方に向かって行った。

 すると、前方から人影が三つ。いや、厳密には人では無かった。あれは……人形? 土や岩で出来た巨大な人形が、ずしんずしんと重たい音を立てて歩いて来ている。

「これがゴーレム?」

「はい。魔力で動く土人形です。入学試験用にプログラムして動かしてあります。儂が合図したらアレイヤさんを襲いますので、3分間戦って下さい。それが試験です」

 ジゼル校長は大きな時計を置いた。時間を確認しつつ戦えという事だろう。

「流石魔術学校。未知の塊だな」

 どう見ても生き物じゃない物体が、生き物のように動いている。そんな奇天烈な光景に俺はワクワクしていた。魔術って未知数だ。だからこそ興味深い!


「結果で合否は分かれないので安心して下さい。クラス分けの参考にするだけですから。もし危なくなったら儂が魔術を中止しますので、その点もご安心を。質問はありますか?」

「じゃあ、二つ。このゴーレムって壊したら弁償ですか?」

「え? いやいや、実技試験用の製品ですから、多少破損するのが前提です。弁償はありませんよ。まぁ簡単には壊れない性能ですがね」

「ではもう一つ。そこは安全ですか?」

 俺は室内の観客席を指さした。そこでペトリーナが俺を見守っている。ジゼル校長も今から観客席に入るはずだ。

「えぇ。魔力でコーティングした窓ガラスで隔たれていますので。ゴーレムの攻撃が万が一飛んできても安全ですよ」

「なら大丈夫です。始めて下さい」

 良かった。俺とゴーレムの戦いにペトリーナは巻き込まれない。後先考えずに全力を出しても問題ないという訳だ。試験で手加減するなんて嫌だからな。


「ふむ。それでは」

 ジゼル校長は時計を眺めて宣言した。

「試験、開始です」

 校長の合図でゴーレムは動き出した。俺はすかさず全身全霊で人術を発動させる。

 脚力強化の《しつ》。

 旋回性能強化の《てん》。

 腕力強化の《ごう》。

 聴覚強化の《千里耳せんりじ》。

 他に《光追眼こうついがん》も《鋼被表皮こうひひょうひ》も使ってしまおう。出せる力の全てを放って、思う存分暴れた。何も考えずに戦えるのは久しぶりで気分がいい。体を動かすのは楽しい!

 本当はもっと運動の爽快感に身を預けておきたかった。だけど気付けばゴーレム3体は粉々になっていた。多少残念に感じながらも俺はジゼル校長の方を向いて報告した。

「終わりました」


 ジゼル校長は無言で俺を見ていた。無視されたのかと思ってもう一度「あのー」と声をかけると、校長は機敏に動き出して観客席から飛び出した。

「何と。こんな子供がいるとは。いやはや、これだから教師はやめられない! 世界は広いのですなぁ。まさかゴーレムを素手で倒す人間がいるとは」

 ジゼルは俺の前に接近し、ベタベタと俺の体を触った。

「え? ちょ、ちょっと! 何するんですか!」

「魔術は本当に使えないのですな? では筋力だけでゴーレムを粉砕と。はぁー、驚いた驚いた。触る限り普通の筋肉のようですが……いや、若い割には鍛えられておりますなぁ」

 俺の筋肉を観察し始めたジゼル。もしかしてこの人変人? 最近変な人に絡まれるなぁ!


「すごいですわアレイヤさん! たった4秒でゴーレムを倒すなんて! 私の時も1分はかかったのに! もしや学校設立以来の記録ではありませんの?」

 ペトリーナも飛び出して来た。4秒? それだけしか経ってなかったのか。なんか物足りないな。グリミラズの出すテストはもっと厳しかったのに。そりゃもう、死ぬんじゃないかってくらい。

「ふむ。試験でゴーレムを倒せる生徒はたまにおりますが、4秒となると儂も初めて目撃しましたな。魔術を使わずとなると、前代未聞です」

「あ、魔術使ってないと不合格とか無いですよね?」

「無論。先程申し上げた通り、これはクラス分けの参考にするだけですので。しかしこれほどまでの好記録となれば、行くクラスは決まっておりますな」

 そしてジゼル校長はにこやかに言った。

「ご入学おめでとうございます、アレイヤ君。君は明日から1組のクラスメイトです」

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