第10話 「騎士指定と魔術学校」

「魔術学校?」

「はい。その名の通り、魔術を学ぶ機関ですの。アレイヤさんと同い年くらいの人が勉強しているんですよ。いつでも新入生を歓迎してますから、アレイヤさんも今すぐ入学出来ます」

「学校か……」

 グリミラズの学校を『卒業』した直後の俺だ。また学校に入るなんて、妙な話だ。教室の居心地は嫌いじゃなかったけど、あんな惨劇があった後に教室という空間に戻れるか自信が無い。

「なんでそれが目立つ事に繋がるんだ?」

「だって魔術学校はこの国唯一の国立学校ですもの。ハンドレド王国一番の教育機関で、世界中で有名なんです」

「へぇ、国が学校を。恵まれてるな」

 王国が協力してくれる学校なんてあるのか。そりゃ有名にもなるだろうな。

「それにそれに、魔術学校で成績一位になれば王様から表彰されるんです! 毎日の努力が認められるのはとっても誇らしかったですわ!」

「もしかして、ペトリーナも魔術学校の生徒?」

「でした。こう見えても首席卒業なんですよ! ふふん!」

 ペトリーナは胸に手を当てて鼻高々だった。

「すごいな。やっぱり只者じゃないとは思ってたけど」

「コルティ家の娘ですもの。家の名に恥じない功績を残さなくてはお父様を困らせてしまいますわ」

 偉いな、ペトリーナは。勉学の意識が高い。

 そんな彼女に熱烈に誘われては、断る気にはなれなかった。国中が注目する学校で一番を取り、名を知らしめる。それも悪くないかもしれない。

 強い人間を求めていたグリミラズなら、魔術学校にも目を向けているはずだ。


「魔術学校には優秀な魔術教師や学者さんが大勢在籍しています。アレイヤさんが元の世界に帰りたくなったら、その方法を知っている人がきっといるはずです。今のうちに仲良くなっておくのが良いと思いますわ」

「別に帰りたいとは思ってないけどなー」

「まぁ。ではずっとここにいて下さるの?」

「この世界には滞在するけど、ずっとこの家にお世話になるのも悪いよな。ズォリアがいい顔しなさそうだし」

「そうですの? お父様もメリシアル教の神官の一人。アレイヤさんを追い出すなんてしませんわ」

「いやでも……無償で居候させてもらうのはな。気が引けるというか」

 二人の善意に甘えてしまうのは、俺の善意が揺らいでしまう。この家を居場所にしてくれるのは勿論嬉しい。でも前にも言ったけど、お世話になる以上何かしらのお礼はしたい所だ。

「そうですか……。でしたら、私にいい考えがありますわ!」

 ペトリーナは右手を高く挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。授業中に挙手する元気な生徒みたいだった。


「お父様。お話があります」

 ペトリーナは俺を連れてズォリアの元へ行った。既に仲直りは済んだのか、ズォリアのテンションは普段通りに戻っている。だが護衛魔術師達の殉職を気に病んでか、やはりやつれていた。

「何だ、ペトリーナ」

「アレイヤさんを私の騎士に指定したいと思うのです。認めて下さいますね?」

 ペトリーナが言うと、ズォリアは黙って俺とペトリーナを交互に見た。

「騎士指定か。そう言えばそんな制度もあったな。あれ、いつから無くなったか? ワシのひいひいひい爺さんくらいだな」

「あの、騎士指定って何ですか?」

 また俺の知らない単語だ。こういう時は素直に尋ねるようにしている。知らないままだと困るからね。

「コルティ家は神降宮を管理する重要な一族。だから代々の当主は、自らの命が奪われ職務を果たせなくなる事の無いよう、身を守る騎士を指名するのです。建国以来から続くとされている制度ですわ」

 答えてくれたのはペトリーナだった。ズォリアも補足で説明する。

「だがコルティ家の人間が最近強くなりすぎてな。生半可な騎士ならむしろ不要と、制度自体が形骸化していた。ワシも自分の身程度なら自分で守れるしな。ペトリーナも首席で卒業した魔術師。騎士が要るのか?」

「いいえお父様。私は未熟ですわ。自分の立場を理解しておきながら、みすみす賊に誘拐されてしまう失態。私は私の無力さが恨めしいですわ。これからも己を研鑽するのは当然ですが、やはり私の未熟さを補うパートナーが必要だと思いますの」

 サブヴァータの誘拐事件。その被害者となってペトリーナは、泣くのではなく恥じた。自分の弱さを認め、補う術を考えた。それが『国のため』『職務のため』なのだとしたら、やっぱりペトリーナの精神は強靭すぎる。

「それを言われてはワシの立つ瀬が無くなる。本当に未熟で恥じるべきはワシだ。娘を危険に晒し、仲間まで失った。こんなワシに偉そうに言う資格はあるまい。認めるも認めないも無いだろうよ」

 ズォリアは俺の両肩を掴み、まっすぐ俺を見た。

「娘を助けてくれたのは紛れもない君だ。アレイヤ少年。是非とも我が娘を守ってくれないか」

 ズォリアからのお願い。それは騎士になれという意味だった。

 これがペトリーナの『いい考え』か。なるほど。俺はこの家で仕事を手に入れた事になる。ペトリーナを守る騎士として。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 これで居候の恩義を返せる。お互いウィンウィンの関係ってやつだ。断る理由は無かった。


「まぁ! うふふ。ありがとうございますアレイヤさん!」

 ペトリーナは頬を緩めて笑った。跳ねる声は、はしゃぐ少女のようだった。

「これからは、あなたもコルティ家の一員です。ようこそ、私達の家へ」

 ペトリーナは手を差し出した。彼女は……コルティ家は受け入れてくれたのだ。異世界から来た俺を。家族として。

 彼女の手を、俺はゆっくりと握った。

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