第9話 「グリミラズの痕跡」

 ズォリアが派遣した魔術師部隊がサブヴァータに皆殺しにされたと、街のニュースはその話題で持ちきりだった。サブヴァータの殺人は今に始まった事でもないが、今回は特に人々の目を引いた。

 何故なら殺された魔術師達は全員王家に選ばれたエリート。四つ星や五つ星の天才達ばかりだと言う。俺には魔術師の評価はイマイチ実感出来ないが、優秀な魔術師がフォクセル達に負けた事実は胸を揺さぶった。


 サブヴァータが『魔術師狩り』として有名なのは新聞で知った。魔術師ではサブヴァータには勝てないとまで言われている。なのに何故、ズォリアの部下は挑んでしまったのか。ズォリアは何故部下を向わせてしまったのか。

 一種の油断だったのだろう。いくら魔術師に強い相手とは言え、国一番のプロ集団を派遣すれば倒せると。

 強さは単純に大小で測れるものでもない。特に相性関係は、強者と弱者の関係を容易に崩す。グリミラズはそう言っていた。俺も同意見だ。いくら最強の魔術師達と言えど、相性の悪い相手に無策で立ち向かっちゃいけなかったんだ。


 俺がもっと警戒して忠告していれば結果は変わっただろうか。ズォリアも同じ事を考えているに違いない。あの人は殉職した魔術師の上司にあたる立場だから、特に自責の念に駆られているだろう。追い討ちをかけるような状況に、ズォリアも苦しんでいるはずだ。あまり気軽に話しかけられないな。


「サブヴァータ……国外に逃げてしまいましたね」

 憂いているのはペトリーナもだった。自分を誘拐した犯人が未だ逃走中なのは、やはり心中穏やかではないか。

「俺があいつらを逃さなかったら、あの人達は死なずに済んだんだよな」

「そんな。アレイヤさんのせいではありません! 悪いのはサブヴァータです! あの者達には必ず神の判決が下ります」

「逃げられたのに?」

「今この瞬間罰を逃れたとして、いつかは裁かれます。天網恢々疎にして漏らさず。罪人は神の天秤から逃れられませんわ」

 それがペトリーナの信じる神様か。癒しの神であると同時に、裁きの神。優しさと厳しさを併せ持つ女神だ。


「神の裁き、か。でも結局罪人を捕まえるのは人間だろ?」

「私はそうは思いません。人が人を裁くなんて傲慢ですわ。罰という暴力を行使する権利は誰にもありません。それが許されているのは、人々を正しくお導き下さる神様だけなのです」

「悪い事を一度もしてない人だけが罪人に石を投げよ、みたいな? 人は誰しも一度は悪い事してるから、誰も罰を与えられないって話」

「まぁ。面白い例えですね。アレイヤさんの世界の教えですか?」

「いや、先生からの伝聞。俺の地元にロクな宗教なんて無かったし」

 俺の故郷では「神の裁き」を自称して殺戮を行う者は大勢いた。いつから神は大量殺人の道具になったのやら。

 でもペトリーナの考えは違う。厳格でありつつ慈愛があった。人ではなく神が裁きを下す。だから人が「裁き」を称して暴力を振るってはいけない。それが通用しない世界だから、人が刑罰を執行しているのが現実だけど。


「そうでしたの。あぁ、話は変わりますけどアレイヤさん。調査隊が監視等跡地を調べて、これを持って来て下さいました。フォクセルが持っていたものですわ。見覚えがあるかと聞かれたのですが、私は全く覚えが無くて。アレイヤさんはこの本ご存知ですか?」

 ペトリーナは一冊の本を手渡した。中身がほとんど白紙で、時折直筆で何か書いてある。これ、ノートか? 俺の学校で使っていたのとは随分違う装丁だけど。

 知らないと答えようとしたその時、既視感が俺の脳裏に走った。

「この字……」

 本そのものや、書いてある内容は知らない。だがこの達筆だけは見覚えがあった。

「グリミラズの筆跡だ!」

 息が止まるようだった。奴の手がかりがこんな所にあったなんて。

「フォクセルが持っていたのか、これを!? あの二人に繋がりが……? くそっ、やっぱり捕まえておけばよかった!」

 フォクセルに尋問すればグリミラズの情報を得られたかもしれない。逃した魚はとんでもなく大きかった。


「フォクセルは他に何か言ってなかったか!? この本をどこで貰ったとか!」

「え、えっと……そのノートの持ち主について言ってましたわ。青くて長い癖毛で、背丈はフォクセルと同じくらい。刺客がどうとか言ってたような気も……」

 グリミラズだ。間違いない。やっぱり奴はこの世界にいる。しかも、想像より近い場所に!

「どこで手に入れたって!?」

「そこまでは……すみません」

 ペトリーナが聞いた情報はこれだけか。いやでも、十分な手がかりだ。

 サブヴァータに依頼主がいたと仮定して、そいつが手に入れたノートをフォクセルが借りて見覚えがある人間を探していた? あるいは、このノートがペトリーナに関係しているか否かを確かめに来た? 可能性はある。

 サブヴァータの目的が不明瞭だから断定は出来ないけど……その『依頼主』に接触出来れば一気に情報が掴めるかもしれない。依頼主がグリミラズである可能性もある。


 俄然やる気が出てきた。グリミラズは近い所にいる。サブヴァータを調べれば、もっとグリミラズに近付けるかもしれない。

「フォクセルを探さないとな。それと、目一杯目立つ手段があれば。グリミラズも俺を探してるはずだ」

「目立ちたいのですか? アレイヤさん」

「あぁ、そうだ! いいアイデア無いか? ペトリーナ。この国中……いや世界中に俺の名を広める方法を!」

 ダメ元で尋ねてみた。そう簡単に世界に名を知らしめる方法なんて無いに決まってる。

「ありますよ」

「あるの!?」

「はい。その話もしようと思っていたんです」

 ペトリーナは一息置いて、言った。


「アレイヤさん。魔術学校に入学する気はありませんか?」

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