第8話 「魔術師狩り」

 忌々しい。

 憎悪だけがフォクセルを突き動かした。

 久々の任務の失敗。その原因が魔術師でもない少年一人だという事実が、殊更フォクセルを苛つかせた。

 警備の厳しいコルティ家に上手く侵入出来たのに。ズォリア達魔術師に気付かれずペトリーナを拐えたのに。クライアントの存在を隠せていたのに。

 アレイヤ一人に、順調だった仕事が全て覆された。


「くそおおおおおおおおおおおお! ああああああああああああああああああああああ!」

 人けの無い廃屋街で、フォクセルは空に叫んだ。周囲のサブヴァータメンバーは驚愕したが、ラクゥネは平然としていた。

「……ふぅ。スッキリした。よし、オレは冷静だ」

 思いっきり叫ぶ。それがフォクセルの精神安定法だった。苛つきを吐き出さずに溜め込むより叫んでスッキリした方がいい。声を張るだけで落ち着きが取り戻せるなら安いものだ。

 怒りは刹那的なものだ。感情はすぐに変化する。自分の気持ちに正直になれば、一層早く整理出来る。フォクセルはそれを知っていた。そして、どんなに叫んでも消えない怒りこそが真の怒りだとも知っていた。


「いつものやつ済んだ?」

「あぁ。いつもうるさくして悪いなラクゥネ。落ち着いたから分かるぜ。オレが本当に気に食わねえのはあのガキじゃねぇ。今回の失敗はオレの不手際だしな。魔術師だけの対策で終わってたのが駄目だった」

 一旦怒りを鎮めて、失敗を振り返る。仕事でミスした時フォクセルはいつもそうしていた。感情的な反省は自己満足の自虐で終わってしまうし、自責を恐れて反省しなければ同じ失敗をしてしまう。冷静な反省と分析が、成長には必須だ。


「非魔術師の凡人ならオレの敵じゃねぇんだがな。あいつは魔術師でも凡人でもなかった。人術使いか……。次は対策しとかないとな」

 監視塔周辺には魔術師対策の罠をたくさん用意しておいた。魔術師がペトリーナ救出のため接近すればすぐさま探知され、無数の罠に襲われ絶命、あるいは再起不能の大怪我を負う。そんな算段だった。

 しかし罠は一つも作動しなかった。故障ではない。魔力に反応するタイプの罠は、魔術師でない人間には通用しないのだ。


 非魔術師なら、そもそもの戦闘能力が低いので倒せる。フォクセルはそう踏んでいた。だが誤算だった。魔術を使わない人間が、あんな人間離れした力を持っているなんて。

「あの子、ペトリーナ・コルティの恋人かしらね? 貰ったデータにはいなかったし、家族じゃないのは確かだけど」

 ラクゥネも彼女なりに先程の失敗を分析していた。クライアントから聞いた情報には無かった、未知の存在。アレイヤ・シュテローンという少年。彼こそが唯一の想定外だ。想定通りなら完璧な仕事をこなすサブヴァータも、謎の介入者に敗走を余儀なくされた。

「さぁな。それも後で調べる。ペトリーナの関係者なら、また戦う羽目になるかもしれねぇしな」

「これからどうするの?」

「クライアントんとこ戻るしかねぇだろ。あの偉そうな無能に頭下げんのは癪だが、失敗を隠して得は無ぇからな」

 フォクセル達サブヴァータはハンドレド王国を離れ、クライアントの元へ戻るつもりでいた。この誘拐……否、暗殺を依頼した者の元へ。


 ハンドレド王国の要人、ペトリーナ・コルティ。彼女の命を狙う者と言えば、ある程度は特定出来てしまう。故にこの暗殺は、暗殺とバレる訳にはいかなかった。あくまで世界的犯罪組織が誘拐の末殺したと、そういう認識で誤魔化さねばならなかった。

 気に食わねぇ、とフォクセルは内心唾を吐いていた。

 人を殺そうとしておきながら、自分が疑われて地位が危ぶまれるのは困る。平和を乱しておきながら、建前上の平和は守っておきたい。

 そんな自分勝手な理屈を正論かのように振りかざす人間が、大きな権力を握っているのだから。


 もっと気に食わないのは何も知らない民衆だ。

 「平和に生きましょう」「争いはやめましょう」なんて綺麗事を述べる権力者がいかに平和を軽んじているか、それも知らずにのうのうと『平和』を享受している人々。見せかけの平和が、いつ崩壊するかも想像しない。


 忌々しい。忌々しい。

 フォクセルの怒りは収まらない。叫んでも叫んでも世界が変わらないから。


「いたぞ! サブヴァータだ!」

 男の声にフォクセルは振り向いた。王家直属の魔術師部隊の制服を着た男女が、ぞろぞろと集まってフォクセル達を取り囲んだ。

「はっ。追いついて来やがったか。足、はえーのな」

 周囲の魔術師達を見てフォクセルはニヤニヤ笑った。彼らはズォリアが派遣したエリート魔術師達だ。戦闘に特化した最強の部隊。それが大勢で非魔術師を取り囲んで戦闘態勢に移っている。

 普通に考えればサブヴァータは窮地に立たされている。抵抗の術無く殺されるか、降伏して逮捕される定めだろう。


 しかしフォクセルは微塵も敗北する気は無かった。他のサブヴァータ達が怯えているのに対して、フォクセルとラクゥネだけはむしろ余裕の笑みを浮かべていた。

「危うく国境を抜けられる所だったが、残念だったな! 年貢の納め時だサブヴァータ! 大人しく投降するなら命までは奪わん!」

 魔術師はフォクセルに降参を求めた。だがフォクセルは首を縦に振らない。

「お前らはいつも偉そうだ。魔術を使えるから偉いのか? 自分は凡人と違うって? 傲るなよ雑魚が」

 フォクセルは怒り、同時に歓喜していた。

 忌々しい魔術師を、こんなにもたくさん葬れるのだから。


「抵抗の意思ありと見なす。地獄で後悔しろ犯罪者共め!」

 魔術師達は一斉に魔術を行使した。炎の球や水の刃や岩の弾丸などが空中に生成され、一様にサブヴァータ達を向く。今すぐ殺してやると言いたげに。

「『ファイア・バレット』!」

「『ハイドロ・ナイフ』!」

「『ロック・ナックル』!」

 魔術名の歓呼は処刑の合図。魔力は魔術へと変わり、残酷な兵器として人の命を狙う。

 迫り来る死は、鳴り響く音は。


 全てフォクセルの前で掻き消えた。


「馬鹿な! 無力化された!? 防護魔術か!?」

 魔術師は目の前の不可解な現象に思考を乱された。魔術のせいだと思って自分を納得させようとする。だがその杓子定規な考えが、フォクセルの思う壺だった。

「かかか。魔術じゃねぇよ。これはな、魔力と神に見放された凡人が知恵と努力で作った発明だ。お前ら魔術師の傲慢に牙を立てる、オレ達サブヴァータの武器だ」

 フォクセルの手には筒があった。炎も水も岩も、魔術は全てこの筒に吸われて消滅した。

 魔力から変質して生まれた魔術を、元の魔力へと戻して回収する。ただそれだけの装置。それだけの装置が、魔術師への大きな対策だった。


「くっ! もう一度だ! 我々は王家に選ばれた魔術師! 魔術も使えない賊に遅れを取るなど許されん! 王の御旗に泥を塗る行為だ!」

 魔術師は再び魔術を発動させ、フォクセルを攻撃しようとした。

 だがそれは叶わない。魔術師達は次々と意識が朦朧となり、立っていられなくなった。

「な……これは一体……」

 驚く暇も無く、魔術師達の全身に激痛が走る。手足と目、として口から血が溢れた。体が熱くて熱くてしょうがない。

「がっ、がああああああああああっ!」

 魔術師達は焼ける痛みに悶え、地面を這った。戦うどころか立つのさえ不可能だった。


「自分が強いと思い込んでる人間ほど、弱い人間はいないわよね。油断しまくりでチョロいったらありゃしないわ」

 ラクゥネはお香を持っていた。この煙はあっという間に周囲に広がり、空気と溶け込む毒となる。ただしサブヴァータの構成員には一切効かず、魔術師だけを蝕む毒だ。

 この毒は魔術師の魔力に反応し、暴走を起こさせる。言わば、魔術になりきらない魔術が自分だけを攻撃するような状態だ。魔術師の全身を流れる魔力は、自らに牙を剝く敵となるのだ。優れた魔術師であればあるほど、その巨大な魔力は強く肉体を引き裂いた。


 魔術食いの筒。魔術師殺しのお香。

 これらはサブヴァータが持つ武器のほんの一部だ。魔術を使えずとも魔術師と戦う術を持ち、完璧な対策を以て返り討ちにする。

 やがて彼らはこう呼ばれる事になった。『魔術師狩り』と。


 悲鳴は次第に止み、辺りには魔術師達の無残な死体が転がっていた。

「行くぞ」

 フォクセルは敵の死体を一瞥もせず、部下を連れて去った。魔術師相手の戦いなら、彼の勝利は必然だった。分かりきった結末に興味は無い。


 サブヴァータは国境を越えた。一度の敗北と一度の勝利を残して。


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