第7話 「猥談幼女と不毛な会話」
波乱を生んだ(?)家族喧嘩が過ぎ去り、俺は部屋で新聞を読んでいた。古新聞も含め、この家にあるのをありったけ持ってきて貰った。俺はこの世界の話題に疎すぎる。サブヴァータは世間に知られている巨大テロ組織らしいが、俺はさっきまで全然知らなかった。このまま非常識な人間でい続けたら話題を合わせるのに苦労しそうだ。ニュースくらい確認した方がいいだろう。
というのは半分だけ本音で、もう半分の目的はグリミラズの行方を探るためだ。グリミラズがこの世界のどこかで殺人などの騒動を起こしているなら、誌面に乗っていてもおかしくない。
正直、簡単にグリミラズの行方が知れるとは思っていない。どれだけ広いか分からないこの世界でたった一人の人間を探すなんて、現実的ではない。それでも俺は諦めない。奴を見つけるため、手がかりは少しでも多く手に入れたかった。
グリミラズを探しつつ、向こうから見つけて貰えるように目立つ。しばらくの行動方針はこうなりそうだ。
「………………」
静かに新聞を読む俺を、これまた黙って見つめる少女が一人。熊のぬいぐるみを抱いている。さっきも俺を観察して逃げ出した子供だ。また俺をじっと睨んで、何がしたいんだ?
「なぁ、あんちゃん」
唐突に沈黙は破られた。向こうの方から声をかけてきて、俺の前まで歩み寄る。
「う、うん。どうした?」
「狙いはペトリーナ姉ちゃんやろ。分かるでぇ」
少女は口元を歪め、細目で俺を見上げた。
「は?」
「正直に言いや。男は度胸や。草食系男子とかワイは認めへんで」
「ごめん、何の話してるんだ?」
「けっ、ヘタレやなぁ。玉と竿付いとるんかいな? おん?」
途端に少女に軽蔑の眼差しを向けられた。俺何かした? 女の子に下ネタらしき単語で罵倒されたんだけど。
「ワイはユーリン。ここで世話になっとる孤児や。ま、この家では先輩にあたる訳やな。よろしゅうな後輩」
ユーリンは胡座をかいて俺に握手を求めてきた。俺は彼女の独特な口調に戸惑いつつも握手を返す。
「よ、よろしく」
「シャキッとせん男やなぁ。本当にペトリーナ姉ちゃん助け出したんか? サブヴァータと戦って? 信じられへんなぁ」
俺この子に嫌われてるのか? 子供らしからぬ言葉の圧に負けそうなんだけど。
「まぁええわ。それよりあんちゃん、ペトリーナ姉ちゃんの乳見とったやろ。そりゃもうスケベな目で」
「人聞きの悪い。そんな覚えは無いぞ」
「政治家かっちゅーねん。記憶力どうなっとんや? 頭カラか? 脳味噌本体は下半身にあんのか?」
「さっきから何だよボロクソ言うじゃん! 無駄に語彙力豊富だし!」
って言うか内容が下世話だよ! 子供の発言とは思えないよ!
「イブとオリオがペトリーナ姉ちゃんに抱きついた時、お前見とったやんけ! 『俺も抱っこしてほしいなー』って言いたげにガン見しとったやろワレェ!」
「あー、あれ?」
あれはペトリーナと子供達の仲睦まじい光景に微笑ましく思ってただけなんだけど。あの幸せな光景を守れたのが嬉しくて笑顔になってたのは認める。でも断じてそういう意味のニヤつきじゃない!
「認めたな。ほんまスケベやわぁ」
「見てないし!」
「見とったやろ! あのごっつデカい胸見とったやろ!」
「胸じゃないし! ペトリーナと子供達全体を見てたんだし!」
「アホか胸見ろや勿体ない! ワイもガン見したいわあんなエロい部位!」
ユーリンはぬいぐるみを床に叩きつけた。そこでキレるのか。この子の逆鱗が分からない。
「誤解解けたみたいだからもういいか?」
「ちゃうわ! ここで終わらすな! お前はもっと先に行ける男や!」
俺の何が分かるんだよ誤解してたくせに。
「せっかくナイスバデーの可愛いチャンネーと一つ屋根の下におるんやぞ。服の上から見るだけで満足したらあかん。もっと先のステップへ行くんや」
「だから俺は、そういう気持ちでペトリーナを見ては……」
「硬派ぶるなや! 男って生き物は女相手に獣になるのがお決まりなんや! 内なる獣と喧嘩すんな! 和平交渉せい!」
「聞けよ」
めんどくさい中年男性から逃げたと思ったらもっと面倒な幼女に纏わりつかれたんだが。今日は厄日か?
「風呂を覗くで」
ユーリンは真面目な顔で言った。真面目な顔で言っているから真面目な話とは限らない。
「ペトリーナ姉ちゃんが風呂行くように誘導しといた。『あー汚れ付いとるわー』とか言うてな。姉ちゃんは清潔好きやからな」
「へー」
「清純な乙女やで。立ったか?」
「茶化すなら黙って貰っていい?」
「で、今から風呂を覗く。心配せんでええ。ワイも一緒に行ったる。ワイも前々から見たかったんや。あの圧倒的な脂肪の暴力をな」
この子本当に女の子か?
「全力でお断りさせて貰っていいか?」
「なんでや!」
「こっちの台詞だよ」
「くっ! チキン童貞が! お前女と付き合った事ないやろ」
「ある。将来を誓った相手がいた」
「嘘こけ! 妄想の中の嫁ちゃうやろな?」
「疑い深い女の子だなお前……」
これ以上俺の恋愛事情を掘り下げられたくなかった。ミリーナの話は、この破茶滅茶なテンションで喋りたくない。
好きな女の子が惨殺されたなんて教えても、「ほらやっぱり妄想や」と吐き捨てられるだけだろうし。
「じゃあ逆転の発想や! お前が風呂に入るタイミングでペトリーナ姉ちゃんを浴室にけしかける! さては見るより見られる方が興奮するんやな?」
「何が逆転の発想だよ。根本思想が同じだろ」
「んなアホな……ラッキースケベが嫌いな男子なんていないはず……。はっ! さては!」
ユーリンは目を丸くした後、哀れむような声で言った。
「あんちゃん……EDなんか?」
「はーいこれ以上言ったらペトリーナにチクりまーす」
俺はユーリンをつまみ上げて部屋の外へ出した。アウトだ。これ以上は。
「あっ、こらっ、何すんねん!」
ユーリンはじたばた暴れて抵抗するが無意味。俺はドアを閉じて鍵をかけた。ようやく訪れる静寂。
「新聞……どこまで読んだっけ」
完全に忘れてしまった。
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