第34話 可愛い水着とお遊戯会

 いきなり波乱の幕開けとなった、夏の合宿。


 なんだかんだと一悶着あったわけだが、ようやくペンションの中に入った私たちはそれぞれの部屋に荷物を運び、その後は各々で自由行動となった。


 外観から既にリゾート感満載の豪華な造りだっただけに、内装もベッドカバーやクッションなど、備品の一つ一つにオシャレさが凝縮されていて圧倒されてしまう。


 続々と集まってくるサークルのメンバーらしき人々も、皆一様に私とは住む世界の違うキラキラな人ばかり。早速プールに飛び込んではしゃぐ人、DJブースで音楽をかけて踊る人、既にお酒を開けている人までいる。


 馴染めそうにないなあ、とぼんやり頭の隅で考えた頃、「なーに不安そうな顔してんのぉ、エリコっち」と声をかけた花梨さんが私の肩を引き寄せた。



「は、はわ……! か、花梨さん……!」


「ごめんよ~、部屋、あたしと一緒になっちゃって。ホントは彼氏と一緒にしてあげたかったんだけど、さすがに合宿中だから男女間のアレソレが起こるとまずいジャン?」


「え、ええっ!? きょ、恭介さんと同じ部屋でなんて、緊張しすぎて寝れません! 花梨さんと同じ部屋で良かったです!!」


「……あれま。もしかしてアンタら、まだそーゆーのナシ? 意外~、恭ちゃんすぐ手ぇ出しそうなのに」



 大事にされてんねえ、と口角を上げ、花梨さんは褐色かっしょくの頬を私に擦り寄せる。


 だ、大事にされてるも何も、本当は付き合っておりません!


 ……とは言えず、私は苦く微笑みを返した。するとその時、前方から「長老~!」と鳥羽さんが手を振る。



「海行く準備出来たぁ!?」


「おお、村人B。うむ、準備は完璧ぞよ」


「カノジョちゃんもOK!?」


「は、はい! OK……!」


「ぞよ!?」


「ぞ、ぞよ!」


「わはっ!」



 楽しそうに笑った鳥羽さんはキャップを深く被り直し、「車ん中、冷房かけとく~」と明るく告げて背を向けた。ちょうど同じ頃合で、気だるげに欠伸をこぼした恭介さんもふらりと現れる。


 あ、と声を漏らして彼の姿を見つめれば、不意に視線が交わって手招きされた。



「ほら。行くぞ、海」


「はいっ!」



 海、と言われて心が踊る。

 私は慌ただしく荷物を抱え、お気に入りのサンダルに足を通して、彼の元へ駆け出したのだった。




 * * *




「うぐ……やっぱ似合わない……」



 出発から数十分。ペンションから程近い海水浴場の更衣室で、私は自分の水着姿に絶望していた。


 上は白いフリルの付いた、オフショルダータイプのバンドゥビキニ。下はパイナップル柄のパレオが可愛らしい、夏っぽいデザインの華やかな水着。


 ……だが、いかんせん、着ているモデルが幼児体型すぎる。



(う、うぅ……! 背は低いし、おっぱい小さいし、さっきたくさんお昼ご飯食べちゃったからお腹ぽこってなってるし……は、恥ずかしい……)



 パーカーぐらい持ってくれば良かった、と己の準備不足を嘆いていれば、やがて更衣室の扉が叩かれる。



「おーい、エリコっち。着替えたー?」


「あ……は、はい! 今出ます……」



 羞恥心に苛まれながらも、これ以上籠城ろうじょうする訳にもいかない。ついに覚悟を決めた私は、ええいままよ! と更衣室の扉を開ける。


 すると女の私でもどきりとするような際どい黒ビキニ姿の花梨さんが目の前に現れ、「ひょわぁ!?」と思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。



「お! エリコっちの水着可愛いジャン。パイナポー」


「……か、花梨さん、す、すご……お、大きい、ですね……!?」


「ん? あー、おっぱい? でっしょー? 育乳してんの。どれどれ、エリコっちのもワシが揉んでやろう」


「きゃあっ!? い、いいです! 大丈夫です!!」



 迫ってくる花梨さんから逃げつつ、私は自身の体型を両手で隠す。


 どうしよう、恥ずかしい。やっぱりパーカー持ってくればよかった、と後悔する私に、突として「あ、今カノちゃんも海~?」という第三者の声が背後から投げ掛けられた。


 それは先程も聞いた、よく知る声。


 ついぎくりと身を強張らせながら振り向けば、案の定、声の主は舞奈さんで。しかも彼女は私の水着と似たような白いオフショルダー・バンドゥビキニを華麗に着こなしていて──途端に、背筋が寒くなる。


 ……か、か、か、カブッた!!

 よりにもよって、超美人な恭介さんの元カノと!!



「……ん? なーんか、今カノちゃんの水着、あたしのと似てる~?」


「えっ!? あ……い、いえ……その……!」


「あはっ、すごーい! 同じようなデザインでも、着る人によって印象って変わるんだねっ! 今カノちゃんの水着姿、の衣装着てる子供みたいで可愛い~。ふふっ!」



 続いたのは、どこか嘲笑ちょうしょうを孕む舞奈さんの言葉。


 お遊戯会、というフレーズがぐさりと胸を貫いた頃、「彼氏が待ってるから、またね~っ」と手を振って舞奈さんは去って行った。


 ひくりと頬を引きつらせたままその場に立ち尽くした私は、深い溜息と共に肩を落とす。


 そんな私に、花梨さんは密着して腰を引き寄せた。



「なーにがお遊戯会だっつの、嫌味言いやがってあの肉食女。気にしなくていいよ、アレただの僻みだから」


「あ……だ、大丈夫です」



 強引に笑顔を作り、頷く。その時ふと、私は花梨さんが片手にパーカーを抱えている事に気が付いた。



「っ、か、花梨さん、あのっ」


「ん?」


「そ、そのパーカー、貸してくれませんか!?」



 日焼け止め忘れちゃって、とそれらしい理由を付け加え、恐る恐ると彼女を見上げてみる。


 すると花梨さんは明るく微笑み、「いいともー」と二つ返事で白いパーカーを貸してくれた。私は慌ててそれに袖を通し、首元までしっかりとファスナーを締める。


 サイズの大きい花梨さんのパーカー。

 それにすっぽりと包まれて、見えなくなる、可愛い水着。


 これで何とか体型を隠せるだろうと安堵した頃、私は彼女に手を引かれ、恭介さんと鳥羽さんの待つ砂浜へ向かって駆け出したのであった。




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