第26話 ミートソースパスタ

「……え? 合宿……ですか?」


「そう、サークルの。まあ、合宿っつってもただの旅行だよ。行こうぜ、ハナコも」



 テーブルを片付け、今夜の晩ご飯の準備を進めながら恭介さんが問い掛ける。部屋に入って開口一番、「合宿行かね?」と口火を切った彼の話によると、所属しているサークルの合宿が来月の中頃に予定されているのだそうだ。



「そ、それ、私が行っていいんですか? 部外者なのに……」


「いーよ、アイツらテキトーだし。どうせ予定ないだろ? 合宿中は俺が一緒にいるからさ、せっかくだしどうかなって」


「で、でも……」


「海にも行くし」


「えっ!」



 海、と聞いて私の顔が上がる。途端に顔を輝かせた私に、恭介さんは柔らかく笑いかけた。



「夏になったら一緒に海行くって、水族館で約束したもんな」


「う、うん……!」


「可愛い水着買った?」


「あ、いえ、まだ……」


「ふーん、じゃあ俺が選んでやろうか。目玉焼き柄とかどう? あ、ギョーザ柄がいいかな」


「ば、ばかにしてるでしょ……!」



 むむ、と眉根を寄せる。恭介さんは楽しそうに笑って、「可愛い水着姿、期待してる」と目を細めた。


 その言葉が妙に甘く感じて、私は頬を染めながら目を逸らす。



「……い、いきます。合宿……」


「お、いいね。ま、断られても強引にトランクに詰めて連れてくつもりだったけど」


「ええっ!」


「ばーか、嘘だよ。……断られたら、俺も参加しないつもりだった」



 ──“約束”があるからな。


 そう言って、恭介さんは晩ご飯やくそくの並ぶテーブルを一瞥した。そのまま私の正面に腰掛け、コップに麦茶を注ぐ。



「ってわけで、今夜の晩ご飯完成でーす」


「わあ、パスタ!」


「そーです、パスタです。じゃあ両手を合わせて、」


「いただきまーす!」



 いつもの合図を交わして、私はテーブルに並べられた料理の品々を見下ろす。


 今日のメインは、大皿に盛られた恭介さん特製のミートソースパスタ。シーザーサラダとコーンスープまでついている。私はうきうきと胸を高鳴らせ、取り分け用のトングでパスタを小皿に移した。


 早速フォークでくるりと巻き取り、たっぷりのミートソースを絡めて口の中へといざなえば、粗挽き肉の歯応えを残したトマトベースのミートソースの味が広がる。



「おいしい! です!」


「よければ粉チーズもいかがです? お客様」


「ぜひともいただきます!」



 恭介さんの提案に即答し、私は粉チーズを受け取った。

 彼の作るミートソースは、挽肉が全然ボソボソしていなくて、トマトベースの酸味の中にバターの風味が混ざり、とてもまろやかな味わいに仕上がっている。


 彼の話によれば、「挽肉は普通に炒めたら水分が飛んでボソボソになるから、先に20分ぐらい水と塩と砂糖に浸して放置しとくの。それだけでかなり肉々しくなる」──との事らしい。色んな手間がかかってるんだなあ、と感心するばかりだ。



「……ところで、その合宿って、何人ぐらい来るんですか?」



 シーザーサラダを別皿に取り分けつつ、私は問い掛ける。

 アボカド、トマト、しめじにレタス。それらを彼が手作りしたシーザードレッシングとよく絡め、散りばめられたクルトンもさらって盛り付けていれば、咀嚼していたトマトを飲み込んだ恭介さんが答えた。



「去年は全部で20人とかだったかな。山奥の温泉付きロッジに行ったの」


「20人!? お、多いですね……」


「そー、なんかみんな勝手に友達とかカノジョとか連れてくんだよ。でも半分は部外者だから大丈夫、俺もほぼ知らねー奴」


「……ちなみに、何のサークルなんですか?」


「映画サークル。撮る方じゃなくて観る方な」


「あー……」



 シーザーサラダを口に運び、しゃくしゃくとレタスを噛みながら納得する。そういえば、以前も恭介さんは部屋で映画を観ていたっけ。



「部長は花梨かりんっていうんだけど、見た目は今時珍しいガングロギャルの割に、中身はオッサンみたいで面白い奴だから安心して」


「お、おっさん……?」


「そー、ほぼオッサン。俺、“長老”って呼んでるもん。バイト先も同じ」


「へー……」



 ──サークル。映画。バイト先。


 どれもこれも、私の知らない恭介さんの事ばかり。


 ふと、私は先日の舞奈さんとのやり取りを思い出してしまい、密かに視線を落とした。



「……ば、バイト」


「ん?」


「バイト先って……どこなんですか?」



 シーザーサラダをつついたまま、私は恐る恐ると問い掛ける。私の知らない彼の事を、少しでも知りたいと思ってしまって。


 舞奈さんよりも、ひとつでも多く──恭介さんに近付きたくて。


 そんな私の心情など知る由もない彼は、パスタをくるりとフォークで巻きながら答えた。



「あー、俺? 今はホットサンド屋さんでバイトしてる。配達もすんの、バイクの免許あるし」


「ほ、ホットサンド屋さん……! あ、あの、他にもしてるんですよね? 掛け持ちしてるって……」


「え、なんで知ってんの」


「……っ、あ!」



 ぎく、とたじろぎ、私は視線を泳がせる。

 しまった、掛け持ちしてるって事は舞奈さんから聞いたのに。



「い、いや、その……風の噂で……」



 しどろもどろに苦しい言い訳を述べるが、恭介さんの目はいぶかしげに細められた。やがて、「お前さあ……」といささか低い声が続く。



「……前から気になってたんだけど。もしかして、どっかで俺の知り合いと会ったりとかしてない? そんで、そいつから何か言われてない?」


「……い、いえ……そんな事は……」


「本当に?」


「はい……」



 核心を突かれ、咄嗟に嘘をついた。ミートソースの絡むパスタが、巻いたフォークの先から解けて滑り落ちていく。


 一瞬流れた沈黙がやけに長く感じて、私はこくんと生唾を嚥下えんげした。


 恭介さんは小さく息を吐き、麦茶に口をつける。



「……分かった」



 静かに頷き、彼は食事を再開した。ちらりと一瞥したその表情はどこか曇りがちで、きっと私の答えが腑に落ちていないのだろうと伝わる。


 けれど、舞奈さんとの会話の内容を素直に告げる事にはどうしても抵抗があった。


 だって、それって、



『舞奈さんの方が恭介さんの事をたくさん知っていて、それがなんだか悔しくて、私もあなたの事を知りたくなったんです』



 って白状してるようなもので、そんなのまるで──。



(……私が、恭介さんの事、独占したいみたいじゃない……)



 おこがましいよ、と自身に強く言い聞かせる。


 くるりと巻き直したおいしいミートソースパスタを、私はどこか控えめに、口の中へと放り込んだ。




 .


〈本日の晩ご飯/ミートソースパスタ〉

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