第25話 祈り
ニュウイルドを出て十日。騎士団に交じり私も王都へと舞い戻った。
ニュウイルドでの出来事は国王を含めてみんなが知っていた。凱旋パレードの体をなしてしまって街中から聞こえる祝いの声に気づかないふりで騎士団の隊列を離れて先に城へ帰る。ローザには言ってある。
聖剣を抱えて、騎士見習いの鎧のまま大広間へ向かう。まずは召喚した聖剣を台座に戻さないといけないと思った。
「ウルバノ」
「国王陛下」
台座に聖剣はなく、空っぽの台座の前に国王が立っている。呼びかけられて、聖剣を抱えたまま国王を見上げる。
「戻さずともいい。聖剣はお前が持っていろ」
「え、でも……」
「構わん。すでに聖剣はお前を選んでいるのだ。所有者が持たずにいては意味がない」
「……はい、父上様、は。ニュウイルドでのことをお聞きになりましたか」
私の返事を聞いて去ろうと背を向けた国王の動きが止まる。かつかつ。床を靴が叩く音。再び私を振り返ると国王は何も言わずに見下ろした。
胸の聖剣を抱える手に力がこもる。何を言われるだろう。国王の瞳は冬の空のように温度がない。
「よく無事に戻った」
「っ……!」
それだけを告げると国王は背を向けて去っていってしまう。無駄に入っていた力がどっと抜けていく。
何を言われると思っていたんだろう。聖剣を抱いたまま部屋へ。少しきつくなってきた見習い用の鎧を早く脱ぎたかった。
鎧を脱いで改めて見返すと、細かなところに黒い染みが残ってしまっている。ローザの話では白い鎧が黒く染まっていくのは騎士にとっては歴戦を経たという誉なのだという。
私にはそうは思えなかった。
普段着に着替え終わるころ、控えめなノック音が扉を叩く。爺やだろうか?
爺やにしては控えめな気もするけど、入室を許可する。扉を開けた人物に言葉を失う。
「……あの、殿下。お茶を、淹れてきました」
ぼさぼさだった黒髪はきれいにまとめ上げられている。褐色の肌からは包帯が外れていて赤い瞳が緊張で潤んでいる。黒のくるぶしまでのロングワンピースに純白のエプロン、頭の上にはちょこんと同じく純白のヘッドドレスが置かれている。
「め、……メイド服ッ……!」
勢い込んで思わず椅子から立ち上がる。緊張した面持ちのままあの子はティーポットとカップの乗ったワゴンを押して私の前で止まった。
「ごほんっ……失礼。もらうよ」
「いえ、……」
咳払いをして腰掛けなおす。どうしても気になってしまってあの子のことを何度も見てしまう。メイド服、メイド服着てる……。かわ。かわよかよ……。
かたかたと少し手を震わせながらあの子はテーブルにお茶の準備をしていく。それだけ心臓がバクバクと踊り狂っているし、なんなら呼吸が荒くならないように聖剣の紋を使っている。
カップの中の赤い水面が白く光りを反射させている。
「ありがとう。美味しいよ」
準備を終えて、一歩下がったあの子に穴が出来そうなほど見つめられている中でカップに口をつけた。味も所作も完璧で今しがた飲み込んだ紅茶だけでないあたたかなものが胸に広がっていく。
お茶を飲み終わり、一息つくとあの子が私の前に進み出た。やっぱり緊張しているようで、それでも赤い瞳で私のことをまっすぐに見つめている。
ワンピースのすそを両手でつまみ上げて、片方の足の膝を軽く折り曲げた。
「ウルバノ殿下。こ、のたびより殿下付きの女中となるよう爺やさまから仰せつかりました。……つきましては、わたしに名前をつけてくださりませんか」
「名前って……そんな大層な役割を私がもらってしまっていいのかな。人に名前なんてつけたことはないし、魔法師を呼んで字画を占ってもらいながらの方が、」
「いえ! いえ、いいえ。わたしは、わたしを救ってくださった殿下に名前をつけていただきたいのです。その、あなたにだけ、あなただから」
「そっ……そっかぁ~……」
たどたどしくも一生懸命なあの子の言葉に一気に熱が顔に集まった。ひどい赤面をしている自覚がある。火照る頬を手で冷やしながら、名前を考える。
この子にはどんな名前が似合うだろう。きれいな響きの音がいい。かわいらしい言葉がいい。この子の幸せを願えるような意味を込めたい。
「メイ、とかどうかな、」
漢字で書くと芽依だ。
この世界では聞きなれない響きだろう。あの子は瞬きを繰り返すと柔く微笑みを浮かべた。
君がこれから未来を芽吹かせていけますように。そういう祈りを込めた。
「素敵な名前……何からなにまで、ありがとう、殿下」
「気に入ってくれたならよかった。これから、長い付き合いになるのかな。よろしくね、メイ」
「はい、殿下」
頬を緩ませるメイに私の頬もつられてゆるゆると持ち上がっていく。
メイを助けようとした、その選択を間違いだとは思わない。こんな姿を見て思えるはずがない。
助けられて、よかった、今はただそれだけを。
TS異世界王子の人生山あり谷あり凹凸あり 百目鬼笑太 @doumeki100
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