第23話 戦場

「セイケン、」

「あ、あの……話し合おう。君たちの目的を教えてほしいなっ、無益な争いはよくないと思う!」

「グァ……? モクテキ?」


 牡牛の頭をした屈強そうな筋肉の魔物が首を傾げる。その手には大きな斧が握られており、穏やかじゃない。

 あれ、でも首を傾げているなら話も出来るんじゃ?

 そんな淡い期待もすぐに砕かれる。


「ぎゃ、ぎゃははははっは」

「ハナしアい? しない。いらない。おマエらコロす」

「コロす、タノしい。だからコロす」

「ホカにモクテキない! ぎゃはははっは」


 下品な笑い声の合唱に耳を塞ぎたくなる。話し合いすらできないのか。カンナハや、女の子のことがあって、少しは話も通じるのではと思っていたのに。

 聖剣を握り直した。周囲を見渡して、逃げられる隙を探す。弱そうな魔物ならまだ、私でも倒せるのではないだろうか。


「ぎははは、コロす! コロす!」

「……えっ、」


 魔物が何かを投げてくる。後ろの飛びのいて、避けたけど足元に転がったそれに言葉をなくす。

 それは人の頭だった。苦悶の表情を浮かべて、顔中が傷だらけのその首の断面は無理やり引き千切られたかのように汚い。

 魔物たちの嘲笑の合唱がさらに大きく、空気を震わせる。次々に魔物が何かを投げつけてくる。避ける気力もなくなり、べちゃべちゃと体に当たった、それらは、赤、い

 赤、あかかかかかあかかっかかk、


 目の前が真っ黒になった。そのあとのことはおぼえていない。

 血の味がするほど叫んだ気がする。力任せに剣を振り回した気がする。


 目の奥でずっと金色の紋様が光っていた。


「殿下!!」


 白く、硬い。何かに包まれた。赤い長髪が風にそよぐ。顔を上げるとローザがいた。ローザが私を抱きしめている。

 いつもの凛々しい表情でなく、眉を下げて情けない顔で私を見下ろしている。泣き出しそうなローザに釣られて、鼻の奥がつんと痛む。

 感覚のなくなった手から聖剣が落としてしまう。


「ろおざ、ろーざああっ、うえぇえんっ」


 子供のころみたいに涙が止まらなかった。止めようと、目をこすろうとするのを他でもないローザに止められて何度も何度もしゃっくりをあげていつまでも泣きわめいた。


 私の体はどこもかしこも真っ黒に汚れて戦場には死がそこかしこに転がっていた。

 騎士団と地元の有志の活躍もあり、ニュウイルドは魔物の脅威を見事に退けたのだ。


 日が沈み、夜の冷たい空気が窓から入り込んでくる。城の方から聞こえる笑い声を聞きながら私は部屋のベッドに潜り込む。

 戦後の数日間、事後処理に追われていた騎士団も今夜ばかりはペティレク辺境伯の催す連日に渡る祝賀会に参加していた。


 ペティレク辺境伯にはカンナハのことを何も言われなかった。祝賀会には何度か誘われたけど、今は王子としてここにいないからと理由をつけて断った。

 戦場に向かった騎士にも、ニュウイルドの領民にも犠牲になった者たちが少ない数、いたようだ。カンナハに守るために剣を持つと言ったくせに。守れていないじゃないか。


 とてもじゃないけど、祝おうという気持ちにはなれなかった。ベッドの横に聖剣が立てかけてある。もっと早くに私が戦場にいたら、なんて傲慢だし命がけで街を守ろうとした彼らへの侮辱だろう。


 何よりも自分が怒りに任せて我を忘れてしまったのがショックだった。自分自身がそういう人間だったという事実が重くのしかかる。どんどんと自己嫌悪に沈んでいく。


 コンコン。


 窓が軽く叩かれる。ベッドから起き上がると窓の外には、この数日で見慣れた赤い髪が二つ。


「どうしたの?」

「どうしたこうしたもあるか! ウルバノ殿下が、……お前が祝賀会にやってこないから顔を見に来てやったんだ! ……べつに心配なんてしていないがな!」

「あ、の……! ウルバノさん。ずっと何も召し上がっていないと聞いたので、祝賀会の食事をお持ちしたんです、よかったら一緒に食べませんか?」


 対照的な二人の様子に久しぶりに頬が緩んだ。

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