第21話 アンネ
どくどくと、首から黒い血があふれ続けている。竜の首、が目の前にごろりと転がる。目は薄く開き、少しだけ覗いた赤い瞳にはもう炎は浮かばない。
意識して呼吸を続ける。むせ返るほどの血の臭い。鉄臭いそれに、人も魔物も、血の臭いだけは変わらないのだと頭の端で考える。
今度こそ、カンナハは死ねただろうか。
目頭があつくなってきて、乱暴に目をこする。はじめてころした。聖剣を握る手が今になって震えだす。指先の感覚がなくなってきてしまい、地面に落とさないように何度も柄を握りなおす。
初めて生き物を殺した。
頭の先から全身が冷えてきっていくような、空々しい感覚が夢の中にいるみたいに現実味をなくさせる。でもこれは現実だし、誰でもない私が殺した。
宙を歩くような足取りでどうにか通路を歩いていく。壁に手をつきながら地上の執務室を目指した。
カンナハはきっといい奴だった。もしかしたら友達にだってなれたかもしれない。
「あ、ウルバノさん……大丈夫ですか?」
「うん、平気。アンネ、アクセルが待ってるから、早く講堂に行こう」
「は、はい……」
全身に浴びてしまったカンナハの血はひどく重たく感じた。おぼつかない私に心配になったのかアンネが手を握り、引いてくれた。アンネもいい子だ。
その小さな手を握り返す。
「アンネは自分からカンナハのもとへ行くって言ったってアクセルから聞いたけど」
「あぁ、……何でもないことですよ」
「聞かせて」
言葉を濁すアンネ。
「……私は女ですから、成人したらここを出ていくんです。王都から来たならウルバノさんはご存じでしょうか……王子のこと」
「あ~、うん、まあ知ってる」
「父上さまは私を王子の婚約者にと考えてらっしゃるそうです。ふふっ、おかしな話ですよね、会ったこともない方と婚約なんて」
「あっ、あ、そ、そうなんだ~……」
繋いだアンネの手に力がこもる。冗談っぽく言うアンネの手は少し震えている。
「それでカンナハの元に行くって?」
「生贄でも、なんでも……そうしたらお兄ちゃんと……離れずにすむって思ったんです」
アンネが足を止めて振り返る。青い目で私を見つめて、力なく微笑んだ。
「がっかりしましたか? 私、自分のことしか考えてなかったんです。街を救いたいなんてほんの少しも思ってなかった……、」
アンネが顔をうつむかせる。下唇を噛み、耐えるように震えると私の手を両手でつかんだ。
「……ウルバノさんっ! わたし、どうしたらいいんだろう……! お兄ちゃんと一緒にいたい、それだけなのに! 大人になったらっ、顔も知らない相手のお嫁さんにならなきゃいけないのっ……!?」
顔を歪ませて、青い目からは涙があふれだす。いやだ、いやだと震えるアンネをなだめる。きっとずっと耐えてきたのだろう。好きなだけ泣かせてあげたいけど、今は事態が事態だ。
「大丈夫、君は王子の婚約者にはならないよ」
「うっ、ぅうっ……っ」
「……王子はたぶん、誰とも結婚できないよ」
私はたぶん、そう。今のままでは誰のことも……。こんな状態で恋なんて出来るわけがない。自分のこともままならないのに。
泣きじゃくるアンネの手を引いて、講堂へ。さっきまでとは立場が逆転してしまった。上空では偵察なのか、まだ魔物が飛んでいる。
ローザたち、騎士団はどうなったんだろう。長くかかっている気がした。まさか、という不安を頭から振り払いアンネとともに講堂へ向かうのだ。
「えっ!? 聖剣!?」
「あ、やべ」
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