第20話 竜退治
「ウルバノさん! どうして」
通路の奥の開けた空間に出る。竜の横にアンネが座っていた。弾かれたように立ち上がるアンネに笑いかける。
どこにも怪我はなく、憔悴は見えるもそれだけだ。竜にアンネを殺す気はないんじゃないかな。
竜を見上げる。竜の大きな赤い瞳は、私をじっと見つめている。
「こんにちは、竜。話をしにきた」
呼びかける。竜が瞬きをする。再び、手のひらに痛み。金の紋様が白く光り出していた。
「何故、武器を構えぬ、人。この娘を望んだ我を殺しに来たのではないのか」
空気を震わせるほど低い声。竜の言葉に私は笑いかける。そもそも聖剣は持って来ていない、とは思いもしないだろう。
「理由を聞かせてほしい」
「理由がなければ殺せぬか。お前の武器は何のためにある。殺すためか、奪うためか。持ち主が腰抜けでは守ることすら出来ぬか」
「そうだよ」
「はっ! 理由など! 復讐に決まっていよう! 辺境伯だとかいう男は我をこんな狭く日の差さぬ場所に閉じ込めた、憎き人間の子孫だ。あぁ憎い! 憎くてたまらぬ! だから娘を差し出させてやったのだ! お前が来なければ食らってやろうかと思っていたのになあ、残念だ」
竜が吠えた。口から火花が散って、アンネが小さく悲鳴をあげて体を縮める。それでも炎は吐いていない。おそらくは目覚めてからずっと身じろぎだってしていないのだろう。
「それは本当に?」
「なんだと、我が嘘を言っているというのか」
「復讐ならば、体を動かして街を壊してしまうほうがずっと簡単だ。何故、街を壊さない?」
「壊してほしいのか、望むならいつでもそうしてやってもいいのだぞ」
地響きのような竜の低い声が響く。赤い瞳の中で炎が燃え盛っている。それが何の炎かまではわからない。
「わからないままで奪うことをしたくない、話をしよう。君の話を聞かせて、竜」
「……お前はおかしな人間だ。名前は何という」
「私はウルバノだ。君は?」
「カンナハと呼べ……、くだらぬ、なんともくだらぬ理由だ」
瞳の中で炎が揺れている。竜は頭を項垂れさせた。頭だけで広い地下空間を埋めて、街全体に及ぶ巨体を持つというのにカンナハの姿はひどく小さく、弱弱しいものに変わっていた。
語りながらボロボロと瞳から火花を散らせた。それは人の涙と同じものなのかもしれない。己自身を笑いながらカンナハは泣いているようだった。
「君は死にたいの」
「そうだ。貴様が我が前にやって来て、あの紋を光らせたとき我は心の底からうれしかった。かつて我を討ち果たしたあの武器であるなら、今度こそ我を殺せよう」
「そんな……どうして」
両手で口を抑えてアンネが呟いた。それにカンナハは嘲りを浮かべる。
「どうしてだと? 目を覚ましてみれば、こんな地下深くに体を封じられているのだぞ。それに、隣にあれがおらぬ。我はひとりきり……もう生きていたくない。……ウルバノよ。おぬしは奪うのではない、救うのだ。我をこの生から解放してくれ、頼む」
実際に言葉にされて、一気に重みがのしかかって来た。手のひらには、また聖剣の紋が光り始めている。
カンナハは自殺の手伝いを頼んでいるんだ。そう己を納得させることは出来ると思う。でもそれは殺すこととは違うだろうか……?
フェイから譲ってもらった魔法晶を握りしめる。カンナハのためにも、街のためにもきっと殺してしまったほうがいい。
それが、私に出来るのか。耐えられるのか。唾を飲み込む。
「迷うな。何をためらう。おぬしは武器を何のために持つのだ」
「……守るためだよ、本当にそれしか君を助ける方法はないの? カンナハ、私は君も助けたい」
「ならば、選ぶべきは一つだけ。すでに明らかだろう」
「……わかった。アンネ、先に上に行っていて」
「ウルバノさん、でも、」
「見せたくない」
「……はい、あのさようなら、怖がってしまってごめんなさい。会えてよかったです。カンナハさま」
「ふん」
ドレスのすそをつまみ、カンナハへ礼をするとアンネは通路へ消えていった。その背が見えなくなるのを確認して魔法晶を宙に掲げる。
教えてもらったばかりの召喚の魔法紋を描いていく。薄青の光を放ちだす。ひゅっという空気を斬る音。目が眩むほどの強い白い光。目の前に聖剣が現れた。
柄を握りしめるとまた、金の紋が手を伝い腕に広がっていく。光を放ち続ける聖剣にカンナハは眩しそうに目を細めて、静かに瞳を閉じると頭を差し出した。
「行くよ」
腕に力を込める。聖剣の光が強まっていく。薄暗かった空間が真昼の明るさに照らし出される。
抵抗のない竜の首へ思いきり振り下ろす。
ぬるい液体が、視界を黒く塗りつぶした。
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