第16話 緊急事態

 慌ただしい足音が聞こえた。

 門から傷だらけの騎士たちが多く、戻ってきていた。駆け寄ると、宿舎から姿を見せたローザに仲間の騎士を肩に担ぐ騎士が報告をした。


「魔王領より、数え切れない魔物が攻めてきています!」


 城内、ニュウイルドの都市全体が一気に厳戒態勢に入った。

 続く報告では魔物たちの目的はここであるようだ。この緊急事態にも慣れた様子で騎士でない民も城に集まり武装をしていく。


「すごい……」

「ここの連中は慣れてんのや。魔物に襲われることに」

「そんなに頻繁にあるの? 今回みたいなのが」


 お年寄りや子供などの非戦闘員の避難の誘導を手伝いながら、ハコモと話す。避難をする者もパニックになったりする様子は見せない。

 助かるけど少し違和感がある。普通は魔物が襲いきたと聞けば不安になるものではないだろうか。


「お若い騎士さま。このニュウイルドの地は代々領主さまに守られているのです」

「あ、そうなんですか……」

「だから、そう不安そうになさらないでね」


 すぐ近くを歩いていたおばあさんにやさしく諭される。本来守らねばならない立場の相手にフォローをされてしまい、少し恥ずかしい。

 守る者としての騎士なら、不安を表に出すのは控えないといけないな……。

 咳払いをして誘導に戻る。


 ローザ率いる騎士たちは魔物の軍を止めるために出陣した。避難場所として開放されたのはニュウイルド城の講堂だ。城には古い守護の魔法がかかっているらしい。

 広い空間に人々が息を殺して身を寄せ合っている。身分に関係なくすべての非戦闘員が集まっているというけど……。立ち上がり避難者たちを見渡した。


「どうしたん」

「アクセルとアンネがいない……」

「どこか物陰におるんちゃう?」

「あの赤髪を見逃すと思えないな、もしかして逃げ遅れてるとか、ないよね?」

「さあ、……気になるなら探しに行ってみたらええんちゃう?」


 ハコモの言葉に、護衛として残っている騎士の様子を窺う。見つかったら、何か言われそうというか止められるだろうな。


「行く気なら、俺が注意を引いとくで」

「ごめん、頼んだ」


 ひそひそと話し合い、こっそりと行動に移す。ハコモが騎士に話しかけている隙に講堂から抜け出した。

 皆逃げて、人の気配のしない城内を歩く。静まり返った城内に不安を煽られる。アンネは体調を崩して部屋にいるんだったか、アクセルはどこだろう。


 話し声が聞こえた。

 足を止める。あの執務室だった。耳を澄ませる。聞こえてくるのは辺境伯の低い声と、アクセルの声だ。内容までは聞き取れないけど、何か言い争いをしている?


「ふざけないでください! 実の娘より街の方が大事だっていうんですか!」

「何を当たり前のことを。それにあれはアンネ自身が望んだことでもある」

「そっ、んなわけないでしょう……っ! アンネが、アンネがあんな……っ」

「話は終わりだ。お前も避難場所に行くんだな。ちょうど、迎えがきたようだぞ」


 執務室の扉が開かれる。目の前に扉を開けた辺境伯が、本棚の前に私を見て呆然とするアクセルが立っていた。

 辺境伯は私を冷めた目で見降ろす。


「……我が愚息を講堂まで連れて行ってくださいますかな」

「は、はい、ペティレク辺境伯……あ、あのアンネさまは……どこに?」

「……っ」


 アンネの場所を問うとアクセルが息をのんだ。辺境伯は深くため息を吐く。


「娘は最も安全な場所におりますよ。心配をなさるとは、娘を気に入りましたか? ウルバノ殿下」

「え、いや、えっ!」


 名前を呼ばれてしまい、心臓が跳ね上がる。くすくすと辺境伯は肩を震わしているものの、その目は笑っていない。


「ご存じでしたか、挨拶もせずに失礼をしました。ペティレク辺境伯殿」

「なに構いません。おおかた王子の身分を明かすなと国王陛下に言われていたのでしょう。あの御仁は昔からめちゃくちゃな命令をすることがある。……殿下、息子を連れて講堂へ」

「貴殿はどうなさるのです。ともに参りましょう」

「私には領主としてすべきことがありますのでお構いなく」


 動こうとしないアクセルの腕を乱暴に引き、廊下に出すと辺境伯は口だけで笑い執務室の扉を閉めてしまった。

 目の前で扉を閉められて少し呆然としてしまう。王子だと気づかれていたのもそうだし、なんだか性急な気がした。

 うつむき、動こうとしないアクセルの手を引いて、とりあえず講堂へ向かう。窓から見える空には羽根を持つ魔物の姿が目立ち始めていた。騎士たちは苦戦をしているのだろうか。握る手に力を込める。


「お前、王子だったのか」

「ああ、黙っていてごめんね。王子と言わないようにと、父から言われていてさ。騙す気はなかったんだ」

「……別に、そこは構わない。……聖剣に選ばれたというのは本当なのか?」


 アクセルの言葉に足を止める。

 苦笑してしまう。これはあの女の子を助けるために聖剣を抜いたことだろう。幾人かに私が聖剣を持つ姿を見られており、いつの間にか尾ひれがついて広まってしまった噂だった。こんな地方にまで噂が広がっているのか。


「選ばれたというか、抜いただけだよ」

「聖剣を抜けるのは王になる者だけだって知っているだろう。抜くという行為自体が聖剣に選ばれているんだ」

「どうかな」


 あの聖剣、たぶん誰にでも抜けると思うけどね。王城の大広間で台座に突き刺さったままの聖剣を頭に浮かべる。


「聖剣の使いなら、お前は勇者なんだろ」

「なんだその乱暴な式は」

「勇者なら、なあ、勇者ならさ」


 アクセルが私の手を掴む。存外に強い力で掴まれて眉を寄せる。

 文句の一つでも言ってやろうと、顔を上げればアクセルは今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 そのせいで言おうとした文句を飲み込んでしまう。


「妹を、アンネを助けてくれっ……!」

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