第15話 不信
通路を駆け戻り執務室まで戻ると、アンネが抱き着いてきた。その体は震えてひどく怯えている。
無理もない。自分の暮らす場所の下に竜がいたのだから。声もなく震えるアンネの背を軽く叩く。
「……ごめんなさい、ウルバノさん」
「気にしないで」
「あの、竜のこと。お父様にお伝えしないと……」
「なるべく早い方がいい。一緒に行こう」
「いいえ、ここに勝手に入ったことがわかったらウルバノさんが怒られちゃうから、私が一人で行きます」
落ち着きを取り戻したアンネは覚悟を決めたように、言った。人のいないうちに執務室を出て、私はアンネと別れてアクセルとハコモの元へ向かう。
あんなものがいるなら、呑気に遊んでいる場合ではないんだよなあ。
ふと、手のひらを見る。聖剣の紋は消えていた。
「はあ!? 隠し通路に竜?」
すでにハコモを見つけていたアクセルにたった今、遭遇した出来事を話すと、目を丸くして驚愕の声をだす。
「そんなわけないだろう、……くだらない嘘をつくなよ、貴様」
「でも本当に見たんだ」
首を横に振り、否定するアクセル。
「まあ、まあ。せやったら確かめに行ったらええやん。俺はウルバノさまが嘘ついてるとも思わへんし」
「わかった、確かめに行こう。執務室の棚の後ろにあるんだな?」
「うん、アンネと一緒に見たから間違いない」
確かめるだけで近づかないという約束でもう一度、竜のいた隠し部屋に向かうことになった。アクセルが疑う気持ちもわかる。
私でなく、アンネの言葉ならあるいは信じたかもしれないな。三人で並び、執務室の扉を開ける。
中には誰もおらず、忍び足で入っていく。
「何をしている」
「っ」
「父上!」
「アクセル、それに騎士見習いの少年たちか。そこは遊び場ではないぞ」
背後から声をかけてきたのはペティレク辺境伯だった。静かな青い瞳で私たちを見下ろしている。
辺境伯の近くにアンネの姿はない。
「い、いえ。かくれんぼをしていて、アンネを探していたんです。父上」
「……。アンネなら体調が優れないと部屋に戻った。遊ぶのは構わないが、場所はわきまえるようにしなさい」
「はい、すみません。おい、お前たち、行くぞ!」
「でも」
「いいから! はやく来い!」
焦りを隠さず、アクセルが私とハコモを急かした。辺境伯に竜のことを話しにいったはずのアンネと竜について聞きたいことがあったのだけど、あまりのアクセルの必死さにその場を離れた。
アンネは、あのあと体調を崩してしまったのだろうか。私もついて行くべきだったかな……。
「アクセル、どうして竜のことを話さないの」
「そんな確かじゃないことを父上に話せるわけがないだろう。父上はお忙しいんだ。それに……」
口に手を当てて、アクセルは黙る。
言葉の続きを待っていると、静かに首を横に振った。
「いや、なんでもない。いいか、ウルバノにハコモ。竜のこと、誰にも言うんじゃないぞ。まず僕が確かめる。事実だったらきちんと対策を考える。それでいいだろう。事実かも定かじゃない情報が広まって、領民が混乱するのは避けたい。……わかるだろ?」
「……理屈はわかるよ。確かにね。あの竜には敵意はなかったように思う。でも危険であることに変わりはない。竜は強大な魔物だ、一体だけでどれだけの被害が及ぶか測り知れないよ。決断するなら早い方がいい」
「わかってるさ、まずはアンネと話してみる」
そこでアクセルと別れた。
アクセルの気持ちはわかる。わかるんだけど……。
「う~~っ、ハコモ。手合わせしない?」
焦る気持ちと、まだ行動すべきでないという理性がせめぎ合い、なんとも言えない気分だ。
王城で大型の竜による被害を何度も聞いていたからだろうか。早く行動しなければ街に大きな被害が及んでしまうし、その被害はこの街だけでは留まらないだろう。
ニュウイルドは魔王領に面する国防の最前線だから、ニュウイルドが崩れれば……。
じっとしていると不安ばかりが募っていく。ハコモを手合わせに誘う。体を動かしていれば、少しはマシになるだろう……。
「ええですよ」
「よしっ! じゃあ演習場に行こう」
剣を構えて、ハコモと向かい、剣を打ち合う。ハコモは動きの一つ一つが鋭く、重い。こっちの隙をつくのがうまく、喧嘩なれしているのではと思わされる。
ハコモの剣を避けて柄を握りなおす。練習用の剣の魔法紋が反応し、黄色の光を放ちだした。魔力を込めた一撃。
ハコモが後ろに退いた。さらに一歩、距離をつめて剣を振りかぶる。
演習場に金属のぶつかる音が響く。
からん。
ハコモの持つ剣が地面に転がった。
「あ~、さすがやな。殿下は」
「剣を落とすなんて珍しいね」
落ちたハコモの剣を拾う。ハコモは笑って誤魔化し、頭を掻いている。
剣が落ちるとき、ハコモの表情がぐっと鼻に皺が寄って歪んだような気がした。拾ったばかりの剣をハコモに差し出す。
受け取った右手を掴む。手袋を無理やり外すとハコモの手のひらには切り傷が出来ていた。刃物で切り裂いたような裂傷で、血が滲んでいた。
「これ、どうしたの?」
「え~、っと。いや、手ぇ滑らしてしもうて」
「剣を握るのも痛かったでしょ」
「はは……」
「ちゃんと治療しなきゃダメだよ、今からフェイのところに行く?」
「や、やめときます。忙しそうやったやろ、こないにしょうもないので面倒はかけられへん」
どうしてか、ハコモは焦りだして手を横に振る。
その様子に私は疑問を抱きながら、結局はハコモの意志を尊重することにした。
ハンカチを取り出してハコモの手のひらをぐるぐると包む。包帯もしていないんだから、驚く。
「あ、ありがとうございます」
「怪我したらすぐに言うこと。黙って放置は一番よくないんだからね」
「……気をつけます」
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