第14話 竜
翌日から私とハコモは正式にアクセルたちの一時的な護衛に任命された。実際には護衛という名の遊び相手である。
午前の稽古が終わるとハコモとともにアクセルとアンネ兄妹の部屋へと向かった。
二人のための子供部屋は広く、パステルを基調とした淡い色合いの壁紙にたくさんのぬいぐるみとおもちゃが並んでいた。部屋の隅にある本棚には絵本も。
足元に落ちていたデフォルメされた竜のぬいぐるみを拾い、おもちゃの椅子に座らせる。
「うわ、すごいね」
「お父様がね、たくさん用意してくださるの」
アンネはそれにくすくすと笑いながら、私の元に他のぬいぐるみを持ってやってくる。ぬいぐるみ一体、一体に名前をつけているようで紹介してくれた。
「で、遊ぶって何をするんや?」
「そうだな、……何をする?」
「決まってへんのかい」
「ご本を読んでくださる?」
「いいよ」
ぬいぐるみの紹介を終えたアンが今度は本を持ってやってきた。
豪華な装丁の分厚い本だ。どのページも文字ばかりで挿絵もない。アンネには少し早い気がする。アクセルのものかな?
本には竜の物語がつづられていた。
森で暮らす竜が人に恋をして、人になるために身を削っていくという内容だ。
おとぎ話のような語り口であるくせに鱗をはがし、爪をはがし、その身を削る描写が生々しい。子供向けの内容ではない気がする……。
「涙を流す若者を見つめ、竜は笑いました。最期に竜は笑ったのです……おしまい」
しかも死に別れの悲恋だった。かなしい。
本から顔をあげるとハコモも本をのぞき込んでいた。
その顔にいつもの笑みはない。
「なんや、竜は死んどるやんけ。胸糞悪い話やな」
「そんなことないもん!」
ハコモの苦々しい感想にアンネが唇を尖らせる。どうやらアンネのお気に入りの物語であるらしい。
胸糞悪い、とまではいかないけど私もあまり好きじゃないな。やっぱり物語の最後はハッピーエンドであってほしいと思う。
「それで、君たちは何で遊ぶか、決まったの?」
するとハコモとアクセルが顔を見合わせる。
「そうやな、無難にかくれぼとか、鬼ごっことかしますか?」
「ふっ、どうやら実力を発揮するときが来たようだな」
「かくれんぼ! したいわ!」
「じゃあ決まり、誰が探す?」
「僕がやるよ」
アクセルが鬼役に立候補する。とくに反対意見もなく、すんなりと決定した。ルールは城の外には出ないことだけだ。
「じゃあ数えるぞ。いーち、にー……」
アクセルが目をつむり数え始めたのを、私たちは子供部屋を駆けだした。
城内を駆けながら、隠れられそうな場所を探す。まだ来て数日だしな……。隠れられる場所も、城内の地図もわかっていない。
まあ、いいや。かくれんぼを口実に城の中を探検してしまおう。他の城を好き勝手歩く機会なんてそうそうないだろう。
「おっと、ええとこみつけた。ほなまたあとで」
ハコモと別れて、引き続き隠れられそうな場所を探す。
仮に怒られても、アクセルとかくれんぼをしていたんですう、許してくださいって言えばそれなりに許される気がする。領主の息子の名前を出すのは少しずるいけどね。
さすが最前線の地といった感じか。城内は市街と同じように入り組んでいる。たとえ攻められても容易には城主のもとへはたどり着けないように作られているのだろう。
すごいな。
何かの役に立つかもしれないし、よく観察しておこう。
「ウルバノさん、ウルバノさん」
名を呼ばれて振り返れば、アンネが物陰から手招きをしていた。アンネの元に行くと、そこは執務室であるようだった。
深い色のデスクに、壁には本の並べられた戸棚が置かれている。幸いにも部屋の主だろう辺境伯は不在だったが、もしかしなくても勝手に入ってはいけないところだ。
見つからないうちに部屋を出ようとするも、その腕をアンネに掴まれて引き留められてしまう。
「アンネ、さま。ここは入ってはいけないところだよ」
「平気です。見つかってもお父様には私が言っておきますから……ふふっ、実はこっちに秘密の隠れ場所はあるんですよ」
「秘密の?」
問い返せばアンネは口を押さえて、くすくすと笑う。
戸棚を開けると規則正しく並んでいた本を一冊、動かす。
「っ、隠し扉?」
「ここならお兄ちゃんに見つかりませんよ、行きましょう! ウルバノさん」
「あ、まっ」
戸棚が動き出して、後ろに隠されていた隠し扉があらわとなった。重そうな扉を開けて行ってしまったアンネのあとを慌てて追う。
暗い、石をくりぬいて作られたような狭い石の壁が続いている。壁際にくりぬかれた穴にはランプが収まっている。
魔法がかかっているようで、前を通ると自然とランプの灯りがついていく。アンネの進みに合わせて、暗い先の見えない通路が照らされていく。
こんな隠し通路、いったい何のために作られたのか……。もしものときのための避難経路だろうか。
「アンネ。どこまで行くの?」
「もう少しですよ。この先に部屋があるんですけど、その部屋が」
「―――」
「っ、だれかいる?」
「アンネ、私の後ろに。静かにできるかな?」
「は、はい」
通路の先からかすかに聞こえた、低い声に足が止まる。アンネを背に庇い、唇の前に人差し指を立ててジェスチャーをする。
腰に佩く剣に手をかけて、ゆっくりと通路の先へ足を進めると、広い空間に出た。
灯りがなく、何も見えない。
「――――」
また話し声。誰かがいるようだ。通路のランプを持ち、空間全体を照らすように掲げる。
照らされたものに、言葉を失う。背後でアンネの息を飲み込む音。
暗いのではなく、赤い。
『―――――』
赤くぎらつく大きな目、体は鱗に覆われて、広い空間のなかで居心地悪そうに翼をたたんでいる。
裂けた口からは鋭い牙が覗き、ぬるく生臭い息が吐き出される。呼吸に合わせて、赤い鱗が蠢く。
竜がいた。
竜の視線は私とアンネに注がれている。アンネが私にしがみつく。
突然、両腕に鋭い痛みを感じて、手にしていたランプを落としてしまう。灯りは消えることなく石の床の上を転がっていく。
竜の影が転がる光源に合わせて形を変える。
両腕を見ると、金の紋様が広がり、白く光りを放ちだしていた。以前にも見た。聖剣のものと同じだ。
竜の体に合わせて空気が震えだす。低いうなり声が竜の喉から聞こえはじめる。
「い、いやああああ!!」
「アンネ!」
耐えきれずに逃げ出したアンネのあとを追う。竜は追ってはこず、一瞬だけ振り返れば体を震わし、口を開ける竜の姿が目に入った。
笑っている。
どうしてか、そう感じた。
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