第13話 どうしようもない

 ニュウイルドの街並みは古くも、よく手入れのされた建物がいくつも立ち並び、通りに点在する花壇にも色とりどりの花が植えられている。

 細い通路と階段が多く入り組んでいて騎士の言っていた通り、気をつけなければ迷ってしまいそうだ。


「どこもきれいだね」

「そうやなあ、ここで暮らす奴らはきれい好きやさかい」

「そうなの?」

「せや」

「もしかして詳しい?」

「昔、ここら辺に住んどったさかい」

「そうなんだ、じゃあ案内は任せる」


 ハコモがついてきてくれて助かった。慣れた足取りで細く入り組んだ道を進むハコモのあとを追う。

 ニュウイルドの市場は王都のものとはまた少し違っていた。

 王都では異国からの輸入品や料理、遠方から商人により集められた雑多な品々が混沌と並ぶのに対して、ずいぶんと整然としている。野菜や肉などの食材に魔法雑貨が多い。


「うーん……やっぱりないね、竜の心臓も魔法晶も」

「言うたやろ。高級品やって、どっちもここらより王都の方が流通は多いねん」

「えぇ、じゃあ、一応フェイに聞いてみようか。魔法晶くらいならフェイも持ってきてるかも」


 お菓子には希望がなかったので、市場を見て回って気になったものを適当に選んだ。とはいえ、高級品だという竜の心臓も魔法晶も全く見つからなかった。

 前にフェイとお忍びしといてよかったな、と思う。こういう場面で買い物の仕方が分からないのはふつうに恥だ。

 城に戻りながらメモを確認する。


「それにしてもさ、これ。あの子は何に使うんだろう。魔法晶は、まだなんとなくわかるけど、竜の心臓って」

「さあ、なんやろうな~、近くに病気の奴でもおるんちゃいます?」


 竜の心臓には魔法紋が刻まれている。死後でも竜の持つ紋は効果を失わないことから部位の中でもっとも高値がつくらしい。


「へえ……知らなかったよ」

「竜は長生きですさかい。それにあやかって、一口でも食べれば長命に、二口を食べれば万病が~、なんてようある伝説やで」

「そうなるとますます、竜の心臓を欲しがる意味が分からなくなるね」

「いや~俺はなんとなくわかるけど。あとの楽しみってことでとっときまひょ」


 そういって笑うとハコモは何度聞いても、理由とやらを教えてくれなかった。

 魔法師見習いに用意された研究室をのぞき込む。


「は? 魔法晶? あるけど、何に使うんだい」

「お使いを頼まれちゃってさあ。あるならちょうだい」


 声をかけて、研究室の外にやって来たフェイに話をする。フェイがポケットから取り出したのは藍色の宝石がはめ込まれた指輪だった。藍色の中に黄色や赤が散らばって、星空みたいだ。

 ちょうだいと手を出す。すると魔法晶を手のひらで隠されてしまう。


「やだよ」

「なんで」

「魔法晶は魔法師にとっての切り札なんだけど? これだって師匠が遠征に行くからって特別にくれたやつなんだからね」


 フェイの手の内で魔法晶が緑色に光り出す。突風が吹く。砂が目に入り、思わずつぶるとフェイは研究室に戻ってしまっていた。


「予想はついとったけど、無理やったね」

「別に逃げなくても、無理やり取ったりしないのに」

「ま、忙しそうやったし、無駄な問答を避けたかったんやろうな」


 今度は城内に入り、アクセルに話をしなきゃいけない。お使い失敗だし、正直、気が進まない。

 フェイも、戻るなら戻るって言えばいいのにさ!

 私だって別に、先生からもらったものを無理やり取ったりしないっつーの!

 ばーか!

 ふと視線を感じて横を見ると、ハコモが私を見ていた。たぶん、ハコモの目は長い前髪で隠れてしまっているため分かりづらいのだ。


「なに?」

「いや、殿下も拗ねたりするやなって」

「当たり前じゃん。私だって人間なんだからさ」


「そうやなあ、当たり前や」


 何がおかしいのか肩を震わせて笑いはじめたハコモに私は憮然とした気分になる。


「ははははっ! こんな簡単なお使いも出来んとはな! 騎士見習いが聞いてあきれる! 罰として僕らを楽しませるだな! 下っ端!」


 ああ、そういう。

 勝ち誇った笑顔で高笑いをするアクセルの姿にようやく納得がいく。初めから手に入らないものを買いに行かせることで、わがままを通すというわけらしい。

 あらら~、はめられちゃったねえ。


「あ、あのお兄ちゃんがごめんなさい……」

「気にしないで。うんうん。見習いの仕事は多いんだけど、辺境伯令息の命令なら仕方ないさ。うんうん。単なる騎士見習いの身分じゃ断れないよねえ。うんうん」

「なんや、ウルバノさまもわかっとたんか」


 アンタもサボりたかったんやなと、ハコモに笑われる。人聞きが悪くない?

 我、王子ぞ?

 騎士見習いとしてここにいるなら、その仕事は率先してするしかないわけじゃん。人々の規範にならないといけないんだし?

 いやでも仕方ないよなあ、王子だけど、騎士見習いなんだし?

 辺境伯令息がなあ、言うからなあ。うんうん、どうしようもないよなあ。


「……わかりました。殿下を殿下として扱わぬように陛下には言い含められております。ご令息の希望に従いましょう……」


 夜、騎士団長の部屋を訪ねてローザに事の成り行きを話した。

 額を抑えるローザの言葉に内心でガッツポーズをする。だってめんど……。

 ローザは鎧を脱ぎ、赤い髪を下ろしている。


「無理を言ってしまってごめんよ」

「殿下が謝ることではございませんよ、ところで、一つ、よろしいですか」

「うん、なに?」


 改まったローザに私も居住まいをただす。ごほん。とローザが咳払いを一つ。


「その、殿下はええっと……困ったことなど、ございませんか」

「困ったこと?」

「ええ、城を離れて集団の中で過ごすのは初めてでしょう。ここには使用人などもおりませんので、慣れないうちは大変なのでは、と」


 普段は凛々しいローザがしどろもどろとぎこちなく、けれど一生懸命に言葉を紡いでいる。

 その様子に思い至った。もしかして、四人部屋なのに同室の者がいないのはローザの気遣いだったのでは。


「えっと、でもローザは父上に私を王子扱いしないように言われているんだろ? いいの?」


 指摘すると、ローザの眉があからさまに下がる。途端に沸く罪悪感を抑えつつ、どうしようかと思案する。

 これは、何か頼みごとをしたほうが穏便にすみそうな……。


「騎士団のみんなはいい人ばかりだから困ったことはないよ」

「そうですか? ならばいいのですが、何かあれば私にお申しつけください、殿下」

「うん、そうする。ありがとうローザ」


 結局、思いつかず正直に言う。どうしてか残念そうにしながらローザも引いてくれた。

 ローザは少し過保護。ウルバノ、覚えた。


 いや、ローザだけじゃねえな。先生もだし、なんなら爺やも過保護な気がする。

 うーん、何か甘えたりしたほうが喜ぶのだろうか……。ひええ、度し難いよう。

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