第12話 貴族くんさあ……

「貴様! 飛び降りるなんて何を考えている! もしも着地に失敗して妹が怪我をしていたら!! 貴様の命では償いにも足りないぞ!」

「怪我はしていないだろ?」

「ふざけるな! そういう問題ではないわ!」


「そないに騒いで、何してるんです?」

「ハコモ、いや、」

「おにいちゃん!わたしは大丈夫だから、そんなに怒らないで!」

「アンネ!」


 今にも殴り掛かってきそうな勢いで少年が声を張り上げる。いや、私も確かに少し強引だったかなとも思うけども。木の上で女の子が動けなくなった時点で、地面の上で女の子を受け止めるか、私が抱えて飛び降りるかの二択しか思い浮かばない。

 何か魔法とか、使えばよかったのか?


 そうしていると騒ぎを聞きつけてか、ハコモがやって来た。

 ハコモの登場に少年の気が逸れたのを見逃さず、女の子が声をあげた。不安そうな女の子を少年が抱きしめる。

 まあ、理不尽だけど、妹を思う気持ちは本物ってことで気にしないことにする。


「ところで、どうして木の上に?」

「っ、貴様には関係ないだろう」

「あのね、お兄ちゃんが窓から出てたから、わたしもって思ったの」


 女の子が頭上を指さす。木の横には、開け放たれた窓があった。


「なんだ、君のせいなんじゃないか」

「まさかついてくるとは思わなかったんだ! しょうがないだろ! アンネ、お前ももう僕の真似なんてするなよ。お前は女の子なんだから」


 少年が妹へ注意をする。女の子は少し不満そうにしながらも頷いた。仲のいい兄妹であるあしい。

 状況がつかめていないハコモが頬を掻きながら私の隣にやってくる。


「どなしたんですか、これ」

「あの子が木から降りられなくなっていたから、こう、抱えて飛び降りたんだ」

「ああ、それで危ないって揉めてるわけですか。まっ、でん……アンタは人助けしただけなんやし、気にすることあらへんで」

「気にしてはいないさ。ともかく、用事が済んだのなら私は仕事に戻るよ」


 ハコモの励ましに苦笑しつつ、抱き合う少年と女の子に声をかけた。まだこなさなければいけない雑務は山ほどある。


「真面目やなあ。朝から稽古に、雑務に、働きづめなんやし少しくらい休んでもバチは当たらへんと思うで?」

「そういう訳にはいかないよ。ほら、ハコモ。君もだぞ」

「え~」


 私がサボっては示しがつかない、そういうものだ。渋るハコモの背を押して、その場から離れようとする。


「あ、助けてくれて、ありがとうございますっ、! 騎士さん!」

「これからは気を付けるんだよ」

「待て、下っ端騎士。名前は?」

「ウルバノです」

「! 王子と同じ名前なのか!」

「ありふれた名前ですから」


 女の子に引き留められて、足を止めた。少年に名前を名乗ると驚かれた。

 ……ありふれた名前ではあるけど、そりゃ、王子の名前くらい知っていて当然か。隠すべきだったのかな……。いやでも、そこまで厳密に秘密というわけでもないし、いいか。


「ウルバノ。危険なやり方だったが、一応、妹を助けてくれたことを感謝するぞ。僕はアクセル。アクセル・ペティレクだ。ウルバノと、ついでにそこの貴様も、助けた礼として僕たちの遊び相手に任命してやろう。未来の辺境伯の遊び相手になれるなんて身に余る光栄だろう!」

「それはまた……確かに光栄だけど、ごめんよ。稽古も騎士団の仕事もあるから、そんな時間はないんだ。行こう、ハコモ」


 胸を張るアクセル。その申し出を断り、ハコモとともにその場を離れた。少し歩いたところでハコモが背後を振り返る。表情はかたい。


「あ~、ええんか? あんなん言うて」

「いけなかった?」

「いや、だって相手は貴族の坊ちゃんやろ。面倒なことになるんちゃうか」

「面倒って、遊びの誘いを断っただけだろ?」

「うーん、まあ。殿下にはわからへんか。殿下は、貴族ムーブせえへんもんなあ」

「なんだそれ」


 貴族ムーブなんて初めて聞いた。言葉の組み合わせから、なんとなく意味も予想がつくけどそんなわかりやすい奴おらんやろ~。

 前の世界ではノブレス・オブリージュという言葉があった。この国でも同じような考え方がある。


「おい、下っ端! これを買ってこい!」

「……私はいま、稽古中だけど」

「関係あるか! 僕が命令してるんだぞ! さっさと行け!」

「……はあ、わかりました」


 翌日。午前の稽古中に演習場にやってきたアクセルがこまごまとした品名の書かれたメモを私に渡して、そう言った。

 あれれ? メモを受け取ると一応、教官の騎士に声をかける。騎士は苦笑をしながら稽古はもう終わるし薬草摘みのあいだに行っていいと言ってくれた。

 一人では迷うかもしれないと、誰かを誘って二人組でならという条件付きではあったけど。


「はい! はい! 俺がついてくで! ええやん! 買い物!」

「遊びじゃないよ」

「わかってますって」


 一応、班の三人に声をかけるも、勢いよく乗って来たのはハコモだけだった。反応を返さなかった二人もまた騎士と同じように苦笑をしつつも頷いてくれる。ひとまずの許しは得た。

 サボりたい、という下心が丸見えのハコモとともに二人で市場へ向かった。


「何を買うんです?」

「うん、竜の心臓と魔法晶、あとお菓子、……これ、市場で売っているのかな」

「いやいやいや、高級品やん。市場には売ってへんで、それ。お菓子以外はな」


 おっと?

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