第11話 今は騎士見習いですんで
ニュウイルドの街にたどり着いたとき、日は沈んでいた。王都から徒歩で十日の距離を一週間で進んできた。
街全体を高い城壁が囲む魔王領からほど近い城郭都市だ。
門をくぐった騎士団の到着を住人たちは歓迎した。
市街の真ん中、ニュウイルド城の中に騎士団の駐屯地がある。そこで赤髪の背の高い男性が騎士団を出迎えた。
「我が街にようこそ、ローザ騎士団長。よくぞ来てくれたな」
「要請があるなら、当然のことです。ペティレク辺境伯、わざわざ貴方が出迎えてくださるとは驚きました」
「ははは、なに。魔物の多く出るこの地域にあっては騎士団との関係は良好である方がいい。我が領民が平穏に暮らせるのも、騎士団あってのことですのでな」
どうやらその男性こそがニュウイルドの領主、ペティレク辺境伯であったらしい。
たぶん、王城で何度かあってはいるのでと思うけど、あいにく私は覚えていない。今は王子じゃないことになっているし、挨拶もしない方がいいんだろう。いや、した方がいいのか?
「騎士たちよ。王都からの長旅でさぞ疲れだろう。ささやかだが歓迎を用意させてもらった」
「なんと、感謝します。見習いたちは荷物を置いて今日はよく休むこと! 行け!」
どうやら、しなくていいらしい。ローザの号令に他の騎士見習いに紛れて、ペティレク辺境伯をやり過ごした。
宿舎の部屋は装飾のない部屋にベッドが二つ押し込まれている。本当に体を休めるだけが目的という感の強い手狭な四人部屋だ。
騎士見習い用の鎧を脱いで、ベッドに入る。ベッドの数から四人部屋であると、思ったのだけど他には誰も入ってこなかった。
翌日になると早速、稽古が行われた。稽古のあとには班を作り、騎士団の雑務を行う。
私のいる班は森へ薬草を摘みにいくことになった。
「殿下、よろしゅうお願いします」
「今は王子じゃないんだよなあ。ともあれ、よろしく頼む、ハコモに、ジャン、ダニエル。君たちも」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いいたします、ウルバノさま!」
同班になったハコモと、のっぽとメガネの騎士見習いと挨拶を交わす。
へらへらと笑みを浮かべるハコモと異なり、他の二人はぎこちない。王子じゃない……となっているとはいえ、他の騎士にも周知はされているために中々、難しいだろうな。
森の中を四人で薬草を摘みつつ練り歩く。
「この森には、ずいぶんと薬草が生えているんだね」
「いやいや、魔物の棲んでる森ならこんなもんやで。ま、魔王領に近いからっていう理由もあるかもわかりませんけど」
「そういうものなんだ、土地の持つ魔力というのが関係しているのかな」
「さあ? そういうんは魔法師の領分やろうし、どうやろうな」
主にハコモと他愛のない会話を続ける。残る二人はもくもくと薬草を摘んでいっている。もっとお話ししよ……。
土地の魔力かあ、あとでフェイに聞いてみようかな。
ともに遠征について来た魔法師見習いは城内で、魔物による呪いの解呪を行っている。
魔物や魔法による効果は、魔法師たちの解呪魔法でなければ基本的に解けない。魔法の中には、それでも解けない魔法もあるので万能ではないけど。
「おい! そこの見習い騎士!」
「私のこと?」
「貴様以外に誰がいる! さっさと来い」
摘んだ薬草を届け、今度は防具の整備を行っていると声をかけられた。
顔を上げると赤髪をオールバックにした、同じ年くらいの少年が腰に手を当てて仁王立ちをしている。
上等な生地のシャツとズボンを身に着けている。よく似た赤髪であるし、辺境伯の令息だろうか?
「なんですか?」
「ここに立て」
「はあ……、あぁ。降りられなくなったんですか」
少年の示された場所に立つ。すぐ横に大きな木が生えており、見上げると太い木の枝にフリルの装飾がされた赤いドレスの女の子がしがみついていた。
「早く妹を助けろ! 騎士だろ!」
「おにぃ、ちゃん……」
「もう少し待っててね」
鎧のまま木の幹に手をかけて登っていく。すぐに女の子のいる枝までたどり着き、手を伸ばす。
「おいで」
「う、うぅん、怖くて動けないの」
「そっか。じゃあ私がそこまでいくよ。じっとしていられる?」
「うん、うん。がんばる……」
青い顔でぶるぶると震える女の子へ安心させようと笑いかける。木の枝に立つ。ゆっくりと女の子の元まで歩いていき、女の子の体を抱きしめる。
「怖かったら、目をつぶっていてね」
「う、うん」
女の子は目をぎゅっと強くつぶると私にしがみついた。女の子の背に手を回して息を吐く。
木の下では少年が私たちの様子を見上げている。何かに気が付いたのか目を瞠り、眉を吊り上げた。
「おい、おい! まさか貴様っ!」
「いくよ」
「やめ――」
少年の制止を無視して、木の枝を蹴る。ずんっと着地の衝撃が体全体にのしかかる。
……地面が少しへこんでしまった。鎧は脱いだ方がよかったかもしれないな。女の子をゆっくりと地面におろす。
すると少年が掴みかかって来た。
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