第9話 覚悟
「では、殿下。お願いしますねえ」
「なにを?」
先生に聖剣を見せると、ベッドのカーテンが開け放たれた。
ベッドの上で少女は真新しい包帯に身を包み、苦しそうに呻きながら眠っている。取り替えたばかりであるはずの包帯にすでに赤が滲んでいるのも気のせいではないだろう。
にっこりと笑う先生に困惑してしまう。
「聖剣をですねえ。こう、この子の方に向けてえ、解けと命令してください」
「……こう?」
「そうですう。お上手ですよう」
先生に言われた通りに聖剣を少女の前で掲げる。峰の部分を少女へ、万が一にも傷つけないように気をつける。
聖剣はまだ白く光りながら、金の紋を浮かばせている。何かの魔法なんだろうけど、私には読み取れない。
「解け」
言葉を繰り返す。
聖剣の光がより一層に強まり、金の紋が柄を伝って私の手にまで広がる。驚き、柄を握る両手を離そうとしてしまうのを寸でで耐える。
少女の上に聖剣を落とすのはまずい。
だんだんと白い光が収まっていく。
光とともに少女の乱れていた息が落ち着いていった。
「これで、いいんでしょうか」
「はい~。ばっちりですよう! さすがですねえ」
「お見事でございます。王子……それで手にしていらっしゃる聖剣についてお聞きしたいのですが」
「うっ、ちゃんと話すよ」
振り返ると先生が嬉しそうに拍手をして褒めてくれた。これでいいのか。正直、甚だ疑問ではある。
ついでに部屋にいた爺やにも褒められた……あと勝手に聖剣を持ち出したことで叱られそうだ。
「なるほど……では、聖剣を持ち出したのは少女を助けるためだと」
「うん。呪いを解くのに必要らしくって、……ごめんなさい」
説明を終えて、爺やに謝罪する。
「私に謝罪はいりません。……しかし、ふむ」
何かを思案するように爺やがベッドで眠ったままの少女を見つめる。
「罪のない少女を助ける。実に立派でございますが、助けたあとはどうするおつもりで?」
「え、えっと、あの子と、友達になる……?」
「なるほど、ご友人に。異なる種族という壁にも囚われぬ素晴らしい志にございますね。ですが、爺が言いたいのはそうではありませんよ」
爺やが咳払いをする。私は背筋を伸ばした。
「こうして王子の尽力で少女は命の危機を脱しました。問題はそのあとです。少女は助かり、死んでいないのならば生きてゆかねばなりません。おそらくこの娘が魔王領に帰ることを国王はお許しにはなりますまい……ならば、魔物の身で人の世を生きていくしかない。果たして王子に少女の今後の一生を背負う覚悟がありますか」
「あ……ある! もちろん覚悟している! 私がその子を助けると決めたんだから、そのことの責任だってもちろん覚悟して――」
「どうやって生活をさせるのです? 生きていくには着るもの、食べるもの、眠る場所が必要でしょう。すべてを王子が用意してやるのですか? 愛玩動物のように何もかも準備して、世話をしてあげるおつもりで? それのどこが友達です」
呆然とする。思わぬ厳しい言葉に悔しさから涙がこみあげてくる。
愛玩動物だなんて、そんなこと思ってない。私はただ、あの子を助けてあげたくて、友達になりたくて。
ぐっと目に力を入れて、泣くのをこらえる。爺やをきつく睨んだ。
でも爺やの言うような、助けたあとのことを私は少しも考えていなかった。
「王子。助けるという行為にはそれだけの覚悟が必要なのですよ」
「で、も……じゃあ、どうしたらいいの? 助けないほうがよかったってこと?」
「そうは言っておりませんよ。何かを助けたいというお心は何よりも尊いもの。今回は爺やが力を貸しましょう。ですがよろしいですね。これから何かを助けるとき、助けたあとのことまで考えねばなりませんよ」
それが王たるものの責任なのだと、爺やは言葉を締めくくった。
王。
私は王子で、いずれは国王の後を継いで王になる。
けど私にはいまだに王というものが分からない。
分からないままで王になんてなれるのか。
「では、王子。聖剣を戻しに行きましょうか」
「うん……」
ごほん。再び爺やが咳払いをする。
聖剣を台座に戻さないといけないのだ。
ほら、成人の儀で抜くっていう伝統らしいから。
「あ! あのさ、大広間に行くまでの廊下に大勢が倒れてたんだ。先生、魔法がかかっているみたいだから解けないかな」
「まあ、では私も参りますねえ」
医師に少女を任せて、爺やと先生との三人で大広間に向かう。暗かった廊下は今では灯りがついていて、普段通りに明るい。
誰か、気が付いた使用人がつけていったのだろうか。
「……あれ」
廊下には誰も倒れていなかった。どころか異変なんてなかった様子でみんな、気にせずに働いている。
その不可思議さに首を傾げる。
「倒れている方はおりませんねえ」
「おかしいな……確かに見たんだけど……」
「灯りもすべて、きちんとついておりますね」
「あ、爺やが言ってた異変って、それ?」
「ええ。時間になっても城内の灯りが付かなかったもので、何か異変でもあったのでは、と王子の無事を確かめに訪ねたのです」
「あ~……なるほど、そういうことだったのか……夢だったのかな……?」
騎士の何人かに声をかけて異状がなかったか問うても、ないとしか返ってこない。
もしや、私が見た光景は夢……もしくは本当にホラー……?
魔法を使う幽霊とか反則過ぎるのでは?
聖剣の柄についた血を思い出して背筋がぞっと凍り付く。
「夢だな! 夢だったんだ! よし、聖剣を返しに行かなきゃね! 二人ともついてきてね!」
「は、はあ、殿下? ついて行きますよう」
「王子……廊下を走ってはなりませんぞ」
「わかってるって急ごう! 別に怖くないけど! ぜんぜん怖くないけどね!」
急ぎ足で大広間に赴くと台座に聖剣をぶっ刺した。
そして私のベッドでは少女が眠っているため、近くの空室で眠ったのだった。
先生に頼み込み、そこでフェイとお泊り会をした。いや、別に怖くはないんだけど。
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