ニュウイルド事変

第10話 遠征

「不敬だけどさ、たまにウルバノってバカなんじゃないかなって思うことがあるんだ」

「紛れもなく不敬だね」

「うん。正直、突然、泊まれっていわれたときはどうしてやろうかと思ったわけ」

「それに関してはごめん」

「別にいいよ。あの日はいろいろと大変だったし」


 深い森の小道を並んで歩きながら、フェイと他愛ない会話に興じる。

 頭上には葉が生い茂り、昼間であるのに薄暗い。多くの魔物や獣の棲む森であるらしく、すぐそこの木の後ろにも獣が潜んでいるかもしれないという不穏さが確かにある。


 フェイと私は騎士団の地方遠征について行っているところだ。私たちの周囲には物々しい装備の騎士団がともに歩いている。

 私も見習い騎士の装備をしているけど、本職たちの装備や歴戦の雰囲気に比べれば、やはりどこか頼りない。


「殿下! 私語はお慎みくださいませ! 今の殿下は騎士見習いにすぎぬことお忘れなきよう!」

「はい。ローザ団長!」

「っ、わかっているならよろしい!」


 馬上から声をかけるのは近衛騎士団長のローザだ。生真面目な様子で私とフェイを叱責すると再び、力強い目で前を見つめる。

 鮮やかな赤髪を高い位置で結い、銀の鎧に身を包む王国随一の剣術の腕を誇る最強の騎士である。そして私の剣術の師だ。


 ローザの言う通り、今の私は王子という立場ではない。

 先日の少女を助けたことで、魔物を城に連れ込んだ罰として国王に言い渡されたのが騎士見習いとして騎士団の地方遠征について行くというものだった。

 そういうわけで今は王子ウルバノはおらず、騎士見習いのウルバノがいるだけなのだ。

 でも少しだけ頭の固いところがあるローザには王子じゃないように接するのは難しそう……。

 今もいい機会だとばかりに敬称をなくし軽口で接してくるフェイと対照的にローザは敬語も敬称もつけたままだし。まあ、そういう真面目さが騎士らしいといえばらしい。


「もうじきニュウイルドに着く。皆の者! 気を引き締めておけ!」


 ローザが声を張り上げる。

 目的地であるニュウイルドの街は、魔王領との国境沿いにほど近い。それゆえに他の地方よりも魔物の出現が多く、定期的に騎士団が魔物を狩りに遠征を行っているそうだ。

 魔物を狩る。

 あの少女のことを知ってから、それについて思うところがないわけではないけど、人里に降りてきてしまった獣は狩らないと人々の生活がままならなくなってしまう。

 それに、基本的な魔物は


「ぐぎゃあああっ!!」

「ぐるぁああぁっ!」

「団長! 魔物の群れが!」

「いい。列を乱すな! 私が相手をする」


 木の間から数匹。紫色の針のように鋭い毛をもった魔物が現れた。騎士たちは素早く剣や槍など己の武器に手をかけて戦闘に備えた。

 ローザの乗る馬が駆ける。手にする大剣を構えると、剣の刃先が赤く発光しだした。ローザの大剣が炎に包まれる。炎を宿した剣が思いきり振るわれると、熱い風が頬を撫でた。

 魔物もろとも、一瞬で近くの木々も消し炭となっていた。


「すご」

「すっげー! ローザ団長!」

「さすがっす!」


 同じようについて来た騎士見習いたちが歓声をあげる。

 基本的に魔物は理性もなく言葉を介さないものが多い。死体も残らず消し炭となった魔物の跡を見つめる。


「あれは彼女とは違うよ」

「うん、わかってる……」


 分かってはいるけど、わからない。

 もやもやとした感覚は消えないまま、手の中で剣をもてあそぶ。

 でもたぶん、答えが出なくても考え続けなきゃいけないことなんだろうな。

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