第7話 聖剣の呪い
途端に少女は顔を歪めた。
「なまえはない」
「えっ」
「わ、わたしはお前とトモダチにはなれない」
「えっ」
「だって、わたし、……わたしは、」
「ちょ、ちょっと大丈夫……?」
自分の髪を力いっぱい引っ張りながら、少女はうわごとのようにぶつぶつと繰り返す。肩を丸めて、何かに苦しみだしている。傷が悪化したのかと、体を支えようと手を伸ばしたのを、振り払われた。
高い音が地下牢に響く。明らかな拒絶だ。
「っ……」
「やさしくしないで、おねがい」
泣き出す寸前なのを何とかこらえている顔だった。少女の目がぐるっと白目をむく。体から力が抜けて、倒れかけたのを支える。
少女は再び、意識を失ってしまった。
「……ウルバノよ。そこまで言うなら、その者とともに罰を償え」
「もちろんです」
「国王陛下あ!?」
「内容はのちほど知らせる。医師を呼び、魔物に治療を受けさせろ。処罰の前に死なれても困る」
「ありがとう、父上様」
国王は尊大に鼻を鳴らすと、そのまま地下牢の階段を上っていった。
意識のない少女を抱き上げて、私も立ち上がる。医師を呼ぶ許可も得られたことだ。とりあえずは安静に、ベッドで眠らせてあげたい。
「おお、これはひどい傷ですな……」
記憶喪失事件のときに私を診た宮廷医師が今度はベッドで眠る少女を診てもらっている。
場所は私の部屋だ。さっきのこともあり少女から目を離すのは躊躇われた。
腕のいい信頼のおける医師であるけど、一つだけ不安もある。
「痕は残ってしまうかな」
「なるべく痕を残さぬ、というのが我らの信条でございますが。ここまで時間が経過していると、少しばかり難しいかもしれませんな」
「時間が経過……血が出ていたし、出来たばかりの傷に見えたけど……」
「ううむ……これは、呪いの類でしょうな。門外漢ですので断言はできません、魔法師のアキーレ殿の方が詳しいのでは?」
医師の言葉でソファーの隣に座る先生を見る。先生はいつの間に帽子を取ってきたのか、いつもの飾りのついた三角帽子を目深に被って顔を隠している。
「先生」
「あーあー、聞こえませんよう。先生は魔物の治療なんてぜっーたいに、しません」
「先生……」
「そんなかわいそうな声を出しても無駄ですう……。一つ、殿下がお願いを聞いてくれるなら、手伝ってもいいですけどねえ……」
「なんでも言ってください」
勢いよく先生が私の頬を両手で挟む。ばちん、と大きな音が鳴ったけど音の割りに痛くはなかった。
帽子のつばが私のひたいにあたり折れ曲がる。帽子の下で先生の真剣な目が見えた。
「自分を殺せ、だなんて二度と言ってはいけません。冗談でも、本気であるなら尚更に、二度と、私にも、御父上にも聞かせてはいけませんよ。ウルバノさま……アキーレからのお願いです」
「……ごめんなさい。気を付ける……」
まさか、そこを言及されるとは思わなかった。
謝ると、先生はいつものように緩く微笑む。手を離すと、軽い足取りで立ち上がりベッドへと向かった。
ベッドを覆うカーテンの隙間から魔法の光が漏れだす。ほっと、息を吐く。
しばらくして、先生がカーテンの間から顔を覗かせた。
「殿下。一応、ご報告しておきますねえ。さきほども思いましたけどお、やはり間違いありませんねえ。この傷は紛れもなく聖剣の効果でございますよう」
「聖剣の?」
「そうですう、聖剣にいくつかある効果の一つですねえ。聖剣によって負わされた傷は決して塞がれないというものですう」
淡々と先生が言う。
と、いうことはだ。少女は聖剣によって傷ついたということで……?
「つまり、どういうこと……?」
「つまり聖剣由来の呪いですのでえ、一般的な解呪魔法は効きません。呪いを解くには使い手が聖剣に命令をする必要がございますう」
聖剣の使い手って私じゃね?
いやでもあれって誰でも抜けるからな……ということは元の持ち主だったっていう国王に解くように頼めばいいんだろうか。
「……日が沈んでまいりましたねえ。殿下、ちょっと聖剣を抜いて持って来てくださいなあ」
「えぇ……怒られないかな」
「ですのでえ、見つからないようにこっそりと、お願いしますねえ。あっ、もちろん。魔物の少女がこのままでかまわないなら、無理はなさらないでくださいねえ。先生はそれでも困りませんからあ」
のほほんと言う先生を睨む。勢いよく立ち上がった。
「行ってくる」
「はい~、お待ちしてますう」
斜陽が廊下を橙に染め上げて影を落としている。
大広間までの長い廊下を歩く。早くあの子をどうにかしてあげたくて自然と早足になっていた。
廊下を走ってはいけないと、もう何度も叱られてきた。……あれ?
ふと足を止めて来た道を振り返る。誰の姿もない。当然だ。だって誰ともすれ違わなかった。
それがおかしなことであると、ふと思う。巡回の騎士はどうしたんだろう。
ここまでずいぶんと歩いた。いつもであるなら既にすれ違っているはずだ。それがいない。
あれ、あれれ?
首を傾げながら、再び視線を前に戻す。息を飲んだ。
「どうなってるの……!?」
廊下の終わりが見えなくなっていた。
明らかな異常事態に心臓が激しく鼓動し始める。
キョロキョロと周囲を見渡す。やはり人の気配はなく、そのまま廊下を走る。
終わらない。廊下が。
いつまで走っても、どこまで走っても廊下が続く。窓から差し込む夕日すら少しの変化もない。
足を止めて、途中の部屋の扉を開ける。中にも誰もいない。
扉を開ける。誰もいない。扉を開ける。誰もいない。扉を開ける。誰もいない。
窓は開かなかった。やがて進み続けると開け放されたままの扉が見えてくる。
一周して、すべての扉が開ききり、廊下にも室内にも誰もいないことだけがわかった。
大きく息を吐く。間違いなく、これは魔法だ。
あり得ない状況に置かれたとき、まず魔法を疑えとは先生の教えだった。直接、体に作用するものでさえなければ、大抵はどうにか出来るとも。
魔法なら、魔法紋を破壊してしまえば解けるはずだ……たぶん。魔法紋を探そう。
誰が仕掛けたかは、魔法を解いてから考えればいい。それに早く聖剣を持って行かないと、あの子が長く苦しむことになってしまう。
「がんばるぞー! おー!」
意気込んで、また廊下を歩きだす。
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