第41話:ラストバトル

 魔族と化したエルザと、オレは対峙する。


『ふっふっふ……ようやく二人きりになれたね、ハリト?』


 エルザは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと地上に降りてくる。


「ああ、待たせたね、エルザ。どんな手段を使っても、キミを止めてみせる!」


 彼女の前に進んでいく。

 この周囲にいる、戦闘可能な剣士はオレだけ。


 魔族化したエルザを止めないと、被害が大きくなってしまう。

 校舎の地下に避難している同級生は、間違いない惨殺されてしまうであろう。


 あと学園でオレに関係していた人物。

 先生たちや食堂のおばちゃんたち、マリアの屋敷の人もターゲットにされてしまう。


「最後に、もう一回だけ聞かせてくれ。何が目的なんだ、エルザ?」


『ふっふっふ……何度も言ってあげるわ。私とハリトの邪魔をした奴は皆殺し。そしてハリトも殺して、私たちは一緒になるの!』


 今のエルザは正常な思考ではない。

 おそらくキタエルの街の市民すらも、虐殺していくであろう。


 それほどまでに大きな狂気を、今の彼女から感じていた。


「分かった。それなら力づくで止めるよ、キミを」


『面白い冗談ね、ハリト? 少しくらい強くなって、何か勘違いしていない? アナタは私に勝てないのよ。いけ、魔剣術……【黒炎斬こくえんざん】!』


 いきなりエルザが攻撃を放ってきた。

 先ほどの周囲を吹き飛ばす、爆炎の斬撃。


 これの受け流しは不可能。

 完璧に回避するしかない。


 それなら!


「いくぞ……【走馬灯そうまとうモード・壱の段】発動!」


 全神経を集中する技を発動。

 直後、エルザからの斬撃が、ゆっくり見えるようになる。


「よし!」


 オレはそのまま横に回避。


 ヒューン、ドッゴーン!


 闘技所の一部が、吹き飛ぶ。

 先ほどまでオレがいた場所だ。


『それは、前回の速く反応する技ね? そういえば、いつの間に、そんな技を会得していたの? 王都では無かったはずなのに?』


 攻撃を回避されても、エルザは余裕の表情。

 まだ奥の手があるのであろう。


「王都から、このキタエルの街の道中で、開眼したんだ。その後は鍛錬でモノにした」


 だからオレからは迂闊には攻めこめない。

 会話をしながら、相手の隙を伺う作戦に移る。


『そっか、ハリトも努力していたんだね。でも……無駄になるけどね! 魔剣術……【双黒斬そうこくざん】!』


 エルザは新たな技を発動。

 凄まじい踏み込みで、斬りかかってくる。


「くっ……【走馬灯そうまとうモード・壱の段】発動!」


 全神経を集中する技を、発動して対応。

 エルザからの突撃が、ゆっくり見えるようになる。


 ――――だが直後。


『でも強くなったのは、ハリトだけじゃないのよ! いくわよ、【走馬灯モード・地獄絵図ヘル・インフェルノ】!』


 エルザが新たな技を発動。


『遅いわよ、ハリト!』


 直後、彼女の動きが一気に加速。

 オレの回避先に、先回りされる。


「――――なっ⁉」


 まさかのことに言葉を失ってしまう。


『死になさい、ハリトぉおお!』


 目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。

 このままでは本当に死んでしまう。


「くっ……『流れる水のように、全て受け流せ』……剣術技【第一階位】三の型、【雷流らいりゅうの構え】!」


 咄嗟に防御系の技を発動。


 シャン! シャン! シャン! ズシャ!


 だが最後の一撃だけ、完璧に防御できなかった。

 オレの左腕にダメージを負ってしまう。


「くっ!」


 後方に下がり、いったい間合いをとる。

 魔力を整えて、左手の痛みに和らげる。


 ふう……それにしても、エルザのあの技は、いったい⁉

 オレの【走馬灯そうまとうモード】と酷似した技だった。


『不思議そうな顔ね、ハリト? 自分の技が真似されて、ショックを受けているのかしら?』


「ああ、そうだね。悔しいよ」


 会話をして、左腕の回復する時間を稼ぐ。


『私のこの技はその名の通り、地獄を見て開眼したのよ』


「地獄……だって?」


『そうよ……あれは本当に地獄だったわ。確か88,888回目の周回で発狂しかけた時に、この技は会得したのよ。そして十万回目で私は、この素晴らしい魔の力を得たのよ!』


「えっ……⁉」


 まさかの言葉が、エルザの口から出てきた。

 思わず声が出てしまう。


 ……『88,888回目の周回』……その言葉に、オレが何故か聞き覚えがあるのだ。


(うっ……頭が……痛い……)


 凄まじい頭痛が襲ってきた。

 頭の中が一気に、ひっくり返ってしまったような激痛だ。


 頭の中がグルグルして、記憶の全てが反転していく。

 そして新たな記憶が浮かんできた。


(あっ……この記憶は、まさか? オレは……本当に“あの迷宮”に行ったのか⁉)


 ――――直後、全ての記憶を思い出す。


 キタエルに到着直前に、山中で不思議な穴に落ちたことを。


 不思議な迷宮に、閉じ込められてしまったこと。


 気の遠くなるような周回ループに、ひたすら挑戦していったこと。


 エルザとの思い賢者モードで、全ての発狂タイムを乗り切ったこと。


 そして999,999回の周回をクリアして、最後には地上に戻れたことを。


(ああ……そうか……あの白昼夢は、実際の体験だったのか……)


 今となって理解した。

 夢ではなく現実だったこと、思い出し実感する。


(つまり、エルザもオレと同じ穴に落ちて、アレを体験したのか。でも十万回で発狂モードに耐えられず、魔族化してしまったのか……)


 不思議と今のオレには、彼女のことが理解できていた。

 あの不思議な迷宮には心を弱い者を、魔の領域に引き入れる罠があったのだ。


 オレは運よく最後までクリアできた。

 エルザとの辛い思い賢者モードがあったお蔭で。


 でも普通の剣士では不可能。

 エルザほどの剣士でも、あの迷宮は十万回までしか到達できない。


 つまり悪魔の領域の迷宮だったのだ。


(エルザ……だから、あんな姿に……)


 今の彼女の姿に、自分もなっていた可能性もあった。

 エルザの姿は、自分の鏡でもあるのだ。


(ん? エルザの手に持つ、あの剣は……?)


 魔族化したエルザは、漆黒の剣を握っている。

 形は少し違うが、見覚えがある剣だ。


(あれは、そうか……あの迷宮に出現してきた剣か!)


 自分が迷宮で使った剣とは、少しデザインが違う。

 だが間違いなく同種の物。


(そうか。エルザを変えたのは……狂気に変えているのは、あの剣だ……間違いない!)


 漆黒の剣から、禍々しい力を感じる。

 その力は瘴気となり、エルザの全身を駆け巡っていた。


(つまり、あの剣を破壊できたら……エルザを⁉)


 もしかしたら正気に戻すことが、出来るかもしれない。


 いや、“今のオレ”は分かっていた。

 あの剣を粉砕したら、必ずエルザが元に戻ることを。


 よし、それなら手はある。

 エルザを助ける手段が。


『ん? さっきから何を黙っているの、ハリト? 私の圧倒的な力に絶望しているの?』


「ああ、そうかもね。絶望していたんだ、今までの自分の不甲斐なさに」


『自分の不甲斐なさに? ハリトが?』


「ああ、そうだ。オレは幼い時から、流れされて生きてきた……」


 オレには剣の才能がなく、剣士になる夢を何度も諦めてきた。

 特に幼馴染のエルザが、聖女と覚醒した時、一番ショックが大きかった。


 その後は彼女に誘われて、失意のまま王都に行った。

 貴族となったエルザの温情で、王都で怠惰に過ごしていたのだ。


 だから自分の人生に、オレはずっと言い訳をして生きてきた。


 ……『自分には剣の才能がない。だから、仕方がない』と。


「オレはダメな男だった。だから王都を出たんだ。過去の自分を変えたくて。自分に絶望をして、人生を変えたかったんだ……」


 王都を出てから、自分は少しだけ変えられた。

 一人前の剣士になるため、立派な男になるために突き進んできた。


「だからキミを止める。大事な幼馴染であるエルザのことを、必ず助け出す! その絶望と狂気の姿から!」


 オレは剣を構える。

 カテリーナ先生から託された神剣北剣エルファングを、エルザに向ける。


『ハリト、ようやく、私を殺す気になってくれたのね。嬉しいわ! 私もアナタを殺してあげるわ!』


 エルザも漆黒の剣を構えてくる。

 禍々しいほどの瘴気が、剣先から放たれていた。


 これで更に確信した。

 あの剣を完全に破壊すれば、エルザを助けること出来る。


「ふう……」


 オレは意識を集中。

 全身の魔力を高めていく。


 集中するんだ、オレよ。

 あの無限のような迷宮を、くぐり抜けてきた精神力を、今こそ思い出すんだ。


『これで終わりよ、ハリト……魔剣術……【双黒斬そうこくざん】!』


 エルザは先ほどと同じ技を発動。

 だが先ほどの以上の踏み込みで、斬りかかってくる。


「いくぞ! 【走馬灯そうまとうモード・壱の段】発動!」


 オレも全神経を集中する技を、発動して対応。

 エルザの突撃が備える。


『だから、それは無駄だって言ったでしょ、ハリト! 【走馬灯モード・地獄絵図ヘル・インフェルノ】!』


 エルザも走馬灯モードの上位技を発動。

 一気に動きが加速する。


『私の腕の中で、死になさい、ハリトぉおお!』


 先ほどの以上の速度と斬り込み。

 目の前にエルザの鋭い斬撃が、無数に迫りくる。


 今までのオレでは、どうやっても回避は不可能。


 ――――だが“今のオレ”なら。


「ふうぅううう……いくぞ……【賢者タイム】発動!」


 だから新たな技を発動。

 賢者タイム……あの無限の迷宮を、攻略した無敵の技だ。


『なっ……ハリトの動きが……消えて、いく⁉』


 勝利を確信していたエルザは、絶句していた。

 何故なら彼女は、オレの姿を見失っていたのだ。


 ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!


【賢者タイム】に効果で、オレの動きは極限状態になっていたのだ。


 ――――その一瞬の隙を見逃さない。


「いくぞ、エルザ! 『全てを斬れ』……剣術技【第四階位】ついの型……【雷光斬ライ・コウ・ザンせん】!」


 今の自分の中で最強の剣術技。

 あの迷宮で会得していた【第四階位】を発動。


「うぅおおおおおお! 消えろぉお! 黒き剣よ!」


 エルザの黒剣に、全身全霊で叩きつける。


 ヒュイィイイーン! 


 直後、凄まじい閃光が放たれる。


 ジュ、ゴォオオオオオオオン!


 爆音も闘技場に、響き渡る。


 ブッバァアアアアアン!


 更に凄まじい衝撃波が、押し寄せてきた。


 オレの剣術技と、エルザの魔剣術が共鳴。

 あり得ない大爆発をしたのだ。


「うっ……⁉」


 凄まじい衝撃波に、オレは吹き飛ばされてしまう。


 まずい!

 このままでは地面に叩きつけれてしまう。


「ふう……【走馬灯そうまとうモード・壱の段】発動!」


 全神経を集中。

 何とか着地に成功する。


「エルザ⁉」


 着地と同時に、幼馴染の姿を探す。

 エルザは吹き飛ばれた形跡はない。


 つまり爆心地にまだいるのだ。


「エルザ! 待って! 今助けに行くから!」


 まだ粉塵が立ち上る爆心地に、向かっていく。

 先程の衝撃波は、尋常ではなかった。


 魔族化した彼女でも、あの近距離では無事ではないのだ。

 粉塵の中を歩き回り、エルザの姿を探していく。


「エルザ⁉ どこだ⁉ ん⁉ いた⁉」


 地面に倒れている人影を、発見。

 急いで駆け寄る。


「ああ……エルザ?」


 そこに倒れていたのは、一人の少女。

 金髪の美しい姿に戻っていた、エルザだ。


「今すぐ助けるから!」


 回復の魔道具を、急いで持ってくる。

 意識のない彼女の身体に繋いで、発動。


 頼む……意識を取り戻してくれ。


「んっ……ウッ……」


 エルザが意識を取り戻す。

 全身に生気が戻っている。


「ハ、ハリト……?」


「ああ、そうだ、オレだ! 分かるか?」


「うん……もちろん……でも、ここは、どこ?」


 ああ、良かった。

 エルザは正気に戻っている。


 まだ意識が朦朧もうろうとしているが、間違いない。

 いつもの元気な幼馴染エルザだ。


「記憶が混乱しているんだ。ちゃんと治療してもうから、もう少し寝ていてもいいよ」


「うん……分かった……お言葉に甘えて、少し休むね……」


 エルザは再び目を閉じる。

 かなり体力と魔力を消費していたのであろう。


「ふう……これで終わったのかな? とりあえずカテリーナ先生に相談して、治療してもらおう」


 こうして魔族化したエルザを、助けることに成功。


 色んな問題が山積みだけど、とにかくひと安心。


 選抜戦から続いた、長い一日がようやく終わったのだ。


 ◇


 ◇


 ◇


 だが、この時のオレは、気が付いてなかった。


 粉々にしたはずの黒剣が、何者かによって持ちされていったことを。


 それに気が付くのは、かなり後になってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る