第39話:魔族エルザ

 キタエル学園で一大イベント【学内選抜戦】。

 マリエルとミーケたちと挑み、決勝戦まで進む。


 オレが大将戦で三人抜きをした直後、事件が起きる。

 魔族化したエルザが、闘技場を強襲してきたのだ。


 ◇


【魔族】

 魔王の直属の眷属けんぞくである人型の魔物。

 それほど数は多くはないは知性があり、高い戦闘能力を有する。


 普通の魔物と大きく違うのが、【魔王の加護】を有していること。


【魔王の加護】は通常の攻撃を、大きく減退させる。

 破れるのは特殊な神剣や加護を持つ者だけ。


 また魔族には、強さによって【上級魔族】と【下級魔族】の階級がある。


【下級魔族】なら加護や神剣がなくて、腕利き剣士であれば辛うじて勝つことが可能。

 だが【上級魔族】は別次元。


 神剣や加護無しの剣士が勝つことは、絶対に不可能のだ


 ◇


 そんな危険な魔族と化したエルザが、大観衆の前に出現する。

 上空にいるエルザから、尋常ではない魔力を感じる。


 もしか【上級魔族】なのかもしれない、アレは。


 とにかく動けないマリエルとミーケを、かばえる場所に移動。


「エルザ、どうして、そんな姿に⁉」


 そして上空にエルザに問いかける。

 いった何が彼女に起きたのか?


『「どうして、そんな姿に?」 質問の意味が分からないわ、ハリト? 私はエルザよ? アナタの幼馴染な。まさか忘れている訳じゃないでしょ?』


 エルザは蛇のような舌を出し、不気味な笑みで答えてきた。


 もしかしたら彼女には自覚がないのかもしれない。

 魔族と化ししまったことに、気が付いてないのだ。


「おい、あれはなんだ……?」


「空を飛んでいるのか……あれは?」


「もしかしたら何かの新しい余興か?」


 観客たちは状況が把握できずにいた。

 突然の魔族の強襲に、理解が追いつかないのだ。


 これも仕方がない。

 何しろ魔族が最後に姿を現したのは、今から二十年前らしい。

 そのため魔族の姿を、見たこともない者の方が多いのだ。


『嫌な感じ。私とハリトの再会の邪魔をしないでよ……魔剣術……【黒炎斬こくえんざん】!』


 いきなりエルザは斬撃を発射。

 剣術技ではない、聞いたことが技だ。


 ヒューン、ドッゴーン!


 観客席の一部が、吹き飛ぶ。

 凄まじい威力だ。


 数十人の観客が悲鳴をあげることも出来ず、一瞬で黒焦げになる。


「ひっ⁉」


「なんだ⁉ まさか……魔族⁉」


「ひっ、逃げろ⁉」


 ようやく事態を、飲み込めた観客たち。

 一瞬でパニックになり、一斉に逃げだす。


 一気に出口に殺到したため、更にパニックが伝染。

 コロッセオ内に悲痛な悲鳴と、怒声が響き渡る。


『ふう、これで静かになりそうね?』


 そんな地獄絵図を見ながら、エルザは笑みを浮かべていた。


 オレは彼女を止めたいが、今は後ろのマリエルとミーケを守ることが先決。

 爆風で吹き飛んできた破片を、迎撃していく。


「おい、あの魔族を包囲しろ!」


「油断するな!」


 闘技場の衛兵たち出動。

 全員が腕利きの剣士だ。


 十人以上で魔族エルザを包囲する。


「待って、その魔族は!」


 オレは衛兵を止めようとする。

 何故なら相手は。普通の魔族ではないのだ。


「いくぞ! 一斉に攻撃を仕掛けるぞ!」


「おりゃ! 剣術技……!」


 遠距離系の剣術技を、衛兵たちは一斉に発動。

 全方位から魔族エルザに攻撃をしかける。


 ヒューン、ドガン! ザガン! ドガン! ザカン!


 凄まじい衝撃波が、地上まで跳ね返ってきた。

 動けない後ろの二人を、オレは必死で守る。


『ふう……今のなに? 攻撃のつもり、だったの?』


 だが魔族エルザは無傷だった。

【魔王の加護】……衛兵たちの渾身の斬撃は、彼女の魔族の表面すら傷つけられなかったのだ。


『そこ、邪魔よ……魔剣術……【黒炎斬こくえんざん】!』


 エルザは再び攻撃術を発動。


 ドッドーーーン!


 衛兵たちは声を上げることも出来ず、一瞬にして黒焦げになる。


「ひっ⁉」


「まさかあの魔族は……上級魔族クラスなのか?」


「そ、そんな馬鹿な……」


 後から駆け付けてきた、他の衛兵たちは足を止める。

 ようやく相手の恐ろしさに、気が付いたのだ。


 襲来したのは普通の魔族ではない。

 神剣や加護がない衛兵では、絶対に勝てない上級魔族だとう事実に。


 そして今のキタエル学園に、神剣は一つしかない。

 だが校舎の地下の宝物庫に、今は保管中。


 ――――つまり、この場にいる者は誰も、上級魔族には対応できないのだ。


『判明! 相手は【上級魔族】クラス! 学園剣士たちはマニュアルに従って、今すぐ校舎の地下に退避を! 教師陣は生徒を死守せよ!』


 会場内に緊急警報が流れる。


 剣士学園の生徒は未来の宝。

 彼らを一人でも多く逃すことが、学園にとって最優先なのだ。


「「「う、うわぁあ!」」」


 生徒たちは指示に従って、観客席から退避していく。


「く、くそっ!」


「おい、オレたちも戦おうぜ!」


 だが数人の生徒が留まろうとする。

 同じクラスの連中だった。

 剣を構えて、魔族エルザに挑もうとしている。


「おい、お前たち! 早く、退避を!」


「でも、先生! 魔族を見過ごすわけにはいけません!」


「今のお前たちでは、足手まといだ! 訓練通りに、退避しろ!」


「は、はい……」


 そんな連中も、強制的に教師に連れていかれる。

 神剣と加護がない者は、いくらいても足手まといにしかならないのだ。


(生徒は強制退避か……悪くない判断と対応だな……)


 後ろのマリエルとミーケを守りながら、オレはその光景を横目で確認。


 学園剣士は、大陸の希望の宝。

 現状では退避は最良の選択だ。


(それに今のエルザを相手だと、全員束になっても勝てない……)


 対峙して分かった。

 今のエルザの尋常ではない強さを。


「ハリト様、私たちも退避を!」


「ハリトにゃん!」


「二人とも、まだ動くな! 逃げても、無駄だ!」


 退避しようとした二人を、手で制止する。


 何故なら今のエルザには、違和感がある。

 先ほどから観客席を、わざと見過ごしていたのだ。


「たぶん、あっちの校舎も、あの魔族の射程圏内だ!」


 おそらく全生徒が地下に退避したタイミングで、攻撃を仕掛けるつもりなのであろう。

 邪魔な相手を、一網打尽にする魂胆なのだ。


『さすが、ハリトだね。私の考えを見抜いていたのね? アイツ等は、私のハリトを奪った連中……だから許す訳にはいかないのよ』


 オレの言葉を聞いて、エルザは恐ろしい表情を浮かべる。

 変貌した彼女にとって、自分以外の存在が憎悪の対象。


 特にオレに関わった人を、異常なまでに排除しようよしている。


 くっ、なんとかして、エルザを説得しないと。


「エルザ、オレの言葉は分かるんだろ? どうして、こんなことをすんだ? 剣を収めてくれ!」


『「どうして、こんなことをする」ですって? 変なことを聞くのね? だって、当たり前のことでしょ、私とハリトの間を邪魔する者は全部、邪魔なの。だからこの地上から消し去るの。どこがおかしいの?』


「くっ……エルザ……」


 やはり答えがおかしい。


 明らかにエルザは、思考が湾曲している。

 説得が出来る状態ではないのだ。


「それでも頼む! 剣を収めてくれ、エルザ! 元のキミに戻ってくれ! 幼い時のように、真っすぐで優しくて、正義感に溢れる、オレの幼馴染エルザに!」


 だがオレは説得を止めない。

 相手は魔族の姿をしているが、大事な幼馴染。


 最後の瞬間まで、諦める訳にいかないのだ。


『うっ……「幼い時のように」……「オレの幼馴染」……そうね。そうだったよね……』


 エルザの表情が変わる。

 表情から残虐性が消えて、穏やかな顔になる。


「エルザ、正気を取り戻したの?」


『そうね……私は最初から正気よ。だから……その女どもを消し去ってやるの! 私の大事なハリトを奪った罰として!』


 再びエルザの顔が急変する。

 今までない形相で、マリエルとミーケをにらみつける。


『消えろ……泥棒猫どもめ……』


「止めろエルザ!」


 魔族エルザが剣を構える。

 まだちゃんと動けないマリエルとミーケを、先ほどの爆炎を焼き殺そうとしているのだ。


 どうする⁉

 あの攻撃の直撃は、受けきれない。


 マリエルとミーケを助けるためには、発動前にエルザを斬るしかない。

 しかも本気の斬撃で。


 だがオレにエルザを殺すことは出来ない。



『消えろ!』


 ――――エルザが斬撃を放とうとした、その時だった。


 一人の女剣士が、闘技場に飛び込んでくる。


 白衣を着た眼鏡の女性……カテリーナ先生だ。


「いきます……剣術技……神剣【魔破斬り】!」


 カテリーナ先生が乱入と同時に、剣術技を発動。


 ドッ、ザガァアアアン!


 上空のエルザに斬撃を食らし、吹き飛ばす。

 凄まじい威力の斬撃だ。


 普段のカテリーナ先生の数倍の火力。

 そして見たことのない神々しい剣を、右手に持っていた。


「先生⁉ その剣は……?」


「これはキタエル学園の唯一の神剣北剣エルファングです。保管庫を開けるのに手間取り、駆け付けるのが、少し遅くなりました」


 なんと、先生が神剣を持ってきた?


 どういうことだろう。

 だが助かった。


『くっ……また邪魔者が来たのね! 許さないんだから! 皆殺しよ!』


 こうして魔族化したエルザとの戦いが、幕を上げるのであった。

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