第38話【閑話】最期のエルザ視点

 《幼馴染のエルザ 視点》


 時間は少しだけ戻る。


 学園から帰宅途中のハリトたちを、エルザが襲撃。

 だがハリトの【雷流らいりゅうの構え】によって、全て無力化されて直後のこと。


「なっ……なっ……あ、あのハリトが剣術技を、発動できた⁉ ハリトが早過ぎて、この私でも見えなかった……」


「エルザ……大丈夫? 少し落ち着いてから、オレと話そうよ?」


「う……ハリト……ありがとう……」


「エルザ? さあ、オレの手を握って」


「私は……もう……終わりよ……さよなら……」


 そしてエルザは逃げ出した。

 幼馴染のハリトの元から。


 野を越え、山を越えて、ひたすら遠くへと逃げていった。


 ◇


「ここは……どこ?」


 気がつくと、見知らぬ山中にいた。


 月夜の照らす時間だ。


「まっ、いっか……どうせ私は……終わりだし、もう……」


 エルザは失意のどん底にいた。


 復讐のために探していた幼馴染のハリト。

 道に迷いながらも、ようやく北の学園で見つけ出した。


 だが激情にかられるままに発した斬撃は。ハリトに無力化されてしまう。

 その時のハリトの動きすら、エルザは目視することが出来なかったのだ。


「あの……ハリトに負けるなんて……私も、もう終わりね……」


 完膚なきまでに負けて、今のエルザの心は真っ新になっていた。


「そういえばハリト、変わっていたな……」


 数ヶ月ぶりに再会したハリトは、別人ようになっていた。

 幼い時から付いていた脂肪が消え、精悍な顔立ちになっていたのだ。


「ハリト……別人のように……いえ、違うか。ハリトは昔から、あんな感じだったよね……」


 エルザは知っていた。

 ハリトの本当の素顔を。


 彼が誰よりも真っすぐで、精悍な魂の持ち主であることを。


「だから私は……甘えていたのかな? ハリトの優しさに……」


 エルザは聖女として王都に招かれた。

 多くの者に期待されて、過度のプレッシャーの日々だった。


 弱い彼女の心は、壊れかけていた。


 ――――『ああ……もう駄目だ、私は』


 だが周りの大人たちは、彼女を更に追い込んでいった。


 ……『エルザ、大丈夫?』


 そんな中で一緒に同居していた、幼馴染ハリトだけ優しかった。

 自分の負の部分を、彼は全て受け止めてくれた。


 だが彼女は甘えすぎていた。


 そして“あの日の絶縁の事件”が起きた。


『それじゃ、さよなら、エルザ」』


 エルザは絶縁された。

 唯一の心の拠り所だったハリトに、見捨てられてしまったのだ。


 それからは負の連鎖。

 全てが上手くいかず、今にいたる。


「『ハリト……ありがとう……』か。もう少し、早く、言えたらよかったのにな、私……」


 エルザは後悔をしていた。

 先ほどの言葉を、言うべきタイミングを。


 今までの人生で幼馴染ハリトに、もっと素直に言うべきだったことを。


 全てを失った今になって、ようやく気が付く。

 ハリトの大事さと、自分の心の中での重要性を。


「そっか……私、ハリトのことが好きだったんだ……王都にいた時から……うんうん。昔からずっと、ね」


 エルザの自分の気持ちに、気が付く。

 ようやく正直に、素直になれたのだ。


「よし……戻ろう。戻って、ハリトに伝えよう。この気持ちを。たぶん拒絶されるかもしれないけど……それでも後悔しないために」


 エルザの瞳に生気が戻る。

 この数年間で失っていた心が、ようやく戻ってきたのだ。


「よし、拒絶されても、何度でも言ってやるんだから。『私はハリトのことが大好きだ!』って!」


 ――――心の願望を、そう漏らした時だった。


 ボワン。

 エルザの足元に黒い穴が出現。


「えっ⁉」


 同時に身体が吸い込まれて、落ちていく。

 そして意識を失う。


 ◇


 それから少し時間が経つ。


 エルザは意識を取り戻す。


「ここは……どこ? 地の底じゃ……ないよね?」


 目を覚ましたのは、異様な空間だった。

 広さは屋敷の個室くらい。


 壁はあるけど、触ることが出来ない。


「ここは地獄なの? いえ、生きてはいるのね、私は?」


 試しにホッペをつねってみるが、痛覚はある。

 落下で死んだ訳はなさそうだ。


「ふう……『世の理を示せ!』……剣術技【第三階位】四の型、【聖感知】!」


 エルザは剣術技を発動。

 聖女にだけ使える、感知系の技である。


「なるほど、ここは異空間なのね?」


 特殊な剣術技によって、エルザはある程度までの情報を仕入れる。


 ボワン。


 直後、空間に異変が起きる。

 先ほど同じ異音が発生。


 カチャーン。


 そして金属音。

 どこからともなく目の前に、“一本の剣”が落ちてきたのだ。


「なるほど、これが“鍵”という訳ね?」


 パッと見は普通の片手剣。

 色は黒く剣の横に、何かの呪印が掘られている。


「あとは、この先の迷宮ループをひたすら、クリアしていけばいいのね? 随分と簡単ね!」


 エルザは不敵な笑み浮かべながら、進んでいく。


「時間の経過は外とは違うみたいだけど、グズグズしている暇はないわ。さっさと終わらせて、私は行かないといけないのよ……ハリトの元へ!」


 こうして彼女は【次元の狭間】の迷宮に挑んでいく。


 ◇


 エルザの【次元の狭間】の迷宮の攻略は、順調だった。


「ふう……これで千回。楽勝ね?」


 何故なら彼女な剥奪はくだつされたとはいえ、【聖女】の称号持ち。

 この程度のループ迷宮など、楽勝だったのだ。


 ◇


 しかし一万回を超えた辺りから、エルザの様子はおかしくなっていく。


「えっ……ちょっと、待って、まだ、なの……もう、無理なんだけ……でも、頑張らないと、ハリトに会いにいくために……」


 段々と精神が疲弊をしていく。


 魂の余裕が、消失していった。


 ◇


 ――――そして十万回に到達した時、その時は来てしまった。


「うぁああああああああああ!! ■■■■■■■■■あああぁああああああああ!!  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 今まで最大級の発狂タイムが、絶望の塊が、彼女の全身と細胞を襲ってきたのだ。


 魂の消失による恐怖。

 エルザの感情は消滅していく。


 そして彼女の容貌ようぼうは変化する。


 コウモリのような禍々しい羽を背中に生やし、全身の皮膚が赤褐色になり、鱗のように波打っていた。


 あの美しかった顔は……この世の者とは思えない、邪悪な形相になってしまう。


 彼女は魔族と化ししまったのだ。


 ――――才能ある剣士を、魔族化させる。


 この【次元の狭間】の裏なる力を、彼女は直に受けてしまったのだ。


『そうだ……ハリトに会いに行かないと……でも、どうしてだっけ? ああ、そうね。私がハリトを殺してあげないと……大好きなハリトを独り占めするために!』


 エルザは大空に飛びたった。


 自分の歪んだ欲望に、押し潰されながら。


『ハリト……待っていてね、殺してあげから』


 こうして幼馴染ハリトと闘技場で、魔族エルザは再会するのであった。

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