第37話決勝戦、そして

 キタエル学園の一大イベント【学内選抜戦】が開幕。

 オレはお姫様マリエルと猫獣人ミーケの三人で挑み、決勝戦まで進む。


 だが二人は謎の異変に襲われて、敗退。

 二人の想いを受けて、オレは大将戦に一人で挑むのであった。


 ◇


『それではこれより大将戦を行います!』


 司会者のアナウンスが響き渡る。


 0勝2敗で、もはや勝負は決まっていた。

 だが修練の場でもある選抜戦は、最後の一試合まで行うのだ。


「審判、オレは“今大会の大将の権利”を行使して“勝ち抜き戦”への移行を申請する」


 審判団に向かって宣言する。


 実は選抜戦には、ある“特殊なルール”が一つあった。


 今大会は三対三の団体戦。

 だが最後の大将だけは自己申告で、勝ち抜き戦に移行をできるのだ。


 今回はその権利を審判に申請する。


「おや、本気ですか? 今から三連勝するつもりですか、あなたは?」


 審判長の司祭長は、呆れた顔で訊ねてきた。

 何しろハリト団は、今のところ二連敗中。


 つまり勝利を勝ち取るためには、大将のオレが三人抜きをする必要があるのだ。


「本気です。それに三人抜きだと、時間がかかる。だから“三対一の変則マッチ”でいい。特に問題はないでしょう?」


「ほほう……正気ですか、あなたは?」


「最後くらいは、オレに花を持たせてください」


「なるほど、そういうことですか……面白い余興になりそうですな、これも」


 オレの提案に、司祭長はいやらしい笑みを浮かべる。


 よし、引っかかってくれた。


(これで……策は通った)


 今のオレの頭の中は、怖いくらいに冷静。

 大事な仲間マリエルとミーケを、卑怯な手で傷つけられた。


 だからこそ冷静沈着に、司祭長を騙してやったのだ。


『これより大将戦を行います! なおハリト団側からの提案で、三対一の変則マッチとなります!』


 神官長からの報告を受け、アナウンスが響き渡る。

 大将戦に特殊ルールが適用されたと。


 直後、会場は今までないくらいにザワつく。


「おい、負けている方が、勝ち抜き戦を申請だとよ⁉」


「本当か? 二連敗して自棄になったのだな……」


「しかも三対一の変則マッチとは、最後に面白い余興になりましたな……」


 観客席の誰もが、オレの無謀さを冷笑していた。

 今までキタエル学園の選抜戦の歴史の中で、大将が三人抜きした記録はない。


 しかも三対一は誰が見ても、圧倒的な不利な条件。

 オレが自殺行為の玉砕だと思っているのだ。


 そんな中、全く違う反応の一団もある。


「ハリト……頼むぜ……」


「オレたちの仇を討ってくれ……」


「キタエル学園の一年の代表として、奇跡を起こしてくれ……」


 それは同級生の連中。


 天に祈るように、オレに声援を送っていた。

 彼らも最後の奇跡を信じているのだ。


『それでは決勝戦を行います! 剣士教団学園チームの三名も準備を』


 そんな独特の雰囲気の中。

 司会に促されて、相手の三人が開始線に立つ。


 その顔にはゲスな笑みが浮かんでいる。


「へっへへ……こいつ、さっきの銀髪の女よりも、弱そうなチビだな?」


「ああ、そうだな。まぁ、あの女たちも大したことなかったがな。くっくっく……」


「キタエル学園など、所詮は三流だったという証拠だな……」


「おい、こいつは直ぐに場外にしないで、半殺しにして遊ぶぞ、お前たち」


「ああ、そうだな」


 三人とも完全に、オレのことを舐めている。

 圧倒的に他者を見下した、最悪の性格の奴らなのだ。


「…………」


 そんな三人と対峙しても、オレは口を開くことしなかった。


 何故なら今は大事な時間。

 マリエルとミーケの剣を、両手に握りしめていた。

 二人の想いを、心で感じている最中なのだ。


 下種な連中に、開く口など持ち合わせていない。


『それでは大将戦、はじめ!』


 審判の声は響き渡る。

 会場がザワつく中、大将戦が幕を上げた。


「オレは右からいくぜ!」


「ならオレ様は、左だな!」


 開幕と同時、相手の二人が動く。

 左右からオレを挟撃するために、一気に回り込んできたのだ。


「いくぜぇええ! 剣術技【第二階位】三の型……【骨砕き】!」


「おらぁああ! 剣術技【第二階位】四の型……【大蛇降ろし】!」


 二人はいきなり剣術技を発動。

 先ほどマリエルとミーケを吹き飛ばした大技だ。


(マリエル……ミーケ……)


 そんな瞬間でも、オレは冷静だった。


 右手にあるミーケの細身剣。

 左手に握るマリエルの片手剣。


 二人の剣の感触を確かめていた。


(こんなにも、使い込んで、いたのか、二人……)


 剣の柄布は、血と汗がにじみ、ボロボロだった。

 今まで二人の努力で、ここまで使い込まれていたのだ。


「死ねぇ! チビがぁ!」


「潰れろ、雑魚がぁあ!」


 そんな時、勝ちを確信している相手の顔が、左右から目の前に迫って来た。

 そして巨大な刃先も、オレの首元に迫る。


(ふう……二人の、この力……借りるぞ)


 時は満ちた。

 二人の想いを、今こそ剣に宿す。


「いくぞ……剣術技【飛風斬(ひふうざん)】! 【地針斬(ちしんざん)】!」


 左右の二対の剣。

 オレは別々の剣術技を同時に発動。


 これはマリエルとミーケの得意技。

 二刀流の応用で、全く違う型の剣術技を、同時に発動させたのだ。


 なぜ二人の技を発動できたか、自分でも分からない。

 だが今のオレは発動できる……そう確信して打ったのだ。


 グヤァアア!


 ガザァーン!


 二人の想いが籠った斬撃が、相手の二人に直撃。


「なっ⁉ ぐべへへへへへ!」


「あがっ⁉ グガぁあああ!」


 無様な顔で、相手は同時に吹き飛んでいく。

 吹き飛んでいく時、二人とも目を見開いていた。


 自分が攻撃を受けたことすら、把握していなかったのだ。


「ぐヴぇっ!」


「うがっ!」


 二人とも蛙が潰れたように、場外に落ちていく。

 全身をピクピクさせながら、白目を向いて口から泡を吹きだしていた。


 かなり本気の一撃を喰らわせてやった。


 死んではいないが、数日は動けないであろう。

 回復の魔道具を使っても、しばらく後遺症は残るかもしれない。


 さて、残るは一人だ。


「なっ……なっ……何が……起きたんだ⁉」


 残る一人は目を見開き、絶句していた。

 オレの動きが、まったく見えなかったのであろう。


 何が起きたか、まだ理解できずにいるのだ。


「お前には一生理解できないだろうな。マリエルとミーケが、この剣に込めた想いは……」


「な、なんだと⁉」


「この剣への想いは……あの二人は、お前たちの何倍も強い。医務室に行っても、覚えておけ」


「な、何を分けのことを⁉ くそっ! 死ねぇ! 剣術技……【第二階位】五の型、【烈火斬り】!」


 最後の一人は突進しながら、剣術技を発動。

 無防備なオレの頭に、斬りかかってきた。


「来世では精進するんだな! 『空を舞い、切り替えせ』……剣術技【第一階位】二の型、【雷燕らいえん返し】!」


 オレは剣術技を発動。

 カウンター攻撃で相手に食らわす。


「うがらぁああ!」


 相手の大将は、声にならない絶叫で吹き飛んでいく。

 そのまま場外でグシャリと落下。


 仲間と同じように全身をピクピクさせながら、白目を向いて口から泡を吹きだしていた。


「おい、審判長。終わったぞ」


「なっ……」


 唖然としている神官に、声をかける。

 何が起きたか、理解できていないのだ。


 一瞬で三人とも場外負けだと、教えてやる。


「な……なっ……なんだと⁉」


 司祭長は口をパクパクさせている。

 自分が不正をして勝たせていた生徒が、一瞬で場外負け。


 何が起きたか、理解が追いつかないのであろう。


「いや……なぜ……なぜ……絶対に我々は、負けないはずなのに……」


 まだ現実を直視できないのであろう。

 司祭長は顔面蒼白のまま、棒立ちになっていた。


「このままで済むと思うなよ。不正は必ず暴いてやるからな」


 小声で神官長を脅す。

 今のオレは最高に頭にきていた。


 どんな手段を使っても、今回の不正を明るみに出すつもりでいたのだ。


「おい、何が起きたんだ……」


「あの剣士教団の生徒が負けただと……?」


「でも、どうやって……?」


「この試合、どうなるんだ?」


 会場がザワつき始めてきた。

 観客たちは誰も、オレの攻撃が見えていなかっただろう。


 だから何が起きたか。理解できていないのだ。

 審判である神官長に、観客席の全ての視線が集まる。


「ひっ! わ、私は悪くない! 私は指示された通りに……ひっ!」


 正気を取り戻した神官長は、いきなり駆け出した。

 外へ繋がる通路に向かって、逃げ出そうとする。


「ちっ、逃がすか!」


 もちろん逃走なんて、させるつもりはない。

 オレはすぐに後を追う。


「ぐへっ⁉」


 その時だった。

 逃げ出そうとした神官長が、血を吐き出す。


「口封じ、か? いや、血じゃないぞ、あれは……」


 神官長が吐き出したのは血ではない。

 どす黒い、瘴気のような塊だった。


(何だ、アレは……⁉ いや、アレは……見たことがあるぞ⁉)


 その瘴気の塊に見覚えがあった。


 あれは確か……。

 キタエル学園に入学する前の道中。


 あの白昼夢で……⁉


 ――――その時だった。


 闘技場の上空から、何かが来る⁉


 ――――これはオレを狙った斬撃だ!


 オレは咄嗟に回避。


 ズッシャァアア!


 直後、闘技場の一部が吹き飛ぶ。

 反応すら出来ずにいた神官長は、粉々に吹き飛んでいた。


 くっ……酷い。


 いったい誰が⁉

 斬撃の発射元に視線を向ける。


「なんだ……あれは?」


 上空にいたのは、“人のよう”であり、“人ではない存在”。

 コウモリのような禍々しい羽を、背中に生やしている。


 全身の皮膚が赤褐色で、鱗のように波打っていた。

 顔は……この世の者とは思えない邪悪な形相だ。


「あれは……まさか、魔族⁉」


 闘技場の上空にいたのは、邪悪の根源たる魔族。

 かつて復活した魔王の直属の手下であり、かつて地上を荒廃させた元凶だ。


 間違いない。

 図鑑で見た姿と酷似している。


 そして魔族は口を開き、言葉を発してきた。


『今の攻撃を、よく回避できたわね、“ハリト”』


 えっ……なぜ、オレの名前を知っている。


 というか、この声に聞き覚えがある。


 聞き忘れはずがない、幼い頃から一緒にいた少女の声を。


「エルザ……なのか?」


『ええ、そうよ……ハリト、殺してあげるわ』


 魔族化したエルザによって、選抜戦の会場は狂気に満たされるのであった。

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