第32話悪い噂話

 オレは自由を手にして、北の名門キタエル剣士学園に入学。

 お姫様のマリエルと、猫獣人の少女ミーケ、三人で同居しながら平和で順調な日々。


 一学年生の大イベント【学内選抜戦】が開幕。

 オレはマリエルとミーケの三人で挑戦し、一回戦を三連勝で無事に突破する。


 そんな中、マリエルに対して悪意の噂が聞こえてきた。


 ◇


「ハリト様、ミーケ……お話があります。お時間、少しよろしいですか?」


 マリエルは神妙な顔で訊ねてきた。

 話の内容は十中八九、今の噂話についてであろう。


「ああ、大丈夫だ。二回戦までの時間も余裕がある。この建物の裏で話を聞こう」


「もちろんミーも大丈夫」


 マリエルの顔は真剣だった。

 話を聞いてやらない訳にはいかない。


 誰もいないコロッセオの裏庭に向かう。


「ここなら誰もいないな……」


 ひと気のない場所に到着。

 放送アナウンスも聞こえるので、急な呼び出しにも対応可能な場所だ。


 これで、ゆっくり話を聞くことが出来る。


「さて、マリエル、話というのは?」


「はい、ハリト様。他の生徒たちが、先ほど口にしていたことです……」


 マリエルは静かに語り出す。

 オレはミーケと静かに聞くことにした。


「前にも少しだけお話しましたが、私は最初、王都の剣士学園に入学しました……」


 話はマリエルが最初に入学した、王都の学園について。

 彼女がそこで体験したことだった。


「王都学園はこのキタエルよりも、規模が大きい剣士学園。王国中から優秀な候補生が集う所です。そのため生徒同士は互いに成績を競い合い、教室は常にピリピリしていました……」


 なるほど優秀な候補生が、集う場所なのか。

 辺境に位置するキタエルとは、真逆の環境。


 語るマリエルザの表情から、あまり良い雰囲気ではないのだろう。


「当時の私も常に、クラスメイトと競い合っていました。何故なら私は、名誉ある王家ワットソン家の血を引く者。誰よりも必死で努力をして、常に上を目指していました……」


 王家の血筋の者は、有能な剣士の血筋が多いという。

 王女でありながら才能があったマリエルは、懸命に修練に挑んでいたのであろう。


「ですが私の前に“ある一人のクラスメイト”が立ちはだかりました。両者は避けることが出来ない運命……そこで私たちは決闘をしました。互いの名誉を賭けて。ですが結果は……」


「マリエルが負けて、王都学園を追放。この学園に転校してきた……だったな?」


「はい、ハリト様の、仰るとおりです」


 ここまで話は、最初に軽く聞いていた。

 だからマリエルは強さに対して以上に固執している。


 今まで以上に強くなり、追放した相手を倒したいのであろう。


「それに関連することを一つ、お二人に言わなかったことがあります。先ほどの噂話のことで。実は先日、王都にいる父上、現国王から私に連絡がありました。内容は《王女マリエルの王位継承の一時凍結》についてでした……」


「“王位継承の一時凍結”だって⁉」


「はい、父は武人としても優れた方。だから私のように負けた者を、許せなかったのでしょう……」


「そうだったのか。それは大変だったね、マリエル。そして“失墜の剣姫”か……王位継承を凍結された、マリエルを侮蔑ぶべつした言葉か」


「はい。ハリト様の推測の通りです」


 なるほど、そういうことか。

 だいたいの状況がつかめた。


 恐らく王都から来た観客の誰かが、その噂話を広めたのだろう。

 またはキタエル学園にいる知人の令嬢に、噂を伝えたのかもしれない。


 ……『マリエル姫は、追放された弱者。王位継承を凍結された“失墜の剣姫”だ』と。


 だから隣クラスの令嬢軍団が、陰で一斉に牙を向いてきたのだ。

 今まで媚びを売っていた相手が、実は王位継承を失った相手だったと。


 むしろ彼女たちは今を勝機と、思ったのだろ。

 学園でのカーストの最上位のマリエルを、令嬢連中は徒党を組んで降ろしにかかってきたのだ。


「まったく下らない貴族の世界だな。でもオレたちは剣士。気にすることはないよ、マリエル!」


「ありがとうございます、ハリト様。はい、私も外野の雑音は気にしていません」


 マリエルは顔を上げた。

 その瞳は真っ直ぐ。

 高い目標に向かって、万進すること覚悟しているのだ。


「そうだニャー! マリエルたんは、どんな過去があっても、どんな身分でも関係ない! マリエルたん、なんだニャー!」


「ありがとう、ミーケ……本当に、貴女がいてくれて、どれだけ心強かったか……」


 マリエルとミーケは抱きしめ合う。


 両者の種族と身分は、大きく離れている。

 だが学園剣士として。

 一人の個人として、同じ想い、固い友情で結ばれていたのだ。


 そんな暖かい光景を、オレは静かに見守る。


(ふう……でもマリエルが予想よりも落ち込んでなくて、よかったな……だが、なんとか解決してやらないとな……)


 今回の噂話はあっという間に、学園中広まっていくであろう。

 人を陥れる噂話の類は、足が速いのだ。


 結果、マリエルに対する風当たりは、今後はより強くなる。

 今まで彼女に媚びを売っていた連中が、表立って口撃に移ってくるはず。


 その余波は側にいる友人ミーケに及ぶはずだ。


(何かきっかけが欲しいな……マリエルのことを認めてもらうために……王女としてではなく、マリエルという一人の剣士として……)


 このままではオレたちの学園生活は、闇に向かっていく。

 何か大きく変えるターニングポイントが欲しい。


(ターニングポイントか……ああ、そうか。簡単なことだな)


 ふと、思い出す。

 自分たちがいる場所が、何処なのか。


「マリエル、ミーケ。聞いてくれ。今回の選抜戦は“必ず優勝する”ぞ」


「えっ……ハリト様?」


 突然なオレの真顔の宣言。

 マリエルは言葉を失っていた。


「優勝を本気で目指す理由は、もちろんマリエルのため。オレたちの実力を、連中に見せてやろう!」


 この大陸では最終的には、剣士としての実力が物を言う。

 だからマリエルへの陰口を止めるのは、簡単。


 彼女の力を――――オレたちの力を、全員に示せば良いのだ。


「ナイスアイデアにゃー、ハリトたん! マリエルたんのために、絶対に優勝しようニャん!」


 ミーケも賛同してくれた。

 大事な仲間のために、名誉を取り戻すために、絶対に勝ち進むことを。


「ハリト様……ミーケ……ありがとうございます……」


 マリエルは、ぐっと涙をこらえていた。

 今はまだ涙を流し時ではない。


 優勝トロフィーを手にした時こそ、歓喜の涙を流すべきなのだ。


「よし、最初の目標は変わらないけど……改めて、ここに誓おう! 必ず優勝することを、三人で!」


「はい、ハリト様!」


「だニャん!」


 三人で円陣を組んで、誓い合う。


(よし、頑張らないとな、オレも……今まで以上に全力を出して!)


 こうして絶対に負けられない理由が、新たに出来きた。


 オレたちは一致団結してトーナメントに挑むのであった。

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