第29話:一回戦、先鋒戦

 オレは自由を手にして、北の名門キタエル剣士学園に入学。

 お姫様のマリエルと、猫獣人の少女ミーケ、三人で同居しながら平和で順調な日々。


 学園に現れた幼馴染のエルザは、放心状態でどこかに消えてしまう。


 そんな中、キタエル学園の一学年生の大イベント【学内選抜戦】が行われることに。

 オレはマリエルとミーケの三人で、選抜戦に挑むことにした。


 ◇


「それでは次の試合を始めます。“ハリト団”の一人目の選手は、開始位置に上がってください」


「いざ、参りますわ!」


 オレたちの先鋒は銀髪の女剣士……マリエルだ。


 彼女は三人の中で、一番バランスが万能タイプ良い。

 どんな相手でも対応が可能。


 ハリト団は、まずは先鋒で一勝をとって、そのまま勢いに乗っていく作戦なのだ。


「ん? おい、あれはまさかマリエル姫様……?」


「ああ、間違いない、これを見てみろ……」


 マリエルの登場に、観客席の有力者たちがザワめく。

 基本的に学園剣士の名は、国よって秘匿にされている。


 今回の選抜戦に出る名簿だけ、来場した有力者に配布されていた。

 そのため本物の王女の登場に、権力者たちが驚いているのだ。


(ん? マリエルのことを、色々、噂しているぞ? 何を話しているんだろう……?


 ここだけの話、オレはけっこうな地獄耳。

 観客席の話に耳を傾ける。


「……でも、マリエル様といえば、アレな姫様だよな?」


「ああ、“失墜しっついの剣姫”だったか……たしか?」


「可哀想に。だから、こんな辺境の学園にいるのか……」


 その中でも王都から来た権力者たちは、妙なことを口にしていた。

 内容はよく分からないが、たぶん彼女の悪口だろう。


 それにしても“失墜の剣姫”ってなんだ?


「では、ハリト様……勝ってきます!」


 だが今は、そんな外野に構っている場合ではない。

 大事なチームメイトが、真剣勝負に挑もうとしているのだ。


 それに開始場所に向かうマリエルは、少し硬い顔つき。

 緊張しすぎているのだ。


「マリエル、リラックスだよ。ポカしちゃ、駄目だよ」


「わ、分かっています、ハリト様……もう、です」


「いい顔だ。それなら大丈夫そうだね」


 笑ったところで、マリエルの緊張が和らいでいた。

 あの分なら実力を、ちゃんと発揮できるであろう。


 さて、対戦相手は誰かな?


『では“キタエルの三銃士”の先鋒も前に!』


 相手は“キタエルの三銃士”というパーティー名。


 となりのクラスの男子三人組。

 かなりチャラい感じの人たちだ。


「おう!」


 先鋒は長身の長剣使い。

 マリエルの前に立つ。


「おお、アレは……」


「たしかタラエット伯爵家の四男の……」


「たしか幼い時から、武勇に優れていたはず……」


「これは楽しみな対戦じゃのう……」


 相手の先鋒の登場に、権力者たちがザワつく。

 名簿を見ならアレコレ話している。


 おそらく貴族界隈で各家の優秀な子どもは、幼い時から情報が広まっているのであろう。


(さて、相手は長剣使いか……)


 マリエルの対戦相手を、遠目に観察する。

 あの人は隣のクラスだけど、何度か合同授業で見たことがある。


(久しぶりに見るけど、結構腕を上げている感じだな……)


 前に見た時とは別人のよう。

 長剣を構える姿にも、隙は少ない。


(あの人も、この一ヶ月間、頑張って鍛錬してきたんだろうな……)


 直近の一ヶ月間は、合同授業は無かった。

 選抜戦のために、意図的に授業内容が変更されていたのだ。


 構えを見た感じだと、あの人の実力は学年でも上の方。

 普通の生徒が戦ったら、かなり厄介な相手だ。


「それでは始め!」


 審判のカテリーナ先生の合図で、先鋒戦が幕を開ける。


「きぇーい! いくぞ…………剣術技【第一階位】二の型、【疾風斬り】!」


 開始の合図と同時。

 相手は剣術技を発動。


 一気に間合いを詰めて、射程内にマリエルを捕獲。

 長剣の利を生かして、彼女に一方的に攻撃をしかけてきたのだ。


「噂ほどじゃなかったな、マリエル姫よぉおお!」


 勝利を確信した相手が叫ぶ。


 何故ならマリエルは、棒立ちだった。

【疾風斬り】に反応できずにいたのだ。


「「「おおー⁉」」」


 観客席から歓声が上がる。


 誰もが思ったであろう。

 勝負あったと……『力がある男性であり、リーチのあるタラエット侯爵家の四男が、これで勝った』と思ったのだ。


(甘いね……マリエルの実力を、甘く見過ぎだよ、みんな……)


 だがオレは知っていた。

 今のマリエルが“普通の強さ”ではないことを。


 そし銀髪の剣姫が応えてくれる。


「『風よ、舞い上がれ、彼方へ!』……剣術技【第二階位】四の型……【飛燕斬(ひえんざん)】!」


【疾風斬り】の斬撃が、届く直前、マリエルが叫ぶ。

 得意の風の剣術技を発動。


 ズシャァーーン!


 マリエルは間一髪で、相手の【疾風斬り】を回避。

 逆にカウンター攻撃を喰らわせる。


「えげつ⁉ うぎゃぁあああ!」


 予期せぬカウンター攻撃を喰らい、相手が吹き飛んでいく。

 放物線を描き、そのまま場外に落下する


「うっ…………ぐ……」


 辛うじて意識はあるが、自力で立ち上がることは不可能。

 救護班が助けに駆け寄る。


「勝者、マリエル・ワットソン!」


 審判のカテリーナ先生が、マリエルの右手を掲げる。

 これで勝負ありだ。


「「「おっ……おー⁉」」」


 直後、観客席から嵐のような歓声が上がる。

 まさかの大逆転劇。


 誰もが予期していなかった結果に、称賛の嵐。

 拍手喝采と大歓声。


 多くの者が、マリエルの名を称えていた。


「ふう……ただいまです、ハリト様」


 大歓声の中、マリエルが待機所に降りてきた。

 傍には圧勝に見えたが、少しだけ疲れている。


 見せない攻防で、精神的に疲れているのであろう。


「ナイス、ファイト。ちなみに最初はザワと隙を見せて、斬り込ませたの、マリエル?」


「さすが、ハリト様。見抜いていたのですね。今日のトーナメントは長丁場ですから、敢えて短期決戦でいきました」


 開幕にマリエルの見せた隙。

 あれは彼女の作戦だったのだ。


 目的は短期決戦を挑むため。

 長期戦によるスタミナ消費を防いのだ。


「やっぱりそうか。よく、決断したね、マリエル」


 隙を見せるのは失敗のリスクも大きく、危険な作戦だった。

 だが実戦では時には、こうした狡猾さも必要。

 仲間の成長を、嬉しく思う。


「よし、これで一勝目だな」


 作戦通り、幸先良いスタートダッシュ。

 ハリト団の次鋒は……


「次はミーケ……あなたの番よ!」


「ミーに任せるニャン!」


 マリエルは次の仲間にバトンタッチ。


 そう……ハリト団の次鋒は猫獣人ミーケだ。


 学園生活が短いので、剣士相手の力は未知数。

 だから真ん中の次鋒に置く作戦だ。


「それでは次は次鋒戦を始めます。準備してください!」


 次鋒戦のアナウンスがある。


「それじゃ、行ってくるニャー!」


 ミーケ本人には負ける気はない。

 強い覚悟を胸に、開始場所に向かっていく。


(ミーケ……大丈夫かな……色んな意味で、心配だな……)


 こうして次の仲間の出番がやってきたのであった。


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