第26話変わってしまった幼馴染

 オレは自由を手にして、北の名門キタエル剣士学園に入学。

 お姫様のマリエルと、猫獣人の少女ミーケ、三人で同居しながら平和で順調な日々だった。


 だが、そんなある日、幼馴染のエルザが突如現れたのだ。


 ◇


 ひと気のない通学路

 金髪の女剣士エルザが、狂犬のような殺気を発して立ちはだかる。


「ハリト、さっきはよくも私を騙してくれたわね! 今までの恨みを、ここで晴らしてやるんだから!」


「ハリト様、あの者は……」


「ハリトたん、あいつは……」


「大丈夫。彼女はオレの知り合いだ。だから、ここは任せて」


 心配してくれたマリエルとミーケを、後ろに下がらせる。

 とにかく今はエルザと二人で話がしたい。


「エルザ……よかっか。無事にオレのことを思い出してくれたんだね。記憶喪失かと思って心配していたよ」


 ここ数年間、彼女とは辛い思い出しかない。


 でもエルザは小さな時からの幼馴染。

 オレは本心で心配していた。


「はぁ? なんで、この私が、あんたなんかに心配されないといけないのよ! ちょっとくらいカッコよくなったからって、調子に乗らないでよね!」


「そっか、それはそうだね。ところで他にも心配していることがあるんだ。見た感じだと、かなり体調が悪そうだけど、大丈夫? あと聖女の法衣と宝剣も無いけど? 王都で何かあったのかな? オレで良かったら、少しは力になるよ」


「はん! 私も落ちぶれたものね! まさか、あのクズハリトに心配されるなんて! 夢にも思わなかったわ!」


 エルザはかなり追い詰められている様子だった。


 オレが何を言っても、まともに答えてくれない。

 本当に王都で、この半年で何があったのだろうか?


「ハリト、あんたの学園のことは、少し調べさせてもらったわ。何でも、成績優秀でクラスでも人気者らしいじゃない? どうせ金かなんかで買収しているんでしょ⁉ それにクラスメイトの女の子を、いつも何もはべらせて、モテモテらしいじゃない? 


 エルザは明らかに精神的に、おかしくなっていた。

 オレに対して王都以上に、暴言を吐いてくる。


「どうせ、その後ろの醜い女たちも、身体目当ての連中なんでしょ? もしかしてクラスにいる娼婦の子たちかしら? これから安くさい宿屋に行って、三人で交わうつもりなんでしょ⁉」


「エルザ……オレのことは、いくら悪く言っても我慢できる。でも、マリエルとミーケ……オレの大事な仲間を侮辱するのは、許せない。訂正して謝ってくれ。二人に」


「はぁ? 何で私が、あんな薄汚い女に、謝らないといけないのよ⁉」


「あまり言いたくないけど、これはエルザのためでもあるんだ。あの銀髪の子、マリエルは王女様……マリエル・ワットソン様なんだ」


「えっ……王女様……あの国王の……まさか⁉ でも、なんで、こんな北の辺境に⁉ それに何で、クズハリトなんかと……」


 マリアンヌの身分を聞いて、エルザは急に言葉を失う。


 何故なら彼女に聖女の称号を与えたのは、ワットソン国王。

 つまりエルザの実の父親なのだ。


 たとえ才能ある聖女でも、国王と王族には逆らうことは出来ないのだ。


わたくしの名が出てきたので、少し失礼します、ハリト様」


 そんな時、マリエルが一歩前に出る。

 絶句しているエルザに向かって、厳しい視線を向ける。


「エルザさんと仰いましたね? 思い出しました、貴女のことを。たしか【聖女】の称号を持つ王国剣士でしたね。ですが数ヶ月前に、職務怠慢の罪で称号を剥奪、王都からも追放されたと聞いております」


 えっ……エルザの聖女の称号が、はく奪されていた?


 どうして?


 そしてマリエルはそのことを、どうして知っていたんだろう。


 あっ、そうか……女貴族であるイザベーラさんの、貴族間の情報網から聞いていたのかもしれない。


 そしてエルザを糾弾する、マリエルの言葉は続いていく。


「そんな貴女が、この王女であるわたくしに向かって、なんたる暴言! たとえハリト様の知人だとしても、その罪は軽くはありません!」


「な、な、なんですって……」


 エルザの顔から血の気が引いていく。


 この国で王族に逆らう者は、生きてはいけない。


 すぐさま、この場で平伏して、謝罪をしなければ、彼女の命すら危うい可能性もあった。


 そんな時、今まで我慢していたミーケも、口を開く。


「さっきから聞いていたけど、お前の言うことは全部間違っているニャン! ハリトたんがクラスで人気者なのは、誰よりも優しくて、いつも一生懸命だからニャン! あとお前と違ってハリトたんは、本物の剣士で強いニャン! そしてマリエルたんはハリトたんの発情期……じゃなくて、二人は一緒に住んでいる夫婦にゃん!」


 いや……擁護ようごしてくれるのは嬉しいけど、最後のはちょっと違うような。


 たぶんミーケは言葉のレパートリーが、まだ少ないのかもしれない。


 王女マリエルと猫獣人のミーケ。

 二人に口撃の前に、エルザは数歩下がっていく。


「な……あの駄目ハリトが人格者で……しかも強い剣士になっていて……そのうえ王女と夫婦関係で……どういうことなのそれ……さ」


 ん?


 エルザの様子がおかしい。


 狂犬のような殺気は消えている。


 だが代わり、ドス黒い負の感情に覆われていた。


「それに比べて……私は何なのさ……唯一の取り柄の剣も……聖女の称号も失って……王都から追放されて……挙句の果てに数ヶ月も道に迷って……ようやく頼みのハリトを見つけ出したと思ったら……そのハリトが別人のようにカッコよくなっていて………私の方はこんなボロボロになって……」


「エルザ……」


 幼馴染のエルザは涙を流していた。


 絶望に飲み込まれながら、悲しげな涙を流している。


「そっか……分かったわ。あんたたちが……“あんた”が奪ったのね……私からハリトを……私の大事な存在だったのに」


 そしてエルザは雰囲気が一変する。


 狂気が再び噴出してきた。


「あんたを消したら……またハリトが戻ってきてくれる!」


「マリエル、危ない!」


 エルザが剣を抜いて、マリエルに斬りかかる。


 元聖女であってもエルザの剣の才能は本物。

 凄まじい踏み込みだ。


「『聖なる斬撃よ、全ての存在に平等な死を』……剣術技【第三階位】四の型、【紅蓮地獄(グレン・ジゴク)】!」


 まずい!

 エルザが剣術技を発動してしまった。


「えっ……」


 完璧な【第三階位】技は普通ではない。


 直面しているマリエルですら、エルザに反応できない。


「マリエルたん!」


 反射速度に優れたミーケも、一歩も動けずに。


 最悪の状況。

 このままだと間違いなく、マリエルは死んでしまう。


「くっ……全力で集中だ…………【走馬灯そうまとうモード】全力発動!」


 オレは全ての力を、一気に解放。


 直後、エルザの斬撃が、ゆっくりになる。


 そのままマリエルの前に駆けていく。


「間に合え! 『流れる水のように、全て受け流せ』……剣術技【第一階位】三の型、【雷流らいりゅうの構え】!」


 オレは受け流しの剣術技を発動。


 直後、時間が動き出す。


 ズシャン! ズシャン! ズシャン! ズシャン! 


 うっ……凄まじい、エルザの斬撃が、オレを襲ってくる。


 元聖女の放つ、【第三階位】の【紅蓮地獄(グレン・ジゴク)】は、尋常ではない火力の連続攻撃。


 だがオレは必死で受け流していく。


「ふう……間に合ったか……」


 なんとか全ての斬撃を、受け流すことに成功した。


 後ろのマリエルと、横のミーケも無事。


 二人とも傷一つなくて、本当に良かった。


「なっ……なっ……あ、あのハリトが剣術技を、発動できた⁉ しかも、この私の【紅蓮地獄(グレン・ジゴク)】を全部無効化した⁉ たかが【第一階位】の技で、この私の【第三階位】を全て……それに今の消える動きは……早過ぎて、この私でも見えなかった……」


 一方でエルザは呆然としていた。


 何が起きたか、理解できていないのだろう。


 魂の抜けた表情で、オレのことを見てくる。


「エルザ……大丈夫? 自分の技の反動で、怪我をしているよ? 剣を置いて、ゆっくり話そうよ? 良かったら、この先にマリエルの屋敷があるから、そこでお風呂に入って、ご飯を食べて、ふかふかの布団で少し寝て、少し落ち着いてから、オレと話そうよ?」


 オレは自分の剣を捨て、放心状のエルザに近づいていく。


 かなり危険な行動。


 だが、このまま錯乱した幼馴染は放っておけない。


「ハリト……ありがとう……」


 エルザの表情が変わる。


 柔らかい笑顔に……幼い頃の純真無垢な、仲良しだった時のエルザの笑顔になっていた。


「エルザ? よかった。さあ、オレの手を握って。お風呂上りに、またマッサージしてあげるから」


「私は……もう……終わりよ……さよなら……」


 オレは虚をつかれた。


 エルザは横の茂みの方に、逃げ去ってしまう。


「エルザ! どこにいくの!」


 追いかけようにも、今は薄暗くなってきた夕方。


 全力で逃亡した聖女クラスの逃亡、深い茂みの中の捜索は不可能だった。


「そんな……エルザ……」


 こうして失意の幼馴染エルザは再び姿を消す


 そして彼女は再びオレの前に、姿を現すことはなかった。

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