第25話狂聖女の襲来

 オレは自由を手にして、北の名門キタエル剣士学園に入学。

 お姫様のマリエルと、猫獣人の少女ミーケ、三人で同居しながらパーティーを組む。

 オレのキタエルでの生活は、今のところは平和で順調だった。


 ◇


 そんなある日、隣クラスの転入生が、教室に怒鳴り込んでくる。


「ここに“ハリト”って、豚のような生徒がいるんでしょ! どこにいるのよ⁉ 出てきなさい、ハリト! いるのは分かっているのよ!」


 怒鳴りこんできたのは、金髪の女剣士。

 オレの幼馴染である『聖女』エルザだった。


「え……エルザ……?」


 まさかの幼馴染の襲来に、オレは心臓が止まりかける。


 同時に疑問も浮かびあがる。


 いったい彼女は、どうしてこんな北の辺境に?


 あの様子だと、オレを探してきたのか。でも、なぜわざわざ転入する必要があるんだ?


 そして一番の疑問は、半年前から彼女が変貌してしまったこと。

 怒鳴り来んできたエルザは、まるで別人のようにすたれていたのだ。


 あの美しかった金髪は、今は薄汚れてバサバサになっている。


 健康的で真っ白だった肌も、今はボロボロに。


 健康的な魅力があった顔も、今は痩せてしまっている。


 あと格好もみすぼらしい。

 王都で身につけていた聖女の法衣と、宝剣が見当たらない。


(それに、あの乱暴な口調……オレ以外の前で、あんなに乱暴じゃなかったのに……)


 王都にいた時のエルザは、外面は良かった。

 聖女して礼儀正しく、丁寧な口調だった。


 だが怒鳴り込んできたエルザは、かなり乱暴な口調。

 まるで全ての見栄や地位を失ったかのように、何かにイラついている。


 本当にどうしたのだろうか。


「あのー、あなたはどちら様ですか? いきなり怒鳴り込んできて? ウチのクラスに、あなたの探している人物はいませんけど?」


 エルザに対して、クラスの委員長が対応する。

 彼は剣士の腕が高く、人格者でもある。

 エルザの横暴を見かねて、対応してくれたのだ。


「ふん! 情報は割れているのよ! このクラスには“ハリト”って低能な生徒がいるんでしょ! 豚のように丸々と太って、剣もまともに触れない、クズな奴よ! 隠したって無駄よ! 物置かどこかに、隠しているんでしょ⁉ 早く出しなさい、あの豚野郎を!」


「え……だから、そんな人は、うちのクラスにはいないです。これ以上、騒ぐなら先生に報告しますよ?」


「はっ! 先生が何よ? こうなったら実力を使ってでも、見つけてやるんだから!」


 あ……あれは、まずい。


 エルザは腰の剣に手をかたのだ。


「まって!」


 オレは自分の席から、飛び出していく。

 入り口でギラついている、幼馴染の元に向かう。


「エルザ……久しぶり。でも、こんなところで剣を抜いたら、マズイよ。だから落ち着いてよ」


 こうなったら仕方がない。

 エルザの前に顔を出す。

 興奮している幼馴染を説得する。


「はぁ? あんた、誰? というか、何で私の名前を知っているの? もしかして、あんたも、邪魔する気なの、豚ハリトを探す!」


 ん?


 何やらエルザの様子がおかしい。


 オレを目の前にして、まだ探している。


『ハリトの野郎はどこにいるのか!』って叫んでいる。


 もしかしたらエルザの探しているハリトは、同姓同名なだけでオレとは別人なのか?


 それとも記憶喪失で。オレも顔を忘れてしまったのだろう?


 とにかく確認してみないと。


「えーと、エルザ。生まれ故郷のサダの村のことを覚えている。ほら、小さな湖のほとりにある? 幼い時は、いつも一緒に遊んだでしょ?」


「なっ⁉ なんで、お前みたい奴が、私たちの故郷のことを知っているの⁉ もしかして、アンタ私のストーカー⁉ もしくは、あの豚ハリトから、私の話を聞いて、混乱させるつもなのね! もう騙されないんだか!」


「いや、騙すとかじゃなくて、オレがハリト本人だよ。ほら、王都の三丁目の屋敷で一緒に住んでいた……」


「はぁ⁉ どうせ、その話も、あの豚野郎から聞いたんでしょ⁉ 時間稼ぎのつもり! こうなったら、実力行使で見つけ出してやるわ!」


 あっ、マズイ。

 エルザが剣を本気で抜こうとする。


 このままだと近くの委員長が危険だ。


 でも、言葉での説得は難しい。

 どうすればいいのか?


 あっ、そうだ!

 言葉ではない方法で、説得をすればいいのか。


(よし……【走馬灯そうまとうモード・壱の段】発動!)


 直後、周囲の時間がゆっくり流れる。


 剣の抜こうとするエルザも、スローモーションで動いていく。


(よし、彼女の右腕を!)


 エルザの右腕を、オレは両手で掴む。


 そのまま指圧……マッサージしていく。


 直後、走馬灯モードが切れる。


「なっ⁉ アンタ、私の動きを止めた⁉ それに……このマッサージに仕方は……」


 狂犬のようだったエルザが急変。

 オレの顔を見ながら言葉を失っている。


「ああ、オレだよ。エルザの幼馴染のハリトだよ!」


「えっ……そんな、でもなんで、そんな格好になっているの……ああ、でも、このマッサージは、間違いけど……」


 エルザは複雑な表情になる。

 怒りと喜び、悲しみと懐かしさ、孤独と慕情。


 何かを吐き出しそうな表情だ。


 だが直後、また態度が急変する。


「くっ……私は、絶対に、あんたを許さないんだから!」


 教室を飛び出していく。

 そのまま校舎の外へと消えていった。


「エルザ……」


 何が彼女を、ああも変えてしまったのだろうか。


 オレは幼馴染が立ち去った後を、見ているだけしか出来なかった。


 ◇


 その後は、カテリーナ先生が来て、普通に授業が始まった。


 休み時間の噂によると、隣クラスにもエルザは戻ってないらしい。


 生徒のバックレは学園では、たまにあること。


 だから先生たちもあまり騒いでなかった。


 学校側も彼女が『聖女』の称号持ちだとは、知らない雰囲気だった。


(エルザ……大丈夫かな……)


 その日の休み時間、オレも一応彼女を探してみた。


 だが敷地内はいなかった。


 もしかしてきキタエルの街を離れたのであろうか?


 一応は幼馴染だから、無事でいて欲しい。


 ◇


 だが、その日の放課後、エルザは舞い戻ってきた。


 オレたち三人の帰宅路で、待ち伏せしていたのだ。

 先ほどの同じように狂犬のような殺気を発して。


「ハ、ハリト、さっきはよくも私を騙してくれたわね! 今までの恨みを、ここで晴らしてやるんだから!」


「エルザ……」


 こうして危険な幼馴染と、オレは真っ正面から対峙するのであった。

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