第15話新しい寝床

 オレは自由を手にして、北の名門キタエル剣士学園に入学。

 謎の激ヤセでイケメン風に、クラスの女の子からも高い好感度を。


 転入生のお姫様マリエルの暴走を助け、彼女の不幸な身の上を聞いてやる。


 ◇


 宿なしになったオレは、マリエルの部屋に泊まることになった。


「ハリト様、ここが私の寮でございます」


 学園の敷地内にある特別寮に、強引に連れてこられた。


「これが寮……?」


 目の前の建物を見て、オレは思わず言葉を失う。

 何故なら貴族風の大きな屋敷。

 木造長屋の無料寮とは、比べものにならない豪華さだ。


「はい、王族専用の特別寮です」


「なるほど……そうだったね」


 マリエルは現国王の娘の一人であり、本物のお姫様。

 剣士学園の中でも特別な存在なのだ。


「それでは中に、まずはハリト様の身体の汚れを」


「あ、うん、そうだね」


 手を引っ張られるまま、屋敷の門に近づいていく。


「ん? マリエル様!」


「随分と遅い帰りでしたが、大丈夫でした⁉」


 正門には門番までいた。

 学園の正門は経費の関係で、いなかったのに。

 凄い格差だ。


「ええ、心配かけました。自習をして、少し帰宅が遅れました」


「それは幸いでした!」


「お嬢様の御身に何かあったら、我々は腹を切るつもりです!」


 話していうる雰囲気的に、王都から連れてきた護衛剣士なのであろう。

 かなり強そうな人たちだ。


「ん? 何だ、キサマは⁉」


 護衛剣士の鋭い視線が、オレに向けられる。

 視線には殺気が込められていた。


「お止めなさい! この方は学友のハリト様……あの“フードの剣士様”です!」


「な、なんと、あの時の剣士様⁉」


「大変失礼いたしました! あの時は我々と姫の命を救っていただき、本当にありがとうございました!」


 マリエルの説明を聞いて、護衛騎士の態度が一変。

 片膝をついて、オレに対して感謝の言葉を述べてきた。


 そうか、あの時の馬車の護衛の人たちだったのか。


「そ、そんなにかしこまらなくても、大丈夫です。顔を上げてください」


「いえ、姫と我々の命の恩人に、無礼な真似はできません!」


「先ほどの無礼の詫びるために、腹を切らせていただきます!」


 なんか凄いことにエスカレートしてきた。

 主のマリエルに似て、家臣もなんか行動が凄い。


 というか、助けて、マリエル。


「お止めなさい、二人とも。ハリト様が困っております。立ちなさい」


「「はっ! 失礼します!」」


「では、中に生きましょう、ハリト様?」


「あ、うん、そうだね」


 なんか最初から色々と凄い屋敷。

 マリエルに手を引っ張られながら、オレたちは屋敷の中に入っていく。


「うわ……すごいな……これで寮か……」


 屋敷の中に入ってからも、驚きがいっぱいだった。

 豪華な造りの内装に、立派な調度品の数々。

 まさに貴族の別荘といった感じだ。


「まずは私の叔母さまを、ハリト様にご紹介したいと思います」


「えっ、マリエルの叔母さんが、ここにいるの?」


「はい、この屋敷の持ち主で、私の支援者です。ですが、その前に、ハリト様の身体を綺麗にしないとですね……誰か!」


「「はい、お嬢様!」」


 マリエルが合図すると、どこからともなくメイド軍団が登場。


「この方はハリト様。私の学友であり、命の恩人“フードの剣士様”であります。浴場でも、丁重に扱うように!」


「「はい、お嬢様!」」


 マリエルの命令で、メイドたちがオレを包囲。

 そのまま浴場に連行されてしまう。


「えっ……オレ、自分で洗えますが?」


「お嬢様からのご命令なので、諦めてください、ハリト様」


「えっ? ひゃっ、くすぐったい……」


 そして全裸にされて、浴場で身体をゴシゴシされてしまう。

 綺麗なメイドさんたちに、全身くまなく。


 とても恥ずかしくて、ずっとドキドキしていた。


「こちらが着替えのガウンです。ハリト様の制服は、洗濯しておきます」


 そして真っ白でフカフカのガウンを着せられる。

 凄い手際が良く、抵抗する暇さえない。


「こちらが寝室でございます、ハリト様。それでは失礼します」


 着替えが終わったら、客室に案内される。

 ベッドと机しかないシンプル部屋。

 でも調度品はかなり立派だ。


「ふう……ようやく、息がつけるぞ……」


 入館から風呂、この部屋までまるでジェットコースターだった。

 ベッドに座って、一息つく。


「それにしても、客室があったのか。本当によかった……」


 展望台でのマリエルの口調だと、彼女の部屋で一緒に寝ると、オレは勘違いしていた。

 だから個室があってひと安心だ。


「はいるわよ」


 そんな時、また事件が起きる。

 知らない女性が入ってきたのだ。


 メイドさんではない、紫のネグリジェを着た女性。

 三十代前半くらいの大人の人だ。


「えっ?」


 誰だろう?

 ビックリしてベッドから立ち上がる。


「そんなに怖がらなくても、大丈夫よ、坊や。私はマリエルの叔母のイザベーラよ」


「マリエルの叔母さん……あっ、お世話になります、今日は!」


 玄関でのマリエルの話では、この屋敷は叔母さんのもの。

 主であるイザベーラさんに、頭を下げて挨拶をする。


「あら、礼儀正しいのね、坊や? 凄腕の“フードの剣士様”だと聞いたから、どんな無頼漢と思えば。それに顔も可愛いし、身体の線も悪くはないわ。マリエルが入れ込むのも無理ないわね」


「えっ……⁉」


 イザベーラさんはいきなり、オレの身体をペタペタ触ってきた。

 大きく開いたネグリジェの胸元から、イザベーラさんの大きい胸が目に入る。


 それに甘くて官能的な香水の匂いも。

 身体を密着させて触ってくるので、意識が朦朧としてしまう。


「な、何を……イザベーラさん?」


「全身の魔力も凄いわね、あなた。これは……思っていたよりも優良物件かもね。上手くいけば、私の野望も一歩前進するわ……」


 だがイザベーラさんは話を聞いてくれない。

 オレの全身をくまなく触りながら、何やら呟いている。


 よく分からないけど、なんとなく野望が高い内容。

 この人は野望値が高い美魔女な感じがする。


「よし。アタナの将来性に賭けるわ! 付いてきなさい、坊や!」


「えっ? どこに?」


 だがイザベーラさんは答えてくれない。

 かなり強い力で、ぐいぐいオレを引っ張られていく。


(うっ……凄い力だ。もしかして、イザベーラさんも、剣士……なのか?)


 マリエルの叔母ということは、天賦てんぶの才能があるのかもしれない。

 歩き方から推測すると、元腕利きの女剣士という可能性が高い。


 素のオレの力では抵抗ができず、連れていかれてしまう。


「着いたわ。坊やは、今日からここで寝泊まりしない!」


「えっ?」


 返事も言わさず、オレは部屋の中に放り込まれる。

 部屋の中は先ほどとは違う雰囲気。

 白とピンクで統一された女の子の部屋だった。


「ハリト様? 叔母さま?」


「えっ……マリエル?」


 驚いた顔をするのは、部屋の主はマリエルだった。

 ちょうどお風呂上りだったのであろう。

 白くて可愛い薄手のネグリジェを着ている。


「マリエル。この坊や……いえ、ハリト殿と今日から一緒に、この部屋で過ごしなさい! 私たちの悲願達成のため。そして、あなたの未来のために!」


「えっ?」


 まさかの強引な命令に、オレは思わず絶句。

 それに、いくなら屋敷の主で叔母でも、さすがそれはマリエルも怒るだろう。


「はい……叔母さま。私も覚悟しております……」


「えっ、マリエル?」


 だがマリエルは怒っていない。

 それどころか覚悟を決めた顔で、オレをベッドに引っ張っていく。

 目も少しトローンとしていて、様子が変だった。


「それでは朝まで二人が、この部屋を出ることを禁じます。学園生活を平和に過ごすために、ハリト殿も肝に銘じてください!」


 そう言い残してイザベーラさんは扉を閉めて出ていく。


 ガチャ、ガチャ。


 外から部屋に鍵を何個もかけていく。

 本当にオレを外に逃がさないつもりなのだ。


「ハリト様、申し訳ありません。とりあえず明日の朝も早いので……ベッドにはいりしょう……」


「う、うん、そうだね……」


 もはや逃げられない状況。

 それにマリエルは魔力欠乏症で、早く寝ないといけない。

 仕方がいのでオレはベッドに入ることにした。


(こうなったら……)


 一緒に寝たふりをして、隙を見て移動。

 オレは床で寝ておこう。


(うわっ……けっこう狭いな……)


 マリエルのベッドに入って驚く。

 二人で寝たら、横の幅はギリギリ。

 つまりマリエルとくっついて寝ないと、二人とも落ちてしまうのだ。


 なるべく肌がつかない様に、マリエルと一緒に横になる。


「あっ……顔が……」


 すぐ目の前に、マリエルの顔があった。


「ハリト様……」


 危なく唇同士が、くっつくところだった。

 マリエルの目が潤み、頬がピンクになっている。


 すごく恥ずかしいので、オレは身体を上向きに変える。


「ハリト様……強引な叔母で、本当にご迷惑をお掛けして、申し訳ありません……」


「い、いや、そんなことないよ。だって、宿無しのオレに、ここまで世話してくれて、本当に感謝しかないよ!」


「そう言っていただければ、私も助かります。実は叔母様は、私の母親代わりなのです……」


「母親代わり?」


「はい、実の母は、私を産んで、すぐに病死しました。それから叔母様が、ずっと世話をしてくれ、だから私も断ることも出来ず」


「そうだったのか……」


 何となくマリエルの家族の事情を察する。

 彼女の父親は現国王だが、母親は数人いるうちの側室。


 実の母を早くに亡くしイザベーラさんが、マリエルの後継人になっているのであろう。


「そして私を庇(かば)ったせいで、このキタエルの別宅まで、飛ばされてしまったのです、叔母様は……」


「えっ……そうだったのか……」


 マリエルの話を聞いて、何となく事情を察する。

 先ほどのイザベーラさんの野望値が高いことが。


 きっと彼女はマリエルと共に、王都に凱旋したいのであろう。


「そっか……色々と、大変だったんだね、マリエルも……」


「ですが今、私は幸せです。こうしてハリト様の隣にいられるので……」


「えっ……?」


 その時だった。

 マリエルがオレの抱きついてくる。


 彼女の小さく膨らんだ胸が、オレの腕に当たってきた。

 ネグリジェから真っ白に伸びた足が、オレの素足に絡まってきたのだ。


「マ、マ、マリエル……?」


 恐る恐る顔を横に向ける。

 そこにあったのはギリギリまで迫っていた、マリエルの美しい顔。


 トローン潤んだ瞳と、長いまつ毛。

 ピンクに染まった唇に、思わず目が釘付けになる。


 ごくり。


 思わず唾を飲み込む。


「ハリト様……ハリト様……」


「マリエル?」


 そして彼女はそのまま目を閉じてしまう。

 オレを抱きかかえたまま、寝息を立て始めたのだ。


(マリエル……疲れと緊張が、ピークに達していたんだな……)


 その寝顔を見て察する。

 王都学園から追放されて、ずっと張っていた彼女の心。

 今ようやく、安寧あんねいの場所を見つけたことを。


(マリエル……ゆっくりお休みなさい……)


 抱きついていたマリエルを、そっと離してあげる。

 幸せそうな寝顔を見ながら、オレも眠ることした。


 明日からは二人の放課後特訓も始まる。


 本当に楽しみだな。


 ◇


 そして夜が明ける。


「ん……朝か?」


 カーテンの隙間から、朝日の光がこぼれてきた。

 早起きを日課にしているオレは、目を覚ます。


(ん……なんだ。この柔らかい感触は?)


 オレの全身に、ぷにぷにした感触がある。


(マリエル⁉ あっ……そうだった……)


 朝起きると、またマリエルが抱きついていた。

 薄いネグリジェから彼女の白い肌があらわ。

 オレを包み込むように寝ていたのだ。


「ふにゃ……ふにゃ……」


 マリエルも目を覚ます。

 でも、まだ寝ぼけている。


「ねぇ、マリエル。朝だよ」


「えっ? ハリト様? し、失礼しました!」


 寝ぼけてマリエルが、一気に目を覚ます。

 立ち上がって乱れたネグリジェを、直そうとする。


「えっ? キャッ?」


 でも足を引っかけて、ベッドから落ちてしまう。

 ネグリジェの大きくまくれて、彼女のピンクの下着と太ももがあらわなる。


 プライベートの彼女は、かなり“うっかりさん”なのかもしれない。


(ふう……これから大変なことになりそうだな……)


 こうしてオレと王女マリエルとの共同生活がスタートするのであった。

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