第8話【閑話】幼馴染の聖女エルザ視点 その1

 《幼馴染の聖女エルザ 視点》


 同居人のハリトが家出してから一ヶ月が経つ。

 エルザはかつてなく苛立っていた。


「ちょっと! なんで、あの馬鹿が、こんなにも見つからないのよ!」


 誰もいない屋敷の自室で、エルザは感情を爆発。


 原因は幼馴染ハリト。

 家の隠密衆を総動員しても、ハリトの行方が掴めなかったのだ。


「剣士学園に入学するため。あの馬鹿は絶対に、辺境のどこかの街に向かっているはずなのに!」


 ハリトが家出をしてから、エルザはすぐ隠密衆に命令を出した。

『東西南北の辺境の街への街道を捜索しろ!』と。


 だが、未だに隠密衆からの吉報はない。


 辛うじてあったのは、北部隊からあった先日の報告。


『キタエルの山中、対象者と同等の体重の足跡を発見。だが途中で消失。おそらくは対象者は野たれ死んで、魔獣に食われてしまった可能性が高い』


 という報告だ。


「ふざけないでよね! あの馬鹿ハリトが、野たれ死ぬわけないじゃん! 私がイビリ殺すまで、ハリトは絶対に死なないの!」


 納得がいかないエルザは、人員を増強して捜索を続行しようとした。

 だが、隠密衆の頭から、次のように断られたのだ。


『自分の部下たちはプロです。我々に尻尾も掴ませないことは、達人でも無理。更にこの一ヶ月間、どこの宿場町にも止まらず、補給もせずに長距離の移動は不可能です。おそらく対象者は死亡したのが確実だと思われます。よって、捜索は終了いたします、お嬢様』


 隠密衆の頭は、養父の直属の部下。

 よって、養子であるエルザはこれ以上、捜索を続行できない。


 そのことを思い出し、エルザは更にイラつく。


「いや、だから、あの馬鹿が、野たれ死ぬわけないじゃん! 一ヶ月間の野宿くらい、あの単細胞は我慢できるのよ! まったくプライドばかり高くて、役立たずの使えない隠密たちめ!」


 誰もいない部屋。

 使えない部下へのイライラを、部屋のヌイグルミにぶつける。


 左ジャブ→ 右フック→ 左ジャブ からの ボディにヒザげり蹴りの連打!


 等身大のクマさんの人形に、殴る蹴るの暴力だ。


「はぁ……はぁ……だめ、こんなんじゃ、全然、気持ちが良くない!」


 ハリトをいじめた後は、もっとスッキリした快感があった。

 あの、脂肪だらけのぶよぶよお腹が、無性に恋しくなる。


「ふう……イライラしたら喉が乾いたわね。ハリト、ミルクティーを持ってきて!」


 防音の扉を開けて命令する。


「ミ、ミルクティーですか、お嬢様? 今すぐ持ってまいります!」


 少し間を置き、待機していたメイドが反応する。


(そうだった……あの馬鹿は、もういないんだった!)


 何も考えずに、自然に命令してしまった自分に、更に苛立つ。


「お嬢様、お待たせいたしました。最高セイラン茶葉のミルクティーでございます」


 間もなくしてメイドが、紅茶を運んでくる。

 メイドを下がらせて、エルザは一人で紅茶に口をつける。


「ん……? なに、これ。ぜんぜん美味しくないし……」


 思わず毒を吐く。

 いつもハリトが入れてくれたミルクティーは、もっと美味しかった。


 茶葉の種類とかではない。


 飲み加減が適切なのだ。

 砂糖とミルクの分量。

 温度まで私の最高の好みに合わせて、ハリトは作ってくれるのだ。


「それに最近は、あの馬鹿がいなくなったから、ご飯も美味しくないし……マッサージ係も駄目だし……ボディオイル係も駄目ダメだし……」


 今までハリトが行っていた仕事は、新しく人を雇った。

 王都でも有名な専門家たちを。


 だが、どれもがエルザの納得がいかないレベル。

 技術とかではない。


 全てにおいて“言葉にできない気持ちよさ”が足りないのだ。


「まったく、あの馬鹿ハリトは、どこに行ったのよ……この私が絶対に見つけ出してやるんだから!」


 こうして聖女エルザはストレスが溜まる毎日を送っていた。


 最高に不幸になった自分を嘆いていた。


 ◇


 ――――だが彼女は知らなかった。


 この後、更に大きな不幸が、自分を襲ってくることを。

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