第7話新しい住まい

 パワハラな聖女の幼馴染を絶縁。

 栄光の自由を手にして旅路へ、オレは北方の街キタエルに到着。

 幼い時から憧れていたキタエル剣士学園に、無事に合格する。


 ◇


「ハリト君。それでは案内するから、私に付いてきてください」


 正門で出会ったカテリーナ先生。

 眼鏡の丁寧な口調の、綺麗な大人の女性だ。


 指示に従い後ろをついて、敷地内を歩いていく。


(カテリーナ先生……大人の女性、って感じだ。でも、腰に剣を下げているということは、腕利きの剣士なんだろうな……)


 歩く姿を見ただけでも、剣圧をみたいなものを感じる。

 先生はかなりの使い手なのだろう。


 どんな流派の剣技を、教えてくれのであろうか?

 今から授業の内容が楽しみだ。


 先生に案内されて、広大な敷地を移動していく。


「まず、ここが本校の校舎です」


 最初に案内されたのは。三階建ての大きな建物。

 生徒の学び舎、キタエル学園の校舎だという。


(大きな建物だな……でも、何か、やっぱりアレだよな?)


 校舎の外観も、正門と同じように薄汚れていた。

 せっかくの歴史ある建物が、どうしても薄暗く見えてしまうのだ。


「薄汚れていて、驚いていますね、ハリト君?」


「えっ⁉ そ、そんなことは……」


 なんで、考えていることが分かったんだろうか?

 もしかして、カテリーナ先生は“読心流”とかの、剣の使い手なのか⁉


「いえ、違います。顔に出ています。嘘がつけない性格ですね、キミは」


「あっ……」


 そういえばオレは顔に出てしまうタイプ。

 失礼な態度を出してしまった。


「そんなに恐縮しなくても大丈夫です。最初に話しておきますが、今この学園は経営危機で、整美が追いつていないのです」


「えっ、経営危機……?」


 まさかの事態に、思わず耳を疑う。

 キタエル学園といえば大陸に名高い名門校。

 それなのに一体どうして?


「実はここ数年、当校は優秀な剣士を輩出できず、大きな大会でも惨敗続く。そのため王国からの援助金も減って、経営危機に直面しているのです」


 オレの素朴な疑問に、カテリーナ先生が丁寧に答えてくれる。


 なるほど、そういうことだったのか。

 基本的に剣士学園は、国の援助で成り立っている。


 魔物や魔獣を闊歩する大陸で、国を維持するために剣士は必須。

 優秀な剣士を輩出できない学園は、次々と縮小されていくのであろう。


「理由は分かりましたが、こんな重要なことを、新入生のオレに、話でも大丈夫なんですか?」


「経営危機のことは、キタエル市民と近隣の民は、ほとんどが知っている公開情報なので、特に問題はありません」


「あっ……そういうことか」


 基本的にキタエル学園に入学する者は、北部の若者しかいない。

 はるばる遠方からやって来るのは、オレだけなのだろう。


「あの……ちなみに経営危機だと、授業の方は……」


「その辺は心配しなくても大丈夫です。前と同じように、月曜日から金曜日まで平日は、ちゃんと授業と訓練はしています。他のところは経費削減をしていますが」


「おお、そうですか!」


 一番心配していたことが大丈夫だった。

 思わず大きな声を出してしまう。


(そうか……ちゃんと剣士の訓練を受けることが出来るのか。本当に良かった……)


 何しろオレの目標は『一人前の剣士になる』こと。

 そのためには剣士学園で鍛錬を積んで、無事に卒業することが必須。


 夢への第一歩が、開かれてようとしていたのだ。


「この校舎の講堂で明日の朝、今年度の入学式が行われます。遅れないようにして下さい」


「えっ、明日の朝ですか⁉」


 到着した翌日が入学式。

 まさかのタイミングに、また声を出してしまう。


 そういえば、さっき先生が『ギリギリ今日、入学希望者ですか』と言っていたのは、このためか。


 恥ずかしいことに、入学式の時期も知らずに、オレはやって来たのだ。


「もしかして知らずに、来たのですか?」


「はい……勉強不足でした。申し訳ありません」


「いえ、問題はありません。万が一、遅れても、途中編入も可能なので、気にせずに」


「途中編入……なるほど、そういう制度もあるんですね」


 入学する時期は、各家庭の事情もある。

 そのため臨機応変に生徒を、受け入れているのであろう。


「ですが入学式のタイミングを逃すと、転入試験が必要となります」


「えっ……転入試験を」


 その言葉を聞いて、自分の幸運に感謝。

 何故なら剣の才能が皆無なオレは、転入試験など突破できない。

 今日という日に、キタエル学園に到着したのは奇跡なのだ。


「……それでは次は、寮にご案内いたします」


「寮?」


「ええ、生徒は全員、寮生活が必須義務なります」


「えっ……必須義務ですか……」


 必須と聞いて、胸が苦しくなる。

 何故なら今のオレは、持ち合わせが少ない。


 寮生活となったら、かなりの金額が必要になるのだろう。

 いったい毎月いくら必要になるんだろう。


 金額の大きさによっては、生活が一変してしまう。

 剣の鍛錬を休んで、バイトをする必要があるのだ。


 鍛錬を休むのは、本当に困る。

 本当に悩ましい問題だ。


「心配しなくても、寮は『無料寮』と『有料寮』の二種類があります」


 どうやら、また顔に出てしまったらしい。


「えっ、無料寮ですか⁉ そっちにします!」


 有り難い説明に、即答する。

 本当に幸運だった。


 何しろ授業料だけではなく、寮まで無料。

 これでお金に心配なく、目いっぱい剣術の修行に打ち込めるのだ。


「単刀直入に説明すると『無料寮は、かなり古くてボロい』です。そのため有料寮の中にも、格安で住みやすい部屋がありますが……」


「いえ、無料寮で大丈夫です!」


 また即答する。

 何しろオレは体力だけに自信がある。

 どんな古い部屋でも、野宿じゃないだけでも有り難いのだ。


 大事なのはバイトをせずに、ひたすら剣の鍛錬に打ち込める環境。

 そのために安定した衣食住は切り捨てる。


「そうですか。今どきの若者にしては、ハングリーで面白い子ですね、ハリト君は。あとキミの場合は制服も、用意してあげます。失礼ですが、その恰好では……」


 先生が目を細めるのも無理なない。

 何しろ今のオレは、薄汚れた旅人の服。


 この一ヶ月間、洗濯ができず、小川で水浴びしかしていない。

 お蔭で服はかなり汚れているので、見た目は悪い。


「制服のサイズは……何となく分かりました。部屋に後で届けさせておくので、試着しておいてください。ちなみ制服は全員が無料なので、遠慮しなくても大丈夫です」


 なるほど制服は全員が無料配布なのか。

 これも本当に有り難い配慮。


 というか……先ほどから金銭に関して、先生に気を付かせている。

 みすぼらしい格好をしているから、貧乏人だと思われているのであろう。


 まぁ、本当にお金は持っていなんだけど。


「さて、ここが無料寮です」


 歩きながら会話していたら、別の建物に到着。

 敷地内は数個ある寮の一つ、無料寮だという。


 校舎から少し離れた立地で、周りには荒地。

 街の中だというのに、やけに辺境の雰囲気がある。


「これがオレの住む寮か……」


 無料寮は一階建ての木造長屋だった。

 築年数はかなり経っているのであろう。

 所々に壁に穴が開いている。


「今は誰も住んでいないので、一号室を使って下さい。あと校則によって、他の寮に入ってはいけません。詳しい校則は、こちらの手帳に書いてあります。必ず確認して、気を付けてください」


 先生から小さな手帳を支給される。

 中をパラパラ見て見ると、規則が細かく記載されていた。

 これがキタエル学園の校則だという。


(なるほど、こんなに校則があるのか……)


 パラパラと見て見ると、学園の校則は細部まで至る。

 ところで、この校則に違反したら、どうなるんだろう?


「その顔……ちなみに校則違反は、最初の二回までは厳重注意。三回目以降は審議委員会によって、審議にかけられます。場合によっては退学処分もあり得ます。ハリト君も気を付けてください」


 また先生に表情を読まれてしまった。


 それにしても規則違反は、審議委員会と退学処分か。

 ちゃんと後で熟読して、全部暗記しておかないとな。


「はい、肝に銘じておきます!」


「いいお返事ですね。それでは、これがハリト君の部屋の鍵です。なくさないように。ちなみに三食を食べる時は、校舎の食堂を使ってください。もちろん無料です」


「はい、分かりました!」


「くれぐれも明日の朝、入学式に送れないように」


「明日の朝ですね。分かりました!」


 カテリーナ先生はかなり心配性なのであろう。


 だが早起きに関しては、心配無用。

 オレは昔から朝が得意なのだ


「あと……これは私の個人的なお節介です。ハリト君は、せっかく端正な顔をしているので、身だしなみを整えおいた方がいいです」


「えっ、はい? とりあえず……明日は身体を綺麗にして、行きます」


 最後の先生のアドバイスだけは、意味が分からなかった。

 でも、これ以上は手をわずらわせたくない。


 とりあえず感謝の返事をして、先生を見送る。


(端正な顔立ちか……今のはお世辞だよな、きっと?)


 何しろオレの顔は取れない脂肪で、ぶよぶよしている。

『ちょーウケる顔!』とエルザにさげすまれることはあっても、褒められたことは一度もない。


 人生、過度の期待はしてはいけない。

 先生の最後の言葉は忘れておく。


「さて……さっそく、部屋に入るとするか!」


 気持ちを切り替えて、次の行動。

 緊張しながら、一号室に入っていく。


「おぉぉお! ここがオレ専用の自室か!」


 部屋に入って、思わず感動の声を上げる。

 部屋の中は、それほど広くない。


 だが完全に個室。

 ちゃんとした個室なのだ!


 古いベッドと机が、備え付けである。

 それ以外は何もないシンプルな作り。


 窓はあるけど、窓ガラスとカーテンはない。

 開けたら外に直通、景色も一望できる。


 ――――客観的に見たら、かなりボロボロの部屋だ。


「うん……シンプルで最高だな、ここは!」


 だがオレは猛烈に感動していた。

 何故なら、ここは生まれて初めて、自分の専用の個室なのだ。


「自分だけの部屋か……」


 貧しいオレは生まれ故郷では、家族と大部屋で暮らしていた。


 王都に引っ越してからも、屋敷の使用人の大部屋で生活を。


 それに屋敷では自由は皆無だった

 何故なら常に、エルザの介入があったから。

 本当に辛い日々だった。


「あの地獄の日々に比べて、ここは天国……最高な環境だな!」


 窓の外に夕暮れに向かって、大声で嬉しさを表現。

 誰もないので気持ちがいい。



「はいよ、失礼するよ」 


 そんな感動に一人で浸っている時、部屋に誰かが訊ねてきた。


「うわっ⁉」


 いきなりだったので、思わず変な声を出してしまう。


「はい、これ。カテリーナ先生に頼まれた、アンタの制服だよ」


 やってきたのは学園の何でも係のおばちゃん。

 オレのために制服を持ってきてくれたのだ。


「わざわざ、ありがとうございます!」


「仕事だからね。礼は不要だよ。あと、それを着る前に、裏の井戸で身体を洗った方がいいよ、兄(あん)ちゃんは」


「えっ? 裏に井戸があるんですか? 教えて頂き、ありがとうございます!」


 善は急げ。

 おばちゃんの情報を元に、井戸に向かう。

 昔ながらの井戸だ。


「うひゃー! 気持ちいい!」


 冷たい水で全身を綺麗に洗う。

 久しぶりの水浴びで、さっぱりした。


「ん? ていうか、オレの手足って、こんなに細かったっけ? 腹も?」


 身体を洗っていて、不思議な感覚になる。

 自分の身体が、別人の様に引き締まっている――――そんな錯覚に陥ったのだ。


「長旅の疲れで……目がおかしいのかな? まぁ、気のせいだろうな。とにかく、早く制服を着てみよう!」


 部屋にダッシュで戻って、制服を試着。

 すごいサイズがぴったりだった。


「おお、ちゃんと入ったぞ!」


 手に取った時は、絶対に着られなそうなスリムタイプ。

 でも、着てみたら見事にフィット。


 これも目の錯覚なのであろう。

 疲れからくる錯覚、すごすぎだ。


「どんな格好何だろうな、オレは……見て見たいな」


 制服は黒と白を基調している。

 ワンポイントで青が入った、オシャレでカッコいいデザインだ。


 着ている自分の姿を、見て見たい。

 残念ながら、部屋のどこにも全身鏡はない。


 仕方がない。

 明日の入学式の時に、校舎で鏡を探してみよう。


 よし、これで明日の準備は万端。


「ふう……安心したら、眠くなってきたな……」


 ベッドに座ったら、急に睡魔が襲ってきた。

 王都から長旅の疲れが、一気に出てきたのだ。


「少し早いけど、寝ようかな……」


 ベッドに横になる。


 ――――だが、この時のオレは“身体の変貌”に気が付いていなかった。


【次元の狭間】の迷宮ループ999,999回の修行の影響。


 全身の脂肪が消えてスリムな体型。


 ぶよぶよだった顔も、精悍せいかんでイケメン風な顔に、激変していたのだ。


「明日の入学式……楽しみだな……ふにゃ、ふにゃ……」


 こうして人生が大きく変わったオレは、入学式に挑むのであった。

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